一時間目
(七)
蛇の臭いをたどってミズルが着いたのは町の外れにある神社だった。
背の高い杉木におおわれた鬱蒼とした神社で、手入れは行き届いておらず、草は伸び放題で落ち葉もそこら中に転がっている。
空気もじめじめと湿っていて淀んでいた。
ミズルは所々ひび割れ欠け落ちた石の階段を上っていく。
境内に上がると、雨風にさらされ続けてボロボロになった拝殿の屋根の上に青蛇がいるのを見つけた。
先程とは比べ物にならない、大木のように太い胴を持った大蛇だった。
「なるほど。ここがお前のエネルギースポットってことか」
ミズルが拝殿に近づくと大蛇は鎌首をもたげた。
そして「シャー!」と牙を向いて威嚇する。
「貴様、何者だ」
大蛇がミズルを見下ろす。
あの感情のない目で。
「俺はミズル・バルメオ・アシュタロト」
「ほう。大層な名前を持っているのだな。それで貴様はなぜ私の邪魔をする。私はあの女の願いを叶えなければならんのだ」
「願いってどんな願いだよ?」
「あの女は一ヶ月ほど前にこの神社へやってきた。そして願ったのだ。友達と家族とずっと一緒にいられることを。だから私はその女の願いを聞いてやらねばならなぬ」
「そんなのお前には無理だろ」
「無理ではない!もう少したったのだ!私があの女の体を乗っ取り、家族や友達を丸のみにさえ出来ればあの女の願いは成就した!それをお前が邪魔をしたのだ!」
「よくわからねーな。そもそもなんでお前があいつの願いを聞いてやる必要があるの?」
「それは私が神だからだ!神は人々の願いを叶えてやらねばならない!」
大蛇が言うとミズルは「ぷっ」と吹き出してゲラゲラと笑った。
「ばーか。てめえはただのバケモンだろ。自覚ねーのか?」
「愚か者め。私がバケモンだと?」
「気づいてねーのかよ。バカにつける薬ってのは文明が発達したこの時代にもないんだな」
「神を愚弄するなど死に値する。覚悟はよいか?」
「へえー。俺を目にして勇ましいじゃねーか。けど神になろうとする根性は気に食わねえな。どうせなら悪魔を目指せよ。神なんかよりもよほど楽しいぜ」
ミズルの眼球が黒く染まっていく。
側頭部からは所々に様々な色の魔界の宝石が埋め込まれた太くて湾曲した角が生えた。
「な、何だ?その姿は。私の知っている人間ではないぞ!」
驚く大蛇にミズルは尖った歯が並ぶ口の口角を上げて笑った。
「お前はなにも悪くねえよ。好き勝手にやってればいいんだ。けど俺の契約にケチつけるのは許さねーし、何より今、俺は相当イライラしてるからよぉ。ストレス発散にぶち殺させてもらうわ」
「黙れ!」
大蛇は尾を振って屋根を激しく叩いた。
その衝撃で何枚もの瓦が猛スピードでミズルへ向けて飛んでいく。
しかしそれがミズルに当たることはなかった。
屋根に飛び移ったミズルは「ひゃひゃひゃ」と笑って大蛇へ向かって走る。
大蛇は太い尾をムチのようにしならせて何度もミズルを狙った。
「おせーなぁ!のろま!これが神の力だと?笑わせんな!」
全てをかわしたミズルは大蛇の懐へと潜り込んだ。
そして迫り来る大蛇の二本の牙を見ながら大きく息を吸い込む。
「頼むから頑丈であってくれよ」
ミズルが拳を叩き込むと重そうな大蛇の頭がドンと言う音と共に軽々と中に舞った。
「ひゃはははは!」
ミズルは休むことなく大蛇の体へ拳を叩きつける。
その度に鈍く重たい音が空気を震わせた。
大蛇は必死に尾を振り、巨大な体を使って押し潰そうとし、牙でミズルを狙ったがそれらは全てかわされ、逆に強力なパンチを返された。
「おいおいおいおい!俺はまだまだ本気じゃねーぞ!もっと抵抗してくれよ!神様よぉ!」
ミズルは手を休めず殴り続け、大蛇は次第に反撃の意志を無くし屋根の上に倒れるとゴロゴロと転がって地面に落ち、意識をなくしてぐったりとしてしまった。
「お前も不幸だったな。百年生きて神になれず、生き場を探して手を出したのがよりによって俺の生徒だったなんて」
屋根から飛び降りたミズルは容赦なく大蛇の頭を踏み潰した。
「弱ぇ。魔力も使わせてくれねーのか。ストレス解消には全くならなかったな」
ミズルの目に人の色が戻り、角は縮んで髪の奥へ消えた。
そしてわずかにずれたネクタイを直し、
「ふわぁぁぁぁ」と大きなあくびをして神社を後にするのだった。