第17話 夜襲
「くそっ…!どうしてこんな所で…!」
我々は絶体絶命の状況に追い込まれていた。盗賊達の奇襲を受けたせいで、殆どの兵士達がやられてしまった。まともな近接戦なら体力、装備、技術で盗賊如きに劣る事はない。
だが夜間に弓の奇襲を受けたとなると話は別だ。視界の悪い中、四方八方から一斉に矢を受け大半が馬から落ちている状態だった。だがそのタイミングで突然を受け半数の兵士が絶命した。
「こいつら…襲撃のタイミングが良すぎる…。」
人数も我々と合わせて来ている事から、情報提供者がいるのは明白であり、犯人候補も複数予想できたが、今はそれどころでは無い。
現在生き残っているのは俺ともう二人の護衛だけだ。ルナリス神聖王国の姫様を守らねばならないのに、このままでは全滅だ。
「隊長!! どうしますか?!
このままでは我々は…」
1人の兵士が盗賊達に剣を向けつつ俺に聞いてくる。
全く…、隊長なんてやるもんじゃないな。
「うぅ…、なんとしても!姫様をお守りするのだ!
俺が奴らを惹きつけたらお前達は姫様を馬に乗せ、そのまま走れ!」
「…!? ですが、それでは…!」
「構わん!!このまま全滅しても良いのか?!」
部下と最後のやり取りをしていると、盗賊が笑い出した。
「ギャハハハハ!!
こいつは面白い。本当にそんな作戦で逃げ切れると思ってるのか?この数相手に?
まったく、ウケるぜこいつら…ギャハハハハ!」
「…リーダー、早くこいつらを始末しましょう。
久々の女でこっちは待ちきれないんですから…。」
「まあ待て、女は俺が最初に味見するんだし今はコイツらをじっくり痛ぶらせてくれやぁ!!」
そう言うと盗賊のリーダーは斬りかかってきた。俺は応戦するとガキン!と剣と剣の音が響き渡る。疲労で手が重い。
リーダーに合わせる様に他の盗賊達も斬りかかってきた。部下達も応戦するが、限界だ。何とかして姫様を逃がす隙を作らなければこのままでは――
その時、影の中から突如、謎のモンスターが現れた。そいつは俺と戦っている盗賊リーダーの背後に出現後、リーダーの頭を掴み、装備している短剣で喉を掻っ切った。
「うがっ…!? …何…が……、起き…て………」
ドサッっと盗賊リーダーは口から血を流しながら倒れた。
「?? リーダー!! 一体どうしたんですか!」
異変に気づいた、盗賊達がその場へ駆け寄る。
だが既にその背後に立っていた謎のモンスターは、近づいてきた盗賊の喉も掻っ切る。
「うっ……が……はっ……」
まるで闇の精霊のごとく、音もなく敵を倒していった。俺は一瞬、目の前で何が起きているのか理解できなかった。
「これは…一体…?」
謎の存在は次々と盗賊を狩っていき、1人…また1人と確実に仕止める。
俺は目を凝らした。暗闇の中、そのモンスターは一体何者なのか確認しようとしたが、視界が悪く正体が掴めない。だが、確かなことは、その動きが並外れて速く、かつ的確であるということだった。敵の背後を瞬時に取り、殺意を感じさせないまま次々と盗賊達を皆殺しにしていく。その流れる様な動き方は、人では無いのかとも思ったが少し小さすぎる。人間では子供くらいの身長になるだろうか。
次々と仲間が殺される盗賊たちは恐怖に支配され、逃げ出そうとするが――
「どこへ行くつもりだ?」
その冷たい声が戦場に響いた。闇の中から現れたその影が、まるで地面と一体化したかのように動き、最後の盗賊の喉元に短剣を突き立てた。
すべてが終わった。あの影は俺たちの方へ振り返り、そのまま何処かへ行こうとする。
「ま、待ってくれ!!
いや、待ってください!」
咄嗟に声を掛けると歩みを止めた。言葉は通じるらしいな…。
「この度の助太刀、助かった…。礼を言う。
貴殿が来なけれ我々は全滅して居ただろう。
宜しければお名前をお聞かせ願えないだろうか?そして後日改めてお礼がしたく…。」
話の途中で、その者は振り返った。
その一瞬、月明かりが彼の顔を照らした。
「…!? ゴブリン…だと…!?」
急いで剣を抜き構える。部下達も駆けつけ剣を抜いていた。
信じられない。助けに来たのは、まさかのゴブリンだったのだ。だが、普通のゴブリンより少し大きい。そして肌が黒い。進化個体か?
