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一時間目

(四)


放課後になると、みつきは早速ミズルを捕まえ、沙耶の家へ向かう。

帰宅部の連中と一緒に学校を出てバスに乗る。


「先生は車を持ってないの?てっきり沙耶の家まで車で行けるもんだと思ってたよ」


「うっせぇなぁ。そんなの俺の責任じゃねーし」

全ての責任は高崎寛太郎にある。

車が無いのも、お金が無いのも、人間相手につまらない授業をして時間を無駄にするのも、全ては高崎寛太郎の責任だ。


バスの最も後ろの席にみつきと並んで座ったミズルは契約一日目のストレス生活にイライラしながら激しい貧乏揺すりを行った。


「ちょっと恥ずかしいから止めてよ」


「こうでもしてねーと爆発しそうなんだよ」


「ったく。先生ってそー言うキャラだったんだ。今までは大人しくてひ弱そうなイメージだったのに、隠してたんだね。でもそんなんじゃ田所たどころたちにますますやられちゃうよ」


「誰それ?」


「……本当に生徒の名前を覚える気が無いんだね。新学期早々ボコられてたじゃん」


「ふーん。そうだったっけ?」


「ねえ、ちなみに私の名前は覚えたよね?」


「…………」


「兵藤みつき!」


「分かってるよ。大きな声出すな」


「じゃあこれから行く家の子は?」


「沙耶だろ?何回も聞かされて覚えたわ」


「おー、すごーい。せいかーい!」


なんだか茶化された気がしてミズルは「けっ」と吐き捨てた。


「私と沙耶は中学の時からの同級生で部活もずっと一緒だったんだ。二人ともずっとバスケ一筋で去年に顧問ともめた時も二人で辞めた。三年になる前の春休みもちょこちょこ遊んでたんだよ。それなのに三年になった途端に学校へ来なくなったの。ラインしても電話しても何の反応もないし、先生に聞いてもしばらく休むって連絡があった事しか教えてくれないし」


みつきは大きなあくびをするミズルにキツい目を向けた。


「何事もなければいいんだけど、二週間も休んで何の連絡もないなんて悪い予感しかないよ」


「行ってみるまではわかんねーだろ?だったら悩むだけ無駄じゃないか?」

ミズルは目尻にあくびの涙を作って言った。


「そうだけど、先生は心配じゃないの?」

みつきの非難の目をチラリと見たミズルは「くだらね」と言い捨てて窓へ目を移した。


何百年ぶりかの人間界。発展した文明はそれなりにミズルの目を楽しませた。






バスから下りたミズル(バス代はみつきが払った)は缶コーヒーを飲みながら(コーヒー代はみつきが払った)沙耶の家を目指した。

まるで迷路のような複雑な住宅街をみつきの背中を追って気だるそうに歩く。


「ここだよ」とみつきの声に促されてミズルが顔を上げるとそこには青い屋根の二階建ての一軒家があった。


二人は門から敷地へ入り、シルバーのセダン自動車の横を通って玄関につくとみつきがインターホンを押した。


しばらくの静寂のあと、インターホンのスピーカーが音を立てた。


「はい。どなたですか?」


「あ、私、みつきです。沙耶の友達の。おばさんですよね?」


「みつきちゃん?どうしたの?」


「あの、沙耶が三年になってから一度も高校に来ないんでどうしてるのか心配になって来ました」


「そう。……ごめんね。今はちょっと会えないの」


「理由を教えてもらえませんか?」

みつきが聞くと相手は言葉に詰まったようで数秒、黙り込んだ。


「本当にごめんなさい。でも、また学校へ通い出したら仲良くしてやってね」


「おばさん!せ、先生も来てるの」


「先生も?」


「うん。学校にも連絡してないんでしょ?」


逐一ちくいち連絡はしていないけど先週に電話してしばらく休ませて欲しいって事は伝えたわよ」


沙耶の母親の言葉を聞いたみつきはジロリとミズルをにらむ。

が、ミズルはそ知らぬ顔で何やらメモ帳を見ている。


メモ帳には、『生徒にはタメ口でも良いが、他の教師や生徒の親御さんには敬語を使うこと』と書かれている。


このメモ帳はミズルが悪魔だとバレないように人間界での生活で気を付けることを高崎寛太郎が簡単にまとめた物だった。


「沙耶さんのお母さん?私は沙耶さんの担任の高崎寛太郎という者です。しばらく休むとの事ですがそれはだいたいどの程度になりますでしょうか?我が校には、六十三日以上休むと出席日数が足りずに留年してしまうという悪魔のような校則がありましてですね。私としてはぜひ卒業していただきたく、娘さんの欠席状況を気にかけていると言う事なのです」


