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一時間目

(三)


昼休み、ミズルは豪快ごうかいに腹を鳴らしながら食堂へ駆け込んだ。

室内に漂う様々な料理の匂いに鼻の穴が大きく開いている。


「おいおい。四時間目の途中から何の匂いかと思ってたが食い物の匂いだったのかよ~。腹が鳴るわけだぜ」

食堂には次々と生徒がやって来て食券を買い料理を受け取って席に座る。

ミズルはその様子を眺めて料理を手にする手順を細かく学習する。


「ふんふん。なるほどなるほど」

しっかりと理解したミズルは生徒の列に並び食券の販売機に辿り着いた。


「ここで食べたい物を選ぶとそれが書かれた紙が出てくるんだな。そしてそれを料理を作っている人間に渡す、と。ははは。人間が考えそうな単純なシステムだ。だがどれがどんな料理なのかがわからんな」


それでもミズルは適当に『カレー』と書かれたボタンを押した。


「……ん?」


何の反応もないのでもう一度押してみる。


「……んん?」


食券は出ない。

思うようにいかない事態に腹を立てたミズルはガンガンと機械を叩き出した。


「ちょ、ちょっと先生、お金は入れたんですか?」


慌てて声をかけたのは後ろに並んでいた見知らぬ男子生徒だった。


「お金?ああ、お金か!そう言えば寛太郎から渡されていたんだった」と財布を開いた。

中に入っていたのは五十円玉硬貨が二枚と十円玉硬貨が三枚。

それらを全て機械に投入し再び『カレー』と書かれたボタンを押した。


「……」


ミズルは食券器をガンガンと叩き出した。


「せ、先生、お金が足りてないですよ。その値段じゃ買えるものはここにはありませんって」


男子生徒に慌てて止められるとミズルは手を差し出す。


「じゃあくれ。俺は腹が減ってんだ」


メガネ越しのミズルの目の圧に怯んだ生徒だが「い、嫌ですよ。俺の昼食代が無くなっちゃいますから」ときっぱりと断った。

だがミズルは「じゃあこの機械は使わせられないな」とさらに凄んだ。


「何をバカな事をしてんの?」

言ったのは女子生徒。

朝、教室を出るミズルに声をかけたミズルのクラスの生徒だった。


女子生徒はミズルの腕を引っ張って食券の販売機の列から離れさせた。


「お前、何すんだよ!」


「それはこっちの台詞だよ。教師が生徒にたかるって何やってんの?」


「うるっせえ。とにかく俺は腹が減ってんだ。機嫌が悪いから近寄るんじゃねえ」


言うミズルの目の前に女子生徒は弁当箱を出した。


「もし話を聞いてくれたら、私のお弁当をあげてもいいんだけどなぁ~」






食堂のすみっこでミズルはもらった弁当箱を開ける。


ふりかけがかかった白いご飯にウインナー。

卵焼き、野菜の炒め物、プチトマト。

女子の弁当だけあって量は少ない。


ミズルは不服そうに「こんなの腹の足しにもなんねぇな」と口にしてウインナーを手でまんだ。


「そんなことより朝の話の続きがしたいんだけど」


「朝の?」


ミズルはウインナーを口へ放り込んだ。するとだるそうだった目に力が甦り、カッと見開いた。


「う、う、う、うめえーっ!」

思わず立ち上がり弁当を見下ろす。

そして震える手で卵焼きを摘まんでパクり。

ミズルの体を稲妻が走った。


「せ、先生?どうしたの?大丈夫?」

驚く女子生徒の呼び掛けにも答えずミズルはただ未知の味と遭遇した衝撃に驚き、たたずんでいた。

いちご大福と言い現在の人間の食のレベルはかなり高い。

「人間のくせになかなかやるじゃねーか」


「は?わけの分からないこと言ってないで私の話を聞いてよ?つーか手掴みで食べるのやめてくんない?一緒にいて恥ずいんだけど?」


女子生徒がピンク色の箸を渡すとミズルはそれをスプーンのように握って白いご飯をかき込んだ。


「ねえ、先生。沙耶さやの事なんだけど」


「沙耶?それ誰だ?」


「あのさ、朝にも言ったじゃん。私たちのクラスの星川沙耶ほしかわさや


「ふーん」


「…ところで私の名前は分かってる?」


「……メシ女?」


「マジで教師失格じゃん。兵藤ひょうどうみつきだよ」


「へえ~」


「へえ~、じゃない! で、沙耶の事だけどなんで学校を休んでるの?」


「知るわけないだろ」

食べ終わった弁当箱を机の上に放り出したミズルは「全然たりねぇ。もっとないのか?」と食事中の生徒たちを見渡す。


「知らないじゃないでしょ?連絡ぐらい来てるはずでしょ?それとも何?生徒には知らせられない状況なの?重い病気か何かで…」


「本当に知らねーんだよ。でもさ、そんなのどうでもよくないか?」


「それどういう意味?」


「だってさ、ずっと学校を休んでもらって卒業の時だけ来てくれたら楽じゃねーか。お前もそうしろよ。学校もつまんねーし、その方がお互いに利があるだろ」


ミズルの発言に兵藤みつきは口をあんぐりと開けた。


「ははは。なんだその面白い顔は」


「先生、マジで言ってんの?そんなことしたら出席日数が足りなくなるじゃん」


「…出席日数?」


「し、知らないの?う、嘘でしょ?冗談だよね?ね?」


「……ちょ、お前、怖い言い方すんなよ。出席日数って何なんだよ?足らないとどうなるんだよ?」


「出席日数って卒業に必要な出席の数でしょ!それが足りなかったら留年じゃん!卒業なんて出来ないよ」


みつきの言葉にミズルは血の気が引くのを感じて立ち上がった。


「その何とかって奴、けっこう休んでんの?」


「沙耶!…三年生になってから一度も来てないじゃん。もう二週間経ったから十四日ぐらい」


「何日ぐらい休んでも大丈夫なんだ?」


「あんた本当に先生?この学校じゃ六十三日でしょ。校則に書いてあんじゃん」


「そ、そうか。まだ余裕はあるんだな。……けど放っておくのはまずいかも。おい!その沙耶って奴は何で学校に来ねーんだよ?」


「分かんないから先生に聞いてんじゃん!」

ミズルと兵藤みつきは顔を近づけてにらみ合う。


「沙耶は今、どこにいやがる?」


「知らないよ!たぶん家だとは思うけど」


「今から行って連れてこい」


「今からは無理っしょ。…だったら放課後、先生も一緒に来てよ」


「はあ~?なんで俺が?」


「担任でしょ?」

ミズルと兵藤みつきはさらに顔を近づけてにらみ合った。


「くそっ。面倒くせーな。わかったよ。あまり休まれても困るからな。俺も行ってやるよ。その代わりもっと食わせろ。金くれ」


「…生徒にタカる教師なんて聞いたことない。もう、今日だけだからね」


「ち、ケチなヤツだな。……ん?あれ?」

ミズルはそのとき思いついて顔がニヤけた。

毎日生徒を代えながらおごってもらえば難なく食にありつけるぞ、と。









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