第32話 デュラハン
ゾンビの急襲から翌朝、俺は静まり返った村を見渡した。昨夜の戦闘で多くの犠牲者が出るかと思ったが、俺の奮闘と第二陣の到着でなんとか被害を抑えられたようだ。ギルドへ救援要請に来た老人は村長だった。
彼は俺に深々と頭を下げて、感謝の言葉を何度も口にした。
「本当に、本当にありがとうございました…! あなたが来ていなければ、我らの村は壊滅していたでしょう…」
何度も頭を下げる村長に俺は答える。
「いや、村の被害がこの程度で良かった。
それに、このルナリスの加護を受けた装備はアンデットと相性がいいらしい。」
剣の切れ味も良いのだが、聖武器だからか切り口から白い煙が出てゾンビの肉を焼いていた。
ルナライトニングもオークより効果があったし、嘘は付いていない。ルナリス様の宣伝は必要なのだ。
「なんとルナリス様の加護を…、この村をお救い下さったのもお導きに違いないですな!
復興した暁には、貴方様とルナリス様の教会を作りましょうぞ!」
おお、さすがは宗教だな。こういう絶望的な時は何かに縋りたいらしい。
人間の心理的な部分もあるが、どうも俺にもその効果が付与されているようだ。エクリプスゴブリン自体、ルナリス加護を受けた進化先なので、神聖な者になりつつあるらしい。
実際、ルナリス教会の信者達は俺を崇めるように見つめていたし、姫もあんな感じで壊れていたからな。グリーダにこの話を聞くまでピンと来なかった。
更に、今回のように人を助けたりするとルナリス信者ではない者でも効果があるようだ。この村人は俺を英雄視している。ゴブリンなのに…だ。
「それは有難い、本国も喜ぶだろう。
だが、一つ気になっている…。あの大量のゾンビは自然発生するのだろうか?」
村は大量のゾンビに襲われていた。俺も凄い数を蹴散らしたが、操ってる魔物がいる可能性が高い。
「そうですな…。稀に現れるということはあったのですが、あの数は異常ですじゃ…」
村長は昨夜の襲撃を思い返し震えていた。
「その事なら少し心当たりがありますぜ」
俺と村長の話を聞いていた近くの兵士が語りかけて来た。確かサンソンという名だ。
「ん?お前は確か…
ふふ、ジェシカに愛は伝えたのか?」
「ちょ!やめて下さいよ!
あれは死の瀬戸際で気が動転してたんですから!」
サンソンは顔を赤くし慌てて答える。
サンソンの話をまとめると、この近くでデュラハンが目撃されており、どうやらそのデュラハンが下級のアンデッドを操る能力を持っているらしいとのことだった。
「デュラハンは強いです…、幾ら貴方でも奴には勝てないでしょう。以前、討伐に行って帰って来ない冒険者も多数見てますんでね。
それよりは、暫くはこの村に滞在して頂けると有難いです。」
サンソンはそういうと頭を下げた。
デュラハンか…、ファンタジーでは頭の無い騎士というイメージだ。だが今の俺のスキル、特技があれば負ける気がしないな。ただのゴブリンでは無いのだ。
「とりあえず今晩は泊まらせて貰おう。村長すまないが宿の手配を頼む。サンソンはこの周辺の地図を持ってきてくれ。明日デュラハンとやらに会ってみよう。」
俺がそう言うと村長とサンソンは驚いた顔をした。
「そ、そんな!?
俺の話を聞いてましたか?幾ら貴方が強いといっても、デュラハンには銀等級2人は必要と伺ってます!幾ら何でも無茶ですよ!」
「落ち着け、サンソン。
何も倒すわけじゃない。あくまで会うだけだ。
それに…俺のスキルを使えば逃げるのは造作もないことだ。安心してくれ。」
「そうですか…。
では地図をお持ちします。」
少しは納得したのか、地図を取りに去っていった。
「さて…、では村長。宿まで案内を頼む。」
「わかりました、こちらですじゃ」
俺は案内された宿で一晩休息を取った。
翌朝、俺はサンソンから渡された地図を手に、デュラハンが潜むという地下墓地へと向かった。村から大分離れた場所にあり、陽の光が届かないような陰鬱な雰囲気が漂っている。
「お化けは信じる方なんだが…」
まぁ俺の見た目も化け物かと自嘲しながら、地下へ続く階段を下りる。冷たい空気と共に、鎧のきしむ音が微かに耳に届いた。
しばらく進むと、薄暗い空間の中央に、その姿が見えた。女騎士の装備に身を包んだデュラハンが、静かに佇んでいる。頭の部分は無いようだ。彼女は片手に剣を握り、優雅でありながらも不気味な姿をさらけ出していた。まだこちらには気づいていない。
俺は少し声を張って話しかけた。
「こんな所に一人で何してるんだ?
