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最終話 それぞれの生きる理由(SIDE:ふたり)

SIDE:ニコラルド

⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷



「ジルドーラ!!」


 使用人からジルドーラが苦しんでいると聞き、僕は医師を伴い彼女の部屋に入った。

 僕は目の前の光景に、目を疑った。


「ん―――っ! ん―――っ!!」

 口には布が、両手は後ろに縛られていたジルドーラが、もがきながら横たわっていた。


「な! い、一体なにがあったんだ!」

 僕は慌てて、彼女の拘束を(はず)す。


「あ、あの女よ! あの女が私に…っ!! ああっ それより早く赤ちゃんを診て! 死んでしまうわ!! 毒を盛られたの! クッキーに毒が入っていたのよ!!」

 髪は振り乱れ、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で訳の分からない事を叫ぶジルドーラ。


「あ、あの女って…? ど、毒!? 何を言っているんだっ 落ち着いてくれ!」

 彼女の言動に、僕は戸惑うばかりだ。


「クッキーよ! クッキーに毒が入っていたのよ! レモングラスが入っているの!」


「レモン…何? レモン味のクッキーがどうしたんだ?」

 ますます訳が分からない。


「ちがう! レモングラスだってば! あれを食べてあの女は流産したんだからっ!!」


「…………なんだって? 今…なんて言った!?」

 その言葉に、僕の思考が止まった。


「あ!!」


 彼女はあわてて口をふさいだ。

 けれど、もう遅い。

 自分が言った言葉をごまかすかのように、話を変えるジルドーラ。


「と、とにかく早く赤ちゃんを診て! 早く!!」

 ジルドーラは、僕の隣にいた医師に必死の形相で声を掛けた。


「は、はいっ ではこれから診察しますから旦那様は…」


「ああ…」


 僕は医師に(うなが)され、一旦部屋の外に出た。


「…ジルドーラに出したクッキーは誰が作った物だ?」

 傍にいた使用人に問い(ただ)す。


「り、料理長だと思います…っ」


「今すぐ呼んでくれ」

 僕は料理長を呼ぶよう指示をした。


 しばらくすると、あわてて僕の元に駆けてきた料理長。

 息が上がっている。


「お、お呼びでしょうかっ 旦那様! わ、私の料理に何か問題がございましたでしょうか!?」


 怯える目で僕を見つめる料理長。


「ジルドーラに出したクッキーは、君が作ったのか?」


「は、はいっ 使用人から、奥様がレモンクッキーをご所望という事でお作り致しました」


「そのクッキーに、レモン…グラスというのを入れたのか?」

 

「レ、レモングラス?! ご懐妊中の奥様にお出しするような事は決しておりませんっ」


「どういう意味だ? そのレモングラスというのは何なんだ? 食すると体に良くないのか?」


「レ、レモングラスはハーブの一種でございます。通常でしたら問題はありませんが、レモングラスには子宮を収縮する作用がございます。ですので、妊娠初期に食すると早産する危険性がございますっ」


「な…んだと…!」


「ひ! も、申し訳ございません!!」

 僕の言葉に委縮する料理長。


「……よい、下がれ」


「は、はい! 失礼いたします!!」

 料理長は足早にその場を去った。


《レモングラスだってば!! あれを食べてあの女は流産したんだからっ!!》


 レモン…グラス…あれを食べて…

 あの女……流産……

 

 彼女が流産する前、僕とお茶をした。

 その時食べたクッキーはレモンの香りが…


《ねぇ、このクッキーちまたでとても人気があるのっ 奥様と一緒にお茶でもして召し上がって》


 そのクッキーを持ってきたのはジルドーラ!

 珍しくオリーヴとお茶をしろというからおかしいとは感じた…しかも彼女が気に入っていた場所で! けどそれは全て彼女の気遣いだと思っていた。だが、あのクッキーを食べた後、オリーヴは!!


