師匠
自室にて、俺は布団に横たわって休んでいた。
前のプリン事件の傷を癒していた。
そんな時、とある夢を見た。
『よお、弟子。調子はどうだ?ちょっとは成長したか?』
美しい、水色の細い髪の女性がこちらを覗き込み、そう問いかける。
前よりは成長した、と答える。
『それなら私が実力を測ってやろう。前よりマシなことを祈るぞ。』
と、少し舐めたよう言われて、少々イラっとする。
今回はそう簡単にはやられない、と答える。
あまり私を舐めるなよ、と言われるが、こちらとしては舐めているつもりは一切ない。
そうして、手合わせが始まる。
彼女の手には木刀。自身の手には短いナイフが握られていた。ナイフと言っても切れ味は落ち、錆びているので刺したりはできない。
結果は、圧勝だった。師匠の。
俺は手も足も出ず、一瞬にして意識を奪われた。
『まだまだだな。次からはトレーニングを増やしておこう。』
悔しい。俺は強くならなきゃいけない。だが、こんなにも圧倒的な差を見せつけられると、やる気をなくしてしまう。
『ただ、まあ。前よりはほんのちょいとだけマシだった。次は私に一撃入れて欲しいかな。』
楽しみにしてるよ、といって俺の元を去っていった。彼女は俺にとって最大の壁であった。
ある日のこと、師匠の住む山の小屋に向かっている時のことだった。
あまりにも長い山道を登り続けていると、流石に疲れてくるものだ。俺は近くの切り株に腰を下ろし、ペットボトルの蓋を開け、中の水を飲む、がすぐになくなってしまう。
そうして、また登り始めようとしたとき、近くで、パチパチと木が燃える音がした。
近くの木は倒れ、火はどんどんと燃え移っていく。
俺は燃え盛っているのにも関わらず、その山に飛び込んで行った。
走って、走り続ける。そうしてその小屋を見つけ、火の粉が飛んでいたり、燃えた木が落ちていたりしているが、そんなことは気にならなかった。
そして、師匠を見つけた。その師匠は服に引火しているようで、炎に包まれ、焼かれていた。
消火しようと、服を脱ぎ、ブンブンと振り回してみる。だが、効果がなかった。
ふと、先ほど持っていた水のことを思い出す。
カバンからペットボトルを取り出すが、それは空で、逆さにしても、残った数滴が滴るのみ。
ここまでの絶望は感じたことがなかった。
俺の中で最も強く、最も尊敬する人が、こんなにも簡単に死んでしまうのだ。
師匠を抱えようとするが、その体は重く、持ち上げるのはギリギリだった。
小屋を飛び出し、病院に向かおうとすると、師匠が俺の腕を掴む。師匠は死んでいなかった。その事実が俺を癒してくれた。が、