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第5話 幸せになれるはずだったのに…(SIDE:ジルドーラ)

「奥様、クッキーとお茶でございます」


 私は、使用人がもってきたクッキーを口にする。 

 柑橘系の香りがし、ほんのり甘味があり美味しい。


 オリーヴと離縁後、私と再婚したニコラルド様。

 私は今までの女の雇用人を全員馘首(くび)にした。

 そして新たに雇い入れたのは、黒髪や暗い髪色の女たち。


 だから皆、似たり寄ったりで顔と名前が一致しない。そもそも雇用人の名前なんて覚えたことないけど。


 今、給仕をしている使用人の名前も分からない。

 目まで隠れている髪がうっとおしくないのかしら?

 まあ、どうでもいいけど。


 とにかく、前妻のオリーヴを思い起こさせる金髪や明るい髪の女を屋敷内に置きたくなかった。


 ニコラルド様がオリーヴに魅かれている事はすぐに分かったから。


 彼女を見た時に、私も彼女の容姿に見惚れた。

 煌めく黄金の髪、澄んだ空色の瞳。

 貴族令嬢としての洗練された振舞い。


 私はしょせん、平民の出身。

 どれだけ着飾っても、生まれながらの貴族令嬢に品格で叶うはずもない。


 そして、結婚してからの彼は私といても上の空。

 離れで過ごしていても、向いている視線は本邸。


 私の買い物に付き合ってくれても、きっとあの女に合うであろう品を頭の中で考えているに違いない。


 あれだけ私を愛していると囁き、求めてきた時間は夢だったのだろうか?

 

 嫌よ! 彼を取られるなんて!

 今更この生活を奪われるなんて、絶対に嫌!!


 そんな矢先、あの女の監視を頼んでいる使用人からある情報が入った。

 女の食欲が減り、いつも気怠(けだる)そうに過ごしていると。


 嫌な予感がした。


 私はその使用人に、オリーヴの動向に注意するよう指示した。

 使用人からの報告は…


 正妻の妊娠


 ニコラルド様はオリーヴを抱いたのだ!

 白い結婚で三年過ごしたら離縁できると、私を妻にするとそう言っていたのに!


 彼は私を裏切った!!


 そう…彼は咲き誇る美しい花々の中で、場違いに咲いている野の花に目を止めただけ。


 貴族令息として育ってきた彼にとっては、結局気高い美しさを放つ花に目を戻すのよ!


「私も…妊娠しているのよ…ニコラルド様…!」


 彼にその事を告げようと思った矢先に報告された正妻の妊娠。

 零れる涙に絶望を感じ、心の中で湧き上がる感情は殺意になった。


 あの女に彼の子供を産ませるわけにはいかない!!



