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第30話 出発 

俺が冒険者になる件を受け入れると、早速隣国のプルーク王国へ行くように説明があった。プルーク王国はルナリス神聖王国の南西に位置する小国で、どちらも強大なラジアン帝国に隣接しているため友好関係を築いている。だが、ラジアン帝国の諜報員が暗躍しているせいか、軍事同盟には至らず友好関係も発展しなかった。


ルナリス教の信仰を広めるための冒険者ギルドへの登録を目的とするなら、最寄りのギルドはプルーク王国にしかない。そのため、ルナリス神聖王国から多額の支援金を受け取り、俺は旅立った。

「せめて馬車で送ります。」と姫から提案があったが、ここしばらく城での暮らしが続いていたこともあり、野生の感覚を取り戻したくて断った。冒険者となれば野営は避けられないし、むしろ自ら選んでいくべき道だろう。


野宿をしながら焚き火を眺めていると、姫の言葉が頭に浮かんできた。

「ルナリス様の信仰を広め、冒険者として名を上げることで、我が国と信仰を守る力とする」──あの言葉の真意を俺は思案する。最初に姫が俺を近衛隊に入れた理由は、影潜りの能力を駆使した情報収集や暗殺のためだと思っていた。だが、今回の進化とその影響を目にした姫は、その力を単なる戦力ではなく、より大きな影響力として利用する方が得策だと判断したのだろう。

「…つまり俺が冒険者として活躍することで、ルナリス教の信仰も広まるという訳ですね?」

あの時、姫の意図をこう確認した俺に対し、彼女は嬉しそうに微笑んだ。その微笑みの裏には、国を守るための意志と、ルナリス教への深い信仰が垣間見えたのを今でも覚えている。


「冒険者として、名を上げることで信仰と国の抑止力にもなるって寸法か…」

自嘲気味に呟き、火に木の枝を投げ入れる。冒険者として信仰の力を広めることで、いずれはラジアン帝国に対する備えともなる。まさに国家の一大プロジェクトだな。


そんな事を考えていると、遠くからドタドタと地面を揺らす音が次第に近づいてきた。俺は咄嗟に音のする方を警戒し剣を抜く。

旅を始めてまだ1日目なんだが、こういうのはもっと中盤に起きるイベントじゃないのか?


音の正体が近づいてくると、低いが粗野な声が混ざった奇妙な言葉が風に乗って届く。


「ぷぎぃ!?グハハハ!

チビナ、ゴブリン…が一匹、ダケダ!」

「ゴブリンが…焚き火?ぷぎひひひひ」

「焼いたら、クサイ…オエエ」

オークの一団が姿を現す。筋肉質で屈強な体格、身につけた粗末な鎧はボロボロだが、人数が八体もいるとなると油断はできない。奴らは馬鹿にしたような目つきで俺を見つめ、笑いをあげる。


「オイ、緑豆グリーンビーンズ

オマエのような、ゴブリンはドウクツの、アナで引きこもってるのが、お似合い、ダ。

ガハハハ!ぷぎぃ」

先頭のオークがしゃべるたびに、周囲のオークたちがぷぎぃと笑い出し、俺の方へジリジリと近寄ってくる。奴らの笑いは不気味で、こちらを馬鹿にしているのが明らかだった。

人間に馬鹿にされるのは慣れているのが、コイツらには言われたくないな。


「おいおい、豚が8頭も居たら食いきれないなあ?いや、そもそも豚ほど美味くないか。既にドブのような体臭だからなあ?風呂にでも入ったら少しはマシになるんじゃないか?

ワハハハハハハ!」

俺が盛大に煽り返すとオーク達はシンとした。

すると、集まって何やらヒソヒソと話し出した。


「アイツ、今なんて、言った…んダ?」

「ゴブリン、アンナニ、話す…のか?」

「俺たち…、クサイって…言っタ!!」


どうやら流暢に話すゴブリンで驚いてるようだ。時間差で、漸く俺が言った事を理解したオーク達は怒り狂い出した。


「ぷぎぃ!!