俺はその場に立ち尽くし、どうすれば良いのか分からなかった。ゴブリンはゆっくりとその場を去ろうとしていたが、俺は反射的に声をかけた。
「待て! 一体、なぜ我々を助けたんだ!?」
ゴブリンは歩みを止める。
「…ただの…人助けだ。」
そう言い放つと、再び歩き始めた。だが、俺たも部下も動けずにいた。警戒心を完全には捨てきれない。まさか、ゴブリンが助けに来るなど、あり得ない話だ。
「どう…しますか、隊長?」
部下が不安そうに問いかけてきたが、俺も返答に窮していた。あの強さだ。今の我々では悔しいが敵わない。願わくばこのまま穏便に済ませたいというのが本音だった。
そのまま警戒態勢を維持していると、ゴブリンは闇の中へ消えてしまった。
警戒体制を解き、ふうと一息付く。襲撃から先程のゴブリンといい色々とありすぎた。
「…ガイウス?外はどうなっているの?
静かになったみたいだけど、皆無事なのかしら?」
馬車の中から姫様の声がした。
いけない、こんな殺戮現場をお見せする訳にはいかない。
「姫様!申し訳ありませぬ。盗賊共の襲撃を受けました。損害は激しいですが、何人か生き残れました。まだ敵が潜んでる可能性もありますので、そのまま馬車内に居てください。」
「そう…ですのね。私のためにごめんなさい。」
顔は見えないが落ち込んでる様子だ。
「それと…、先ほどの会話少し聞こえたのですが、ゴブリンが私達を助けてくれたのでしょうか?私の聞き間違いかしら?」
…いかん、そんなに俺は大声だったのか。
部下達の方を見るとウンウンと頷いていた。
だって仕方ないでは無いか、俺たちを助けたのはゴブリンだぞ!
俺は観念すると先程のゴブリンの事を話した。
「そう…。ゴブリンが私たちを助けたのね。面白いこともあるものだわ。」
姫様は、信じられない様子ではあったが、どこか納得しているようにも見えた。彼女はそっと微笑みを浮かべながら話し始めた。
「きっと、これはルナリス様の導きなのよ。」
「ルナリス様…ですか?」
俺は驚いて姫様に尋ねた。
ルナリス神聖王国では、ルナリス教が主に信仰されている。王直属の俺達は特に信仰している訳では無いが、姫様は信者の1人だった。
「ええ。ルナリス教では、月の光はすべての生命に等しく降り注ぐと教えられています。たとえそれが魔物であっても、正しい心を持つ者は、ルナリス様に祝福されるのです。」
姫様の言葉が、夜空に浮かぶ月明かりと重なり、まるでその教えが確かなものであるかのように感じられた。
「私たちを救ったあのゴブリンも、ルナリス様のお導きによってここに現れたのでしょう。だから、彼を敵視してはいけません。ルナリス教は、すべての命が対等であると教えています。魔物であっても、それは変わりません。」
「……魔物も、対等に……。」
俺は言葉を詰まらせたが、姫様の真剣な声に対して反論する余地はなかった。ルナリス教の教えは我々にとっても大切なものであり、信仰に基づいた行動が国を支えている。実際、信者の中には魔物も居る。
「それに…」
姫様は、少し躊躇いながらも続けた。
「後日、お礼を伝えに行きたいわ。あのゴブリンさんがどこにいるのかは分からないけれど、ルナリス様のお導きで再び会える気がするの。彼に感謝を伝えるのは、人として当然のことです。」
姫様がゴブリンに対してここまでの感謝を示すとは予想外だったが、彼女の強い意志を感じる。王が溺愛して育てた結果、1回言ったことは決して曲げないのだ。
「けど、お導きばかりではルナリス様に迷惑をかけてしまいますね。あなたもそうは思いません?」
そう言うと姫様は馬車の窓を開けた。金色の長髪が月の光を受け輝いている。
姫様はこちらをニッコリと見つめて笑っていた。だが目は笑っていない…。
「分かりました、分かりましたよ姫様。では、彼らの住処を探し出し、後日お礼に伺うとしましょう。その時は私が同行いたします。」
「ありがとう、隊長。」
姫様は微笑んで頷き、俺はその場で深いため息を吐いた。
キャラクター
ガイウス・ハートフォード…ルナリス神聖王国 王直属軍
隊長




