一時間目
(一)
チャイムの響く廊下で男はため息を吐いた。
灰色のスーツを着た猫背のその男はずれたメガネを直しつつため息をもう一つ。
瞳に生気はない。
まるで生きた屍のようによろよろと蛇行して廊下を進む。
そして足を止めたのは三年E組の教室の前だった。
「はぁぁ…」
さらに深いため息を一つ。
そして気だるそうにゆっくりと引き戸をスライドさせた。
ワッと大きな喧騒がスーツの男を襲う。
男はとぼとぼと歩いて教壇の上に立った。
そこから見える光景はスーツの男をさらにうんざりとさせた。
スマホのゲームで盛り上がる者、
教室の後ろでダンスの練習をする者、
化粧をする者、話で盛り上がる者等々、
同じ制服を着た生徒たちが各々好きな事をして楽しんでいる。
面倒くせぇなあ。
どいつもこいつも殴り倒して踏み殺してやりてぇ。
男は耳障りな声に神経を尖らせて出席名簿を開いた。
「おっ、来てたのかよゴミ教師」
男子生徒の一人がニヤニヤと笑ってスーツの男に声をかけた。
すると他の男子生徒も席を立ってスーツの男に近づくと、教卓を蹴った。
ガシャンと大きな音が鳴って生徒たちの目が一斉に教壇へ向く。
スーツの男はやりきれない顔で落ちた出席名簿を拾うために屈んだ。
「隙あり!」とその背中を男子生徒が蹴る。
スーツの男はびくともしなかったがその額には幾筋もの青筋がマスクメロンのように走っていた。
怒りに震えた手で出席名簿を拾い教卓を直すと「席につけ」とくぐもった声で蹴った男子生徒に言う。
男子生徒は「ぺっ」とスーツの男へツバを吐くと自分の席へ戻る。
スーツの男は限界ギリギリの所で耐えていた。
少しでも気を抜くと生徒たちを皆殺しにしてしまうのは確実だった。
それでも必死にこらえる。
一年の我慢。
一年我慢すればこいつらを全員ぶち殺す。
男の目が漆黒に染まる。
が、メガネの下のその目に気付く生徒は誰もいなかった。
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