 僕は赤く染まるオリーヴのスカートを思い出し、固く握り締められた両手は震えていた。


 ガチャリ


 診察を終えた医師が出て来た。


「彼女の様子は?」


「大丈夫です、母子ともに問題ありません」


「そうか…」


 医師はお辞儀をして廊下を歩いて行った。

 僕はジルドーラが横たわっている寝台に向かい、彼女の名を呼ぶ。


「ジルドーラ…」


「だ、旦那様っ 驚かせてしまい、申し訳ありませんっ お腹の赤ちゃんは大丈夫です」


 彼女は、先程漏らした言葉はなかったかのように、わざとらしく明るく振舞う。


「……誤魔化すな」


「え…っ」


 自分でも出した事のない低い声に、びくりと肩を震わすジルドーラ。


「あのクッキーのせいだったんだな! お前が…お前が俺の子を殺したんだな!!」


「ち……ちが…違いますっ わ、私は何もしていません! な、何もしてないわ!!」


「だまれ!!」


 !!!ガッシャーン!!!


 僕は側にあった花瓶を掴むと、壁に叩きつけた。


「きゃあああ!」


「旦那様! 奥様! 何か…っ」


「出ていけ!!」


「!!」


 物が壊れる音とジルドーラの叫び声で慌てて入って来た使用人を、僕は一喝する。

 その声に恐れおののき、使用人は急いで扉を閉めた。


「僕もあのクッキーを食べた! 確かにレモンの香りがした! お前が勧めたクッキーだ!!」


「違いますっ 違いますっ! あれはただのレモンクッキーです! 信じて下さい!!」


「白々しい! ならばなぜっ あの日私に彼女とお茶をするように勧めた! なぜ、あのクッキーをわざわざ準備した! それまで彼女を警戒し、何かと理由をつけては、僕を本邸に行かせなかったのはお前だろ!! なのにあの日はやたら彼女と過ごす事を勧めた。あのクッキーと一緒に!!」


「しょ、証拠はあるのですか? 私が勧めたクッキーに何かが入っていたという証拠は!」


「ある訳がないっ 数週間も前のことだ。あの時のクッキーもレモングラスもとっくに処分したのだろう。けれど僕にとっては先程のおまえの言葉だけで十分だ!」


「ニ、ニコラルド様!」


「子供を産んだらすぐに出ていけ! 子供は僕が育てる!」


 僕は彼女に背を向け、扉へと向かう。


「ま、待って! まっ…あ、あなたがっ あなたが悪いのよ!! 私を愛してると言ったくせにあの女を抱いて妊娠させた! あの女とは白い結婚だとっ 三年で別れると言ったのに! い…言ったの…に…あっ…あ…あああああああああ!!!」


 僕は一瞬足を止めたが、泣き崩れるジルドーラには一瞥もくれず部屋を出た。

 そして、二度と彼女に会う事はなかった。


 その後、ジルドーラが子供を産むと僕は彼女と離縁し、ジルドーラの養子縁組は解消された。

 

 オリーヴを傷つけ、僕の子供を殺した事は許せない。

 だが、ジルドーラがそのような暴挙に出たのは、全て僕の浅はかな行動のせいだ。


 僕がふたりを不幸にしてしまった……

 



「…お前には兄弟がいたんだよ」


 僕は腕に抱いている息子に語りかける。

 息子は楽しそうに笑う。


「……すまない……」


 僕は息子を見ながら、もうひとりの我が子に謝罪した。

 決して届く事はないけれど…


 オリーヴはやはり実家には戻っておらず、行方不明になっていた。


 手切れ金を彼女に渡した事を知ったクランデ伯爵から、金を渡すよう要求が来た。

 今まで散財していたツケが回って来たらしく、随分と金銭的に困窮しているらしい。こちらはすでに金を渡しているし、離縁も成立している。


 クランデ家の要求は突っぱねた。

 これ以上訴えるのならば、裁判も辞さない事を告げたら何も言ってこなくなった。

 裁判費用さえ捻出するのが難しい状況らしい。


 「クランデ家の今の状況を知ったら、君はどう思うかな…」 


 オリーヴ……君は今、どこで何をしているのだろう……


 君に会いたい。

 けれど君は、僕の顔など見たくはないだろうな。

 

