第1話: 「ゴブリンとして目覚めた3曹」
風が肌を冷たく撫でる。その瞬間、彼は全身に走る鋭い痛みを感じた。記憶は混乱していたが、確かに今朝まで彼は訓練に参加していたはずだ。35歳独身、陸上自衛隊普通科の3等陸曹として日々任務に取り組み、多くの経験を積んできた。昨年はレンジャー資格も取得し、自分の誇りだった。しかし、今日の訓練中に起きた不運な事故で、全てが一変した。
「くそっ、俺は…」
最後に感じたのは、崖を転落する際の身体の痛みと、意識が遠のく感覚。これが死かと、朦朧とする中でそう考えた。
だが、次に目を開けたとき、周囲はまるで別世界だった。粗雑な洞窟の中、目に映るのは岩壁と暗い空間。何より、自分の身体に異変を感じた。手を見下ろすと、そこには緑色で小柄な手が。
「…なんだ、これ?」
声も違う。体の感覚も。全く別の存在に生まれ変わったような気分だった。恐る恐る全身を確認するが、どう見ても自分はゴブリンだ。異世界やゲームでよく見るアレだ。
「落ち着け…まずは状況確認だ」
今、何が起きているのか理解できないが、まずは情報を集める必要がある。
「ここは洞窟…周囲に危険はなさそうだが…」
周りを歩きながら洞窟内を探り、同じように緑色のゴブリンたちが数体いることに気づいた。しかし、彼らは知性を感じさせるものではなく、単純な動作を繰り返しているだけだった。彼は心の中で再び状況を整理する。
「どうやら…俺だけがこの状況を理解しているらしい」
ゴブリンの体に転生したとしても、彼の頭の中は元の自分だ。前世の知識や経験が生きるか分からないが、まずは生き延びるためにできることを探る。
「まずはこの体がどこまで動けるのか確認しないと。装備は…ないが、このゴブリンの体なら俊敏さはありそうだ」
彼は周囲のゴブリンたちを観察しつつ、自分の体を動かし、どれだけの力や速度が出せるか試してみた。大柄な人間と比べれば非力だが、この環境に適応すれば、なんとか生き延びる道はあるかもしれない。
「最優先は…食料か。あとは、この洞窟の外がどうなっているかだ」
彼は周囲をもう一度確認し、洞窟の出口らしき場所を見つけた。だが、無防備に外へ出るのは危険だと判断し、まずは慎重に行動することにした。自衛官としての習性が、決して無闇にリスクを取らないよう彼を導いていた。
「死んだと思ったが、とりあえずこの体でやっていくか…。」
不運な事故で死んだはずの男が、ゴブリンとして異世界生活が始まった。