ゴブリンのクセに、生意気、ナ!!」

「ぶふぅ!コロセ!コロセ!」 

「オマエノ、ホウガ、クサイ!ぷぎぃ!」


「な!失礼な!こっちは昨日まで城暮らしだったんだから匂う訳ないだろ!いい加減にしろ!」

俺がそう言い返すと、オークたちが怒りに燃えた顔で突進してきた。

先頭のオークが大きな鈍器を振りかざし、振り下ろしてくる。俺はその動きを見切り、軽く体を横に捻るだけで回避し、隙をついて逆に長剣を肩口から斬り込んだ。鋭く閃いた刃が肉を裂き、血飛沫が舞う。

「グギャァアッ!」

先頭のオークが叫びながら倒れ込むと、後ろのオークたちが怒りに震え、さらに突進してくる。

「テメェ、コロス!」

もう一体のオークが、俺の横から斬りつけてきた。だが、敏捷性が違う。俺は一瞬で後ろへと下がり、オークが振りかぶった勢いのまま崩れたその肩へ鋭く剣を突き込んだ。刃が骨まで貫く感触に、一瞬息を止めて剣を引き抜く。

「ブフゥ!カコメ!ツブせ!!」

残りのオークが四方から一斉に襲いかかってきたのを見て、俺は「影潜り」のスキルを発動。暗闇に潜むとともに、彼らの間をすり抜け背後へと回り込む。そして、剣を振りかぶり、さらに一体を背後から斬り伏せる。

残ったオークたちは混乱し、目を見開いて俺を探し回っていたが、その隙に俺は新たな力を試す決意をした。


「食らえ、新特技!ルナライトニング(光闇纏雷)…!」


俺の手のひらから淡い光が溢れ、次の瞬間、電撃が弧を描いてオークたちに向かって走る。激しい稲妻が夜の闇を切り裂き、オークたちの肉体を貫いた。電撃に触れたオークは悲鳴を上げ、痙攣しながらその場に崩れ落ちた。


「ぐ…ぐぉおおぉぉぉぉ!!」


俺自身もその威力に驚いたが、目の前のオークたちが次々と倒れていく様子に…、これは強すぎるな。使う場面を考えなくてわ…。

最後に残ったオークが、怯えた表情で後ずさる。


「ぶ、ぶきぃ…!ナゼ?ゴブリン、こんなツヨイ…!」


俺は無言で長剣を構え、最後の一撃を放つ。瞬く間にオークの息が途絶え、夜は再び静寂を取り戻した。焚き火の灯りだけが、俺と倒れたオークたちを照らしていた。


オークの戦闘を終え、俺は残った焚き火にオークの肉を串刺しにして焼いてみた。だが、焼き上がった肉にかぶりつくと、予想通りに味は劣悪だ。硬く、独特の臭みが強く、舌に絡みつくような不快な味が口いっぱいに広がった。昔はこんな物普通に食っていたんたがな。城での生活で舌が肥えてしまったようだ。しかし、今後の旅路を考えれば貴重な食料だ。しかたなく腹に収め、翌朝、腹を壊さないことを祈りながら寝袋に入った。


翌日、体調も問題なく、俺は再びプルーク王国への道を急いだ。その後数日間は特に何もなく、穏やかな旅路が続いた。そして、ついにプルーク王国の城壁が見えてきた。街の門へと続く道には、衛兵たちが警戒の視線を向けている。俺が門を通ろうとすると、すかさず槍を構えた衛兵に止められた。


「何者だ!お前は?異形の者が何の用で我が国に来た?」


俺は落ち着いた様子で腰のポーチから推薦状を取り出し、衛兵に差し出した。彼は推薦状に目を通した。

「な!?ルナリス神聖王国の推薦状だと…?

くっ、それなら仕方ないがくれぐれも面倒事を起こさないように。」

疑いの目をさらに深めたものの、渋々と道を開けてくれた。プルーク王国へ足を踏み入れた。

早くギルドへ行き、冒険者登録しないとな…。

身分証明証さえ出来れば、こんなに疑われないはずだ。

俺はそのまま冒険者ギルドを目指して歩を進める。



冒険者ギルドは王国の中心部にあった。外観は普通の居酒屋のような感じだ。結構年季が入っている。

俺は緊張しつつ扉を押し開けると、酒場のような賑やかな雰囲気が俺を迎えた。だが、その場にいる冒険者たちの会話がピタリと止まり、数十の視線が俺に突き刺さる。俺を普通のゴブリンだと思い武器に手を伸ばす者までいたが、俺の防具に刻まれたルナリス教の紋章に気づいたのか、ゆっくりと手を緩める。ただのモンスターではないことは理解してくれたようだ。


