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1 正直は美徳

新連載をはじめました。今作、ギリギリな発言が多いのでR15となっております。

20話以内で、終わるかな…!?(いつもの執筆中見切り発車)(終わらなさそう…)


「姉様、正直に教えてください」

「私、愛する弟に嘘をついたことなどないわ」


 真剣に話す弟ではなくワイングラスで揺れる赤い色彩を楽しみながら、侯爵令嬢ステファニーはうっそり笑った。


「真面目に答えてください!」

「答えるためにも、回りくどい言い方をせずあなたも早く言いなさい」


 鼻をすっと通り抜ける芳醇な香りに目を細め、じれったい程ゆっくりした動作で一口、ワインを口に含む。舌に滲む苦みが愛おしい。思わずほう、と溢れた吐息はどんな言葉より雄弁な褒め言葉だ。

 領地で作られた極上のワイン。その中でも特に赤ワインが好みなステファニーは、今年も痺れるような出来に満足していた。


 ステファニーの暮すクチネイケル国は酒造の国。毎年我こそが一番と品評会が行われ、その腕を競い合っている。

 貴族の爵位も大事だが、この国では酒造の技量もパワーバランスに組み込まれており、高い爵位の貴族ほど一流の酒蔵へ投資を行い、後ろ盾となっていた。

 領地で酒造に力を入れている者もいれば、全体を見て投資を決める者もいる。とにかく、貴族にとっても酒造とは、爵位に匹敵する箔付けに等しかった。

 侯爵家の領地では、当然のように酒蔵がある。中でもワインが有名で、毎年優勝を競い合う出来だ。極上の酒造りに肖りたい取り巻きも多く、酒造を元に派閥ができあがるほどこの国では酒造が重要視されている。

 そんな諸事情はともかくとして。


(誰がなんと言おうと、うちの子(ワイン)がナンバーワン。異論は認めないから戦争だ任せろ)


 ステファニーは心の中でシャドウボクシングをしながらワインを口に含んだ。

 弟より手元のワインに夢中なステファニー。そんな姉を睨みながら、弟のシュテインは眉間に皺を寄せて眼鏡の位置を直した。


「ワンバンテ令息と食事に出かけたという噂は本当ですか」

「七日前に行ったわね」

「事実っ!」


 シュテインは苦悶の表情で頭を抱えた。ステファニーはつまみのチーズを口にして相性を確かめた。酒造だけでなく、つまみも大事なので。


「ではバンツーテ令息と観劇に出掛けたという噂は!」

「それは四日前ね」

「テバンスリー令息と芸術鑑賞をしていたのは!」

「二日前だわ」


 姉の動向をよく知っているわねと微笑ましく思いながら、ステファニーは眉間に皺を寄せる弟を楽しげに眺めた。

 その弟は、顔を真っ赤に染めて怒りを表わしている。


「嫁入り前の娘が一週間で三人の男と出かけるな!」

「あらぁ婚約者のいない者同士が仲良くしたっていいじゃない」


 綺麗に撫で付けた金髪を自らかき混ぜて乱すシュテインに、最後の一滴までぐいっと呑み干したステファニーが真っ赤な唇を歪めて笑った。


「それに、特別なことなんて一つもしていないわ。ちょっと手を握って肩を寄せ合って寄り添い歩いただけよ」

「アウトッ」


 未婚の淑女が婚約者でもない相手にその距離はアウト。

 お互い婚約者がいないのなら浮気にはならないが、多数の男と練り歩くのは誠実さがない。そしてその距離で過ごしていながら向こうから婚約の話も来ないのだから、相手側にも誠実さがない。どっちも不誠実。

 胃を押さえて椅子から転がり落ちた弟にケラケラ笑いながら、ステファニーはそばに控えている執事におかわりを求めた。


「ちょっとくらいいいじゃないの。ねぇ? あなたもそう思わない?」


 美しく微笑みながら振り返る令嬢に、ワインを注ぐため至近距離にいた若い執事の肩が跳ねた。

 成人こそ迎えているがまだ若い執事は、この侯爵家に入って三ヶ月の新人だ。床に転がりながらその事実に気付いたシュテインは、自分のそばに控えた老紳士を睨み付けた。


(新人を何故ここに連れてきた。言え!)

(中年は皆既婚者なので、お嬢様に近付けるのは危険だからにございます)

(どういうことだ!)

(誘惑に負けそうになるので、妻を裏切らぬよう近付きたくないと…)

(しっかりしろ既婚者!)


 ステファニーの視界の外で弟と老執事が無言でやりとりをしていたが、そんなの全く気にせず彼女は若い執事をにんまり見上げた。


「ねえ、私の弟ってばちょっと口うるさいと思わない? 私はただ、婚約するなら話の合う方がいいと思って積極的に交流しているだけなのに。ちゃんと結婚相手を探しているのだから、ご立派ですと褒めて然るべきよねぇ?」


 若い執事の顔を覗き込むように見上げながらワイングラスを揺らす。

 首を傾げた時に溢れた金色の後れ毛が、ワインと同じ赤い目が、酒気を帯びて潤んだ女の目が、うっすら染まった頬が、拗ねたように尖った唇が、若い執事の視線を釘付けにする。