 下町の酒場で働いていた頃、店にはいろいろな人間がやってきた。

 その中に薬師もいて、他の人と話している会話を思い出した。

 妊婦の身体に害を与える植物の話を…


 レモングラスはすぐに手に入った。

 平民として生きて来た私は、ある程度の料理は出来る。

 レモングラスを入れたクッキーを作り、(ちまた)で人気のクッキーだと嘘をついてニコラルド様に渡す。


「たまには夫人をお茶をしたら?」…と、彼にオリーヴを誘うよう(うなが)す。


 彼は(いぶか)しがりながらも、本邸へと向かった。

 もともと夫人との時間を取りたがっていた事に気づいていた。

 彼は内心、喜んで彼女の元へと向かったことだろう。

 その手に持っているクッキーに、毒が入っているとも知らずに……


 クッキーを食した彼女は予想通り流産し、その後、ニコラルド様とは離縁した。

 私は自分の妊娠を告げると、彼は複雑な表情をしたわ。

 喜んでくれると思っていたのに…


 前妻が流産し、子が()せない体になった途端に離縁し、元々いる愛人には子供がいる。ダンジュール家に対する評判は悪くなっていた。


 そんな中で後妻に来る適齢期の令嬢はなかなか見つからないだろうと、彼のご両親はやっとニコラルド様と私の婚姻を認めてくれた。


 私はとある子爵家の養女になり、貴族となった。

 あとはこの子が無事に生まれれば、彼の気持ちもまた私に向いてくれるはず。

 きっと……


「…このクッキーおいしいわね、どこの店のものなの?」

 お皿いっぱいにあったクッキーは、気がつけば半分に減っていた。

 爽やかな香りとほんのりした甘さが口に合う。


「…お気に召して頂き、何よりです。私が作りましたの」


「え?」


 (かつら)を取った使用人の髪は金色に輝き、隠れていた空色の瞳が私を見据えていた。


「オ、オリーヴ!? あ…あんた、どうして…っ!」


「どうして? 復讐する為に決まっているじゃないですか」


「な、なんですって!?」


「…クッキー、お口に合いました?」


「…え?」


「レモン風味の手作りクッキー。私が作りましたの、ジルドーラ様のために」


「!!!」


 ガシャン!


 私は手にしていたティーカップを床に落とした。

 身体が震える。


(そうよ…何で忘れていたの? 確かにクッキーを食べた時、柑橘系の香りがした…そう…レモンの…っ)


 過去に自分が犯した罪を思い出し、私は愕然とした。


「レモングラスでしたっけ? 貴方も一度お使いになっていたはずなのに、もうお忘れになったのですね。そう…あなたにとってはその程度の些末(さまつ)な事…私の子供を殺した事は!」


「う…そっ 嘘嘘嘘嘘!!」


 私は人を呼ぼうと呼び鈴に手を伸ばしたが、彼女に取られてしまった。

 

「だ、だれ…うぐぅっ」


 彼女が私の口に布を噛ませて縛り、手早く両手を後ろ手にして紐で結わえる。


 妊娠している身体。

 強く抵抗ができない分、すぐに拘束された。


「んーっんーっ」


 声が出せない!

 手が使えない!


 床に転がった私は、芋虫のように横たえたまま何もできないでいた。

 そんな私を見下ろしながら、彼女は口を開く。


「…私はあなたと旦那様、おふたりの仲を邪魔するつもりはありませんでした。


 最初にそう申したではありませんか。


 だって、愛し合うおふたりの間に割り込んだのは私なのですから。


 けれど貴族は感情より爵位が重視される。

 旦那様は当主であるお義父様の決定には逆らえない。


 所詮子供は家門を繁栄させるための駒でしかない。

 もちろんそれは私も同じ立場。


 妊娠をするような事になるとは思っていませんでしたが、私が望んだ事ではありません。それに子供をダンジュール子爵家の跡継ぎにしようなどと、微塵も思ってもいませんでした。


 私は正妻でも名ばかりの存在。

 旦那様が愛しているのはジルドーラ、あなたなのですから。


 私はただ…私の子供と、ひっそりと生きていければそれでよかった。


 あの日…旦那様とのお茶会が終わったら、私は屋敷を出るつもりでいたんです。

 離縁承諾書をおいて。


 ほんのわずかな時間待って下されば、(いづ)れ全てが貴方の物になったのよ。

 一つだけ見逃して頂ければそれで良かった。


 私が子供と生きる事を…


 けれどあなたは、そのたった一つの事さえも許してはくれなかった!


 だったら、私があなたから一つくらい奪っても許されますよね?


 私の子は死んだのに、あなたの子が生まれるのは許せない!!」


「んー!! んんー!!!」


 う、嘘でしょ…っ

 こんな女だったの!?


 いや!!

 助けて! お願いっ 助けて!!!


 私は震えながら、目で訴える。


「何か仰りたいのですか?


 恨み言?

 暴言?

 まさか謝罪?…のはずがありませんよね。


 まあ…どうでもいいことですわ…


 誰かが来るまでに、お子様が耐えられればいいですね。

 子供が流れていく恐怖を味わって下さい」


 オリーヴは転がっている私を見下ろして、笑顔で声をかける。


「ん――! んん―――!!」


 私は彼女の笑顔に恐怖を感じた。


 こ、こんな…まさかこの女がこんなことをするなんて!

 

 いやあああああ!!

 誰か! 誰か助けてえええええ!!!


「う――っ!うう―――っっ!!!」


 声にならない声は、誰の耳にも届かない…


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