「…なんだアイツは?ゴブリンか?」

「あの紋章…ルナリス教か…。」

「一体何しにきたんだ?」


周囲から聞こえるひそひそ話を意に介さず、俺はまっすぐに受付の窓口へと向かった。


俺が受付へ向かっていると、通路の横で酒を飲んでいた3人組の冒険者が俺を見つけて立ち上がってきた。かなり酔っ払っている様子だ。


「おいおい、ここはモンスターが来る場所じゃねえぞ?」

と、一人が絡むように声をかけてくる。

「てか、どうやって入ってきたんだ?衛兵も役立たずだな」

別の男が吐き捨てるように言う。

「流石はゴブリンだな!コソコソと動き回るのが得意なんだろう。

ん? その装備は高そうじゃねえか…。それを置いてとっとと町から出ていけば見逃してやるぞ?」

酔った勢いもあるのか、男たちはニヤつきながら周囲を囲むように俺に近づいてきた。


だが皆んな、安心してくれ。俺は大人だ。

この程度の挑発には乗らずに、相手をしないのが得策。このような展開には既に、対策済みなのだ。


俺は無視してそのまま受付へ向かおうとすると──


「チッ、テメェ!無視してんじゃねえぞ!」

と酔っ払いの一人がいきなり殴りかかってきた。 

俺はとっさに身体を捻り、男の拳をかわす。その瞬間、左手で男の腕を掴み、素早く相手のバランスを崩す。そしてそのまま右拳を一閃。力の加減はしたが、拳が男の顎に食い込む。鈍い音がして男の体がぐらりと揺れ、ふらついたところで地面に崩れ落ちた。


残りの二人が驚いた表情で一瞬引くが、すぐに怒りの表情を浮かべ、次々に襲いかかってくる。


「この野郎…!俺たちを舐めやがって!」

次に来た男は勢いよく踏み込んで拳を振り上げるが、その動きは酔いで鈍っていた。俺は素早く後ろに一歩引き、相手の拳が空を切ると同時に、隙だらけの腹に左肘を深く打ち込む。


「ぐあっ…!」

苦痛に顔を歪ませてうずくまる男を横目に、最後の一人が怒りのあまり咆哮をあげ、背後から掴もうと手を伸ばしてきた。

俺は素早く体をひねり、その腕を掴んで相手の重心を利用して引き倒す。そして肩口に素早く膝を当て、動けないように押さえ込んだ。


「ぐっ…!こ、こいつ…、ただのゴブリンじゃねぇ…!」

3人をあっという間に制圧した俺は、周囲が驚きと興奮の目で見守っていることに気づく。

だが、その瞬間、酒場に響く鋭い声が辺りを静かにする。


「そこまでだ。ギルド内での喧嘩は、許さんぞ」

振り返ると、堂々とした風格の男が入口に立っていた。髪は長く後ろで結ばれており、片目には眼帯をしていた。その彼の目は鋭く、威圧感が全身から漂っている。冒険者ギルドの人間だろうか。冒険者たちはその威圧に圧倒されて、一瞬で動きを止めた。


「な!?ギルドマスター?

違うんです!俺達はゴブリン退治を…」

「そうですよ!急に現れた魔物を討伐しようと…」

俺が抑え付けていた冒険者を解放するとすぐに言い訳を始めた。


「そこのゴブリンがこの街で何かしたのかね?

それにルナリス教の紋章が入っている防具を身に付けているのを見れば一目瞭然だと思うが?」

「くっ…」

「で、ですが…」


酔っ払いが何も言い返せないでいると、ギルドマスターは続けた。

「この場にいる他の諸君も、私に反論があれば言ってくれ。

そこの者が誰かを殺した、物を奪った等見た者はいるのか?」

ギルド内は静まり返っている。誰も何も言わない。

「…居ないようだな。何も罪のない者へ喧嘩をふっかけ、ギルド内の治安を乱した。普段は厳罰に処すが今回は見逃してやろう。さっさと出ていけ。」


酔っ払い3人は渋々出ていく。その内の一人が俺を睨みながら出ていく。「覚えとけよ。」と小さい声で言っていた気がしたが、気にしない。


ギルドマスターは俺のとこへ来ると謝罪をしてきた。

「申し訳ない、神聖ルナリス王国よりきた者よ。

私は当ギルドマスターのローガン・アレントと申します。お話は聞いてます故、受付にて登録させていただきますぞ。」

俺の事は既に知っているようだ。神聖王国より連絡があったのだろう。


「いえ、ご面倒を起こして申し訳ない。

俺はシャドウと言います。事をあらだてるつもりは無かったんですが…」

「アハハハハ、血の気の多い者が多いですからな。喧嘩はよくあるのですよ。だが武器を抜くのは御法度です。最も貴殿なら武器抜いた3人でも制圧出来たでしょうからな…。おっと、申し訳ない。私も仕事が残っているのでこの辺で」

そう言うと頭を下げて、ローガンは去っていった。

「ふーっ、まさかギルマスが現れるとはなあ。

波瀾万丈だぜ…。」

俺は冒険者登録をするべく受付へと向かった。

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