「す、すいません。でも今の娘はとてもじゃありませんが学校へ通える状態では無いものですから。またこの状況がいつまで続くのかも確かなことは言えないもので…」


「ねえ、おばさん!教えてよ!沙耶はどうなったの?病気?」


みつきが言い終わると「ぎゃあーっ!」と野太い悲鳴が二階から聞こえた。インターホンは「沙耶!」の声を残してガチャガチャと音をたてて切れた。


顔を青くしたみつきは素早く玄関のドアノブにてをかけて引いた。

鍵はかかっておらずすんなりと開いた。


玄関には大人の男性の物と思われる大きな草履ぞうりが並べられていて、その横にローファーを脱ぎ捨てたみつきは迷わず階段をかけ上がった。


何度も遊びに来たことがある家だ。

泊まったことも一度や二度ではない。

みつきはテンポ良く階段を上りきると近くにある沙耶の部屋に飛び込んだ。


カーテンの締め切られた薄暗い部屋にそれはいた。

鱗がびっしりと並んだ青い肌、目は爬虫類の真ん丸なそれで感情の欠片もない。

口は耳元まで裂けて、開いた口から見える犬歯は鋭く長く、それはもうきばと呼べるモノだった。

その間からは赤くて細長い二又の舌がチロチロと顔を出した。


そんな異形の生き物がピンクの寝巻きを着て部屋の中央に立っている。


その足元にはお寺のお坊さんのような格好をした中年の男性が肩をおさえてうずくまっていた。


「沙耶!何をしたの!」

沙耶の母親が異形の生き物に声をかけ、みつきは目を大きく見開いた。


「か、肩を噛まれました」

中年の男性はよろよろと立ち上がり部屋の入り口の方へ後ずさる。


「そいつがインチキだから悪いんだよ」

異形の生き物、沙耶は中年男性を指差して続ける。


「今日で何日目?私にいた悪霊を必ずはらえるって言ったでしょ?それなのに人の体をいじるだけで全く祓えず親からお金だけむしりとって…。無理なら無理って言えよ!でないと私もあんたをどうするか自分でもわからないよ!」


中年男性は「ひいぃっ」と声をあげて慌てて部屋から出ていくとドスンバタンと音をたてて階段を転げるように下りていった。


「沙耶…?沙耶なの?」

みつきが震えた声で言うと沙耶はピタリと動きを止め感情の無い真ん丸な目でみつきを見た。


「み、みつき?ど、どうして…。どうしてあんたがここにいるの!」


「様子を見に来たんだよ。沙耶が全然学校に来ないから。メールも電話も無視されるから」


「最悪…。私にも知られたくない事ぐらいあるんだよ。秘密にしておきたい事ぐらいあるんだよ。それを興味本意で覗きに来やがって。どうせみんなに言いふらすんでしょ?」


「そんな事しないよ!ねぇ、何があったの?その姿、どうしちゃったの?」


「憑かれてんだろ」

言ったのは部屋に入ってきたミズルだった。


「あんた、誰?」


「お前の担任だよ」


「は?ママ!何で家に入れたの?あれだけ誰も入れるなって言ったのに!」


「勝手に入ってきたんだけど?」

ミズルは珍しそうに部屋の中を見渡す。


倒れたイスや空気清浄機。

散らかった机。

床に落ちた本やぬいぐるみ。

相当暴れたのがうかがい知れた。


「早く出てけ!」

悲鳴のような怒鳴り声だがミズルは気にせず「これだけ暴れる元気があるなら学校に来れるよな?明日から来いよ」と口にした。

その発言に部屋にいた三人は固まるが、次第に沙耶の握った拳がプルプルと震えた。


「ふざけないでよ!こんな体でどうやって行くのよ?」


「歩いて来りゃいいだろ」


「そんな意味じゃない!私は見世物になんてなりたくない!」


「お前がどんな感情を持とうが俺になんの関係があるんだ?俺にはお前を卒業させなければいけない理由がある。だから動けるならいつまでも休ませておくわけにはいかねーんだよ」


「先生、なんて事言うの?」

みつきが批判してもミズルは耳をほじるだけ。


「出てけ」

沙耶の爬虫類のような目からは感情が読み取れない。


しかし眉間に深く現れたシワ、襲いかからんとする姿勢から強い敵意があるのは誰にでもわかった。


「わかった。すぐに出るから沙耶、やめて」

泣きそうな顔の沙耶の母親はミズルとみつきを力強く押して部屋から出そうとする。


「おい。明日、絶対に来いよ」


「黙れ!そんなに私に来て欲しいなら勝手に出席にでもしとけばいいでしょ!」

部屋のドアが閉まる瞬間、沙耶は二本の細長い牙をむき出しにして怒鳴った。








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