「誓ってはしたないことなどしていないのよ? 私はただ、紳士なエスコートに応えて手を重ね合わせて、腕を絡めて、肩を寄せて歩いただけで…」


 言いながらステファニーは、グラスを持っていない手でグラスを持った手に触れて、腕から肩へと這わせた。

 肩に乗った指先はなだらかな坂を下って鎖骨へ進み、白くて豊かな胸元で止まる。好んで着る朱色のドレスは、今日も白い首筋がよく目立つ。


「それなのに、酷い言いがかりだわ」


 気に病んでいますと溢れた吐息は、わかりやすく豊かな丘を揺らして白い手を沈めた。

 手が、沈んでいた。

 谷間に。


 若い執事の赤い実が弾けた。


「救急ー!!」

「畜生耐えられなかったか!」

「仕方がない男ならアレは見る!!」

「ごちそうさまです! ごちそうさまです!!」

「撤収ー!!」

「「ありがとうございましたぁ!!」」

「どういたしまして~」

「感謝するなっ!!!!」


 色香に頭をやられた若い執事は同僚によって即座に回収されていった。

 飛び出した同僚達はかつてステファニーの色香に同じ道を歩んだ者たちだ。面構えが違う。

 シュテインは姉の言動に頭と胃が痛い。


「使用人に手を出すのもやめてください…!」

「今の何を見ていたの? 私は彼に指一本触れていないわよ」

「触れるだけが誘惑だと思うなよ…!」

「格言ね。身をもって知ったのかしら」


 ちゃんとおかわりは注がれていたので、ステファニーはご機嫌にワインを口に含んだ。楽しげな姉に、頭と胃を痛める弟の両手は忙しい。ずれた眼鏡を直す暇もない。


 クチネイケル国は酒造の国。

 酒と密接な関係のある国民は、酒豪が多い。しかし許容量は個人差があり、酒癖だって個人の数だけ存在する。

 よって酒によるトラブルも多岐に渡り、男女間でのうっかりトラブルも酒が原因であることが多い。

 口を酸っぱくして注意喚起は行っているが、酒の国。他国と比べれば、男女間のトラブルも多かった。お上品なだけではいられないのが現状だ。

 だからって奔放に振る舞っても許されるわけがなく…。


「もっとしっかりしてください。結婚相手を探しているなどと、そんな名目だってやり過ぎれば顰蹙ものですよ!」

「嘘じゃないのに」


 ステファニーは十八歳。侯爵令嬢として、婚約者がいない方がおかしい年齢だ。

 豪奢な金の髪。りんごのように赤い瞳。裕福な育ちらしい凹凸のある肢体に、ゆったり微笑む口元。口元には見る者の情緒を狂わせる黒子。

 じっとしていれば、ステファニーは思わずダンスに誘いたくなるほど魅力的な貴族令嬢だ。侯爵令嬢という立場と美貌は、令息達からすれば口から手が出る程に魅力的なご令嬢。


 そんな彼女が売れ残っているのは勿論訳がある。

 このご令嬢、とっても自由奔放だった。


 十五歳で社交デビューしてからひたすら令息達の間を飛び回り、誘惑してはひらりと躱して次の令息へと節操がない。今では群がる男達も、将来ではなく一時の夢を見たい軽い男ばかり。

 弟のシュテインは、そんな姉にいつも頭を抱えていた。腹も抱えている。


「とにかく! 近いうちに公爵家主催の夜会では俺がエスコートするので大人しくしていてください。あなたはリスクアール侯爵家の長女として、この家を継ぐ義務があるのですから。相応しい相手を父上が探してくれます」

「…相応しい相手ねぇ…」


 ステファニーは胡乱げに呟いた。

 クチネイケル国の相続は、男女関係なく長子が継ぐのが主流だ。見込みなしと判断されない限り、家を継ぐのはステファニーである。

 なのでステファニーの結婚相手は婿になっても構わない次男三男。そういった意味もあり、ステファニーは家を継がない令息達から人気がある。遊び相手ではなく、ステファニーに見初められたいと願う令息の数は多い。


 上質なワインを飲み干したステファニーは、艶やかな唇をちろりと舐めて、真面目な顔をする弟をじっと見詰めた。


 ステファニーと一つ違いのシュテインは十七歳。

 後ろに撫で付けた金髪とシャープな眼鏡の印象からインテリ系だが、身長が高くがっしりした体格は格闘技を極めた戦士にも見える。姉と違って紫色の目は目付きが悪く、自由奔放な姉に振り回されて眉間の皺が寄っていることもあり、とても神経質な二十代後半に見える老け顔だ。


(可哀想に)


 憐れむが、我が身を省みる気はなかった。

 というか弟の魅力はその老け顔で、年齢に似合わぬ貫禄と年相応な余裕のなさがアンバランスで年上のご婦人にとっても受けがいいと思われる。

 それだけではないが…何より、鍛えているので、いい身体をしているのだ。


「…なんですか」


 頭と腹を押さえて呻いていたシュテインは、獲物を選定する目で見る姉に顔を顰めた。

 姉はしみじみ呟いた。


「弟じゃなければなぁ…」

「やめてください」

「うふふ」


 シュテインは身の危険を感じて距離をとった。


(あーあ、本当に弟じゃなければなぁ)


 顔も身体も好みなのに勿体ない。

 艶めかしい足を組み替えて、ステファニーは嫌そうな顔をする弟を楽しげに眺めた。


(転生したら好みの男が弟なんて、ツイているんだかツイていないんだか)


 ステファニー・リスクアール侯爵令嬢。十八歳。

 金髪赤目の肉欲的なご令嬢は、前世の記憶を持つ転生者だった。



ノリノリで誘惑してくるお色気令嬢とそんな姉に振り回されている弟くん。

ヒーローは遅れてやって来る予定。


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