というか、そんな装備で大丈夫か?」
彼女は驚いたように振り返り、興味深そうに俺の姿を見つめていた…と思う。頭部が無いからそう感じるだけだが。
「ほう…ゴブリンとは珍しい。
姑息な貴様らが何か盗みに入ってきたという訳でもなさそうだな。そして、普通の個体ではないようだな。特殊な進化を遂げた身か?」
…彼女の頭部のある辺から声が聞こえる。
「まぁ、普通の進化ではないかな。
それより聞きたいことがあるんだが。」
俺は静かに彼女を見据えた。
「なぜ、村を襲ったんだ?このまま行けばお前は討伐対象になるぞ?」
デュラハンは軽くため息をつくと、視線を逸らして答えた。
「私が望んで争いを求めたわけではない。だが、私は魔物だ。それを理由に、人間たち…冒険者や衛兵が次々と私を狩りに来る。それに応じただけだ。私は静かに暮らせればそれで良い…」
デュラハンの視線が俺に戻る。
「だが、近くの村の連中は納得がいかないらしい。次々と冒険者を雇い派遣する。私もいい加減ウンザリなのでな。此度はこちらから仕掛けたというわけさ。」
彼女の言葉には憂いが含まれていた。
なるほど、彼女は一種の被害者なのだ。魔物に転生した俺も人間からの受ける扱いは体験してきた。彼女の考えも理解できる。
デュラハンは続けて俺を見つめ、問いかけた。
「お前はなぜ、人間のために戦う?同族を捨ててまで、人間に肩入れする理由があるのか?」
俺は少し考えた後、静かに口を開いた。
「……とある姫様に拾ってもらったんだよ。そして今、俺はルナリス教の教えに従って行動している。人類と魔物の共存する世界を目指してるんだ。だから人間に肩入れする訳でもなく、同族も見捨ててないぜ。」
デュラハンはその言葉を聞くと、しばらくの沈黙の後、鼻で笑った。
「人間と魔物の共存?夢物語だな、そんなことを真面目に信じているとは…。だが、その発想自体は面白い。」
彼女の気配が変わり、殺意が溢れ出す。
「良かろう。お前も私も魔物だ。そして魔物は強い者に従う。貴様が勝てば大人しく殺されてやろう。この土地から出て行ってもいい。
だが私が勝てば……我が配下の末席となれ!!」
そう言うと、デュラハンは剣を構え、一気に俺へと突進してきた。俺はその迫力に応じるべく、腰に手をかけて自らの武器を引き抜いた。
デュラハンの突進は尋常ではない速さだった。彼女が振るう剣の一撃一撃が空気を裂き、振動を生み出す。その鋭い斬撃が迫るたびに、俺は間一髪でかわし、数歩下がりながら次の動きに備えた。
「覚悟しろ、ルナリス教徒!」
デュラハンの声が墓地全体に響き渡り、再び剣が俺に迫る。だが、このルナリスの加護が込められた装備には確かな自信がある。俺は迎え撃つべく刃を突き出し、彼女の剣と衝突させた。
金属が激しくぶつかり合い、火花が散る。しかしデュラハンの剣の重さと勢いは凄まじく、簡単には攻撃を受け流せない。
しばらく剣で応酬していたその時、俺の剣が彼女の鎧に当たる。
「!?」
その瞬間、通常であれば跳ね返されるであろう防具が意外にも俺の一撃に従って切り裂かれ、白い煙が出ていた。俺は一瞬驚いたが、すぐに理解した。この装備に込められたルナリスの加護が、アンデッドである彼女に対して効果を発揮しているのだ。
「ほう、俺の剣は通用するのか…」
俺は満足げに呟き、攻撃を続けた。しかし、次の瞬間、デュラハンの鋭い一撃が俺の左腕を捉えた。
「うぐっ!いったぁ!!」
衝撃が走り、しばらくの間感覚が麻痺するほどの痛みが襲う。深い傷を負ったが、これも戦いのうちだ。
俺は痛みに耐えながら傷口に手を当て、「ルナヒール!」と唱えた。光が手から溢れ、傷口を瞬く間に癒していく。この聖なる力は俺の体を再び戦いの場に戻してくれる神聖魔法だ。
その時、ふと考えが浮かんだ。先ほどの神聖武器での攻撃が効いたのなら、この神聖魔法も彼女に対して効くのではないか?
俺はそれを試すべく、デュラハンの隙を見つけ彼女の懐に入り込むと再び「ルナヒール!」と唱え、手を彼女の鎧の隙間に滑り込ませた。
「!?一体何を…!?」
デュラハンが驚愕の表情を浮かべる。白い光が彼女の体を包み込むと、彼女の鎧に亀裂が走り、苦痛の声が漏れた。
「ぐぅがはっ…!こ、これは…まさか神聖魔法を使用するのか?!」
「へっ!やはり効くようだな。」
俺は微笑みを浮かべながら彼女から距離を取る。よし、これで有効な攻撃手段が増えた!
デュラハンは悔しそうに息を荒らげ、再び剣を構え直した。
「なるほど、少々貴様を見くびっていたようだな。」
彼女は不気味な声でそう言うと、呪文を唱え始めた。すると周囲の空気が一変し、地面から黒い霧が立ち上る。それは次第に俺を包み込み、視界を遮るように広がっていく。
「哀れで神聖なるゴブリンよ。食らうがいい、闇の呪縛…影牢!!」
彼女の声が響くと同時に、霧の中から無数の黒い手が伸びてきた。俺の足や腕に絡みつき、身動きを封じようとする。
「な!?くそっ…!」
俺は力を込めて抵抗するが、影の手は執拗に俺を捕らえ、少しずつ力を奪っていく。デュラハンはその隙を逃さず、再び剣を構えて迫ってきた。
「ふふふ、終わりだな、ゴブリン。
貴様如きこの程度だが、中々面白かったぞ。
…これで終わりだ!!」
そう言うと彼女の剣が振り下ろされた。
だが、俺の姿が霧の中で揺らぎそれは分身の一つを切り裂いただけだった。
「なっ…!?これはどうなっているのだ?」
「くくく、それはオボロファントム(朧月の幻影)と言ってな。貴様は俺の残像を斬ったのだよ」
彼女が驚愕している隙を突き、俺はデュラハンの背後に回り込む。そして、
「彷徨える亡霊よ、心安らかに眠るがいい!!ルナライトニング!!」
と叫び、黒白色の雷を叩き込んだ。
「うわあああああああああ!!!!!」
辺りが鎧が焦げる匂いが漂い、デュラハンは苦しげな声を上げ、そのまま膝をついた。