 僕はこの大きな後悔を胸に、これからも生き続けるしかない。


 この子と共に…



 ◇◇◇◇



 SIDE:オリーヴ

 ⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷⊷


 

 町の小さな食堂。

 開店前の店内で、私はテーブルを拭きながらこの店のおかみさんの話を聞いていた。


「貴族って不思議よね」


「何ですか?突然」


「ダンジュール子爵家にご子息が生まれたんだけど、奥様と離縁したんですって」


「ダンジュール子爵家……離縁…ですか?」


「そう、私の友達の娘がそこの下働きとして働いているの。旦那様が流産した前妻を追い出して、愛人と再婚したのらしいのよ。それなのに妻にした元愛人と離縁ですって。よくわからないわよねぇ?」


 腕組うでぐみをし、眉を八の字にしながら話すおかみさん。


「…本当ですね。あ、おかみさん、私お店の前を掃除してきますね」


「お願いねっ オリーヴ」


 私は外を(ほうき)で掃きながら、先程の会話を思い出していた。


「無事に生まれたのね…

 ジルドーラの部屋を出た後、すぐに他の使用人に奥様の具合が悪いから…と、旦那様と医師を呼ぶようにお願いしたけど、間に合ったようね。けど…なぜ離縁したのかしら…? いえ、もう私には関係ない事だわ」


 私は小さくつぶやきながら(ほうき)を動かす。

 そして、あの時を…ジルドーラにクッキーを食べさせた日の事を考えていた。


 …もともとあのクッキーにレモングラスなんて入っていない。


 料理長が作った、ただのレモンクッキー。

 奥さまがご所望だと言って、作ってもらったお菓子。


 憎い女の子供だけど、殺すつもりなど最初からなかった。

 だって、子供に罪はないもの。


 ただ…一瞬でもいい…私が(いだ)いた恐怖をあの女に味あわせたかった。


 流れる血とともに、我が子が消え行く絶望を……


「こんにちは、ちょっと早いけどいいかな?」

 常連のお客様が私に声をかける。


「いらっしゃいませ、もちろんですっ どうぞ!」

 私は入口の扉を開けた。


 ダンジュール家を出てから途中、雨に降られて雨宿りをしていたお店がここだ。

 濡れている私を中に招き入れ、あたたかい食事を出してくれたのがこの店の(あるじ)であるおかみさん。


 理由(わけ)も聞かずにあてのない私を雇い入れて、二階の空室を住居として貸してくれている。


 「まぁまっ」


 その声にハッとして振り返ると、目の前を小さな子供を抱いた女性が通り過ぎていく。

 私は母子(おやこ)の後ろ姿をしばらく見送っていた。

 

 抱くことさえできなかった我が子。

 声さえも分からない…


 一緒に過ごした時間も(わず)かだった。

 でも、あなたは私に幸せな時間をもたらしてくれたわ。


 あなたというかけがえのない存在を授かった事で、自分自身の意味を見出す事ができたの。


 そしてあなたが教えてくれた命の重さ。

 だから私はこれからも生きる。


 いつかあなたの元にいくその日まで ――――



【終】

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― 新着の感想 ―
旦那が1番悪い。 しかも悲劇の主人公気取って気持ち悪い。 オリーヴだけは幸せになってほしい
主人公も含めて、赤ちゃんを除く登場人物大なり小なり全員悪いな。 各々、これから先少しでも希望を持って幸せを見つけれるといいな。
まぁ元旦那が基本的に全部悪いよね〜〜勝手に思い込んで暴言吐いて乱暴して見舞いにも行かないのだもの…せめてすぐにお見舞いに行くとかやったことを謝ればよかったのでは…?とも思うけれどなかなか踏ん切りがつか…
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