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第1話 望まれない妊娠 1(SIDE:オリーヴ)

「妊娠しています」


「…に…ん…娠…? そ、それは…確かですか…?」


「はい、間違いありません」


「……そ…ですか………」


 私は(うつむ)き、黙り込む。

 普通なら妊娠を喜ぶであろうが、手放しで喜べない理由(わけ)があった。

 そんな様子の私に(いぶか)しがりながらも、話を続ける医師。


「暫くは定期検診が必要です。毎月1回は受診して下さい」


「はい…」


 私は医師(せんせい)の言葉に、弱々しく答えた。

 旦那様は私の妊娠を伝えたら喜んでくれるのだろうか?


 ……いいえ、ありえないわ。


 だって、旦那様には愛するジルドーラ様がいらっしゃるのだから……


 受診後、私は病院の待合室の椅子に力なく座り、これまでの事を思い起こしていた



 ◇◇◇◇



 私はオリーヴ。

 クランデ子爵家の長女だ。


 母は私が幼い頃に亡くなり、父は元々愛人だった義母と再婚。

 翌年には異母弟(おとうと)が生まれ、父は跡継ぎが産まれた事を大層喜んでいた。


 そして私は…厄介者となった。


 暴力を振るわれる事はなかった。

 貴族令嬢として、最低限の生活はさせてもらっていた。


 食事は自室でひとりで食べていたとしても…

 義母(はは)異母弟(おとうと)には湯水のように散財するが、私には何年も新しい物を買って頂いた事がなかったとしても…


 そう…私はあの家族の中で、意味のない存在だった。

 父にとっての家族は、義母(はは)異母弟(おとうと)だったから。


 そんな時に舞い込んだダンジュール子爵家の嫡男であるニコラルド様との結婚。


 もともと父にとって私は疎ましい存在。

 前妻の娘を追い出したい義母の気持ちを()み、この婚姻は早々に結ばれた。

 

 けれど新たなところなら、自分の居場所を見つけられるかもしれない…と、私は淡い期待を抱いた。


 だが現実は、私に冷たかった。



「初顔合わせの時……挨拶を終えたら、すぐにお帰りになったものね…旦那様は…」

 私は待合室の椅子で独り(つぶや)きながら、その時の情景を思い出していた。



 初顔合わせの場は、ホテルの食堂(レストラン)

 目の前に座った彼の容貌に、私は見惚れてしまった。

 

 明るいブラウンの髪に鮮やかなグリーンの瞳。

 整った面立ちに胸が高鳴る。

 彼の穏やかな雰囲気に、これからの結婚生活に希望が持てた気がした…その時は。


 両家の挨拶が終わった後、突然彼が立ち上がった。


「挨拶も終えましたので、これで失礼いたします」


「「「え!?」」」


 彼以外は皆、同じ言葉を発した。


「ニ、ニコラルド! 待ちなさい!」


 慌てて、彼の名を呼ぶダンジュール子爵。

 しかしその言葉を無視して、彼は食堂(レストラン)を出て行ってしまった。


「も、申し訳ないっ きっと緊張していたのでしょうっ はははっ」


 緊張……していたようには全く見えなかった。

 父と義母も苦笑いをしながら適当に会話をし、食事もそこそこに初顔合わせは早々に終わった。


「息子には平民の女がいる。この結婚を承諾する代わりに、平民を愛人にする事を認めさせたようだ。まあ、貴族に愛人は付き物。うまく付き合っていけ」


「……はい」


 帰りの馬車の中で、父は大した事ではないと言わんばかりにニコラルド様の話をした。

 父は事前にあちらの状況を知っていたのだ。


 彼とお会いした時に私の中で芽生えた感情(きもち)も、新たな生活への希望も一瞬で消えた…


 挙式も披露宴も行われず、婚姻許可書にサインをしただけ。

 こうして両家は姻戚関係となった。


 その日の夜、旦那様はジルドーラ様を伴い、一応用意されていた夫婦の寝室に入ってきた。


 「君と夫婦になるつもりはない。僕の愛する女性はジルドーラだけだ。白い結婚とし、子供が出来なかった事を理由に、三年後離縁する。離縁の際は多額の手切れ金を払おう。その代わり、白い結婚の事は決して口外するな。お互いの両親にも、誰にも!」


「……承知いたしました」


「…承知した?」


 私の返事が意外であるかのように、驚いた表情をする旦那様。

 だってそう答える以外、どんな言葉があるというの?


 ジルドーラ様は冷ややかな目で、私を見つめている。


 「…はい、おふたりの事は父から聞いておりました。ですので、おふたりの仲を邪魔するつもりはございません。旦那様がそうお決めになったのでしたら、私に異論はございませんわ」


 そう答えると旦那様とジルドーラ様は、何も言わずに部屋を出て行った。

 離れに(もう)けたジルドーラ様の邸宅へ戻ったのだろう。

 

 旦那様は私と結婚する代わりに、お義父様からジルドーラ様を愛人にする事と敷地内の離れに住まわす許可も得たようだ。


 お義父様としては万が一、私達の間に子供が出来なかった場合に備えての判断だろう。平民との結婚は許さないが、ダンジュール家の血を引いた子供を作る事は許されるのね。


 形だけの結婚…

 ここでも私は不要な存在であり、私の居場所はなかった。


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