第3話:初めてのレベルアップ
洞窟の外での生活にも少し慣れてきた俺は、食料の確保を優先しつつ、この世界での戦闘にも備える日々を過ごしていた。ある日、食料を探していると、目の前に小さな生物が現れた。それは、透明な体を持つスライムだった。
「…キュル……キュル……。」
スライムは危険そうに見えなかったが、棍棒を握り、慎重に距離を詰める。
スライムは特に攻撃してくる気配はない。だが、俺は試しに一撃を加えてみることにした。棍棒を振り下ろし、スライムの体に叩きつけると、予想外にあっさりとスライムが崩れた。
「意外と脆いな…。」
その瞬間、頭の中に声が響いた。
《経験値を獲得しました。レベル1にアップしました。》
「…な、なんだ?!」
唐突に聞こえたその声に驚きながらも、俺はどこからか流れ込んできた情報を理解する。どうやら、俺はスライムを倒したことで「レベルアップ」したらしい。これはまるでゲームのような感覚だが、この世界では現実のようだ。
「ステータス、オープン…?」
何気なくそう口にすると、目の前に透明なウィンドウが浮かび上がった。そこには、俺の現在の状態が表示されている。
名前: 不明
種族: ゴブリン
レベル: 1
HP: 30/30
MP: 5/5
力: 12
敏捷: 10
知力: 6
スキル: [棍棒術 Lv1][短剣Lv1][弓術Lv1] [ゴブリン語 Lv1]
レベルアップの実感は特にないが、少しだけ体が軽くなったように感じる。そして、その直後に奇妙な感覚が体に広がっていく。まるで、記憶が呼び覚まされるような感覚だった。
「これは…こいつの記憶…なのか?」
ふと、頭の中に古びた映像が浮かび上がる。ゴブリンとしての「記憶」だ。この体は元々、この洞窟に住むゴブリンだった。小規模なゴブリン集団がこの洞窟を拠点にしている。
そしてさらに、ゴブリンとしての戦闘技術も体が覚えていることに気付いた。剣や棍棒を振り回すのは得意ではないが、短剣や弓は狩りの際に他のゴブリンに教えられていた。狩猟のための基本的な弓術と短剣の扱いを、この肉体はしっかりと覚えていたのだ。
俺は考えた。この非力な体で棍棒という打撃武器は相性が悪い…。それなら短剣や弓の方が殺傷能力が断然いいと。隠れて遠距離攻撃なら前世から得意な物だ。
そう考えた俺はすぐに洞窟へと戻ることを決めた。スライム一体を倒すのは簡単だったが、次に出くわす敵がどんなものか分からない。洞窟の奥には、ゴブリンたちが狩猟に使っていた武器庫のような場所があるという記憶があった。そこには粗末だが役に立つ弓や矢、短剣が保管されているはずだ。
「まずは装備を整えないとな…。」
俺は洞窟の奥へと足を進め、武器庫を探す。ゴブリンたちが無造作に積み上げた石の壁の裏に、ほこりをかぶった古びた武器が並んでいた。粗末な弓と矢、そして錆びついた短剣が見つかる。
「これで少しはマシになるか…?」
短剣を腰に差し、弓と矢を背中に背負う。まだ不安は残るが、これで少しはマシなはずだ。
俺は洞窟の外に出て弓の練習を始めた。弓を使うのは初めてだが、ゴブリンとしての体が覚えている感覚を頼りに、なんとか射ることができる。矢を弦に引き、狙いを定める。少し距離を取った木の幹に向けて、矢を放つ。
「…うーむ、全然ダメだなあ。」
矢は目標の幹に刺さるどころか、かすりもせず地面に落ちた。どうやら弓術には相当な修練が必要らしい。だが、今はこれが俺にとって主力武器の1つだ。遠距離から敵を仕留められるメリットは大きい。非力なゴブリンがこの世界で生き残れるかを大きく左右しているはずだ。しばらくは弓の練習に集中するしかない。
何度も矢を放つが、うまく当たることはほとんどなかった。だが、少しずつコツが掴めてきたような気がする。弓を引く力加減、狙いの定め方、そして放つタイミング…すべてが微妙に調整を必要としていた。
「…オマエ……ナニシテル…。」
突然、背後から声が聞こえた。振り向くと、一体のゴブリンが立っていた。その目は鋭く、手には立派な弓が握られている。普通のゴブリンとは少し違う――この集落で3人しか居ない、ゴブリンスナイパーだった。
普通のゴブリンでも弓や遠距離武器を扱えるが、その道を極めていくとゴブリンスナイパーになれる様だ。他のゴブリンより良い弓を持ち歩いているのが特徴だ。
俺が何も言わずに練習を続けようとすると、
ゴブリンスナイパーは素早い動きで俺の弓を奪い取った。彼は一瞬で構え、矢を放つと、見事に木の幹に命中させた。
「……カゼ、…ヨム…。」
彼は俺の姿勢や狙い方にいくつか指摘をしながら、簡単な言葉で教えてくれる。どうやら、弓を扱う上での基本的なコツを伝えようとしているらしい。
「…オレ、オシエル。…オマエ、ヤル。」
俺は彼の指示に従い、もう一度弓を構える。教えられた通りに狙いを修正し、ゆっくりと矢を放つ。すると、今度は矢がしっかりと木の幹に命中した。
「…スコシ…マシ。」
彼はうなずきながら満足そうに俺を見つめた。どうやら、このスナイパーは俺に少しでも役に立てるように教えてくれているようだ。短い言葉ながら、確かな指導力が感じられた。
暫くするとスナイパーは森の奥へと姿を消した。俺は彼の教えを思い返しながら、さらに弓の練習を続ける。
《弓術Lvが2に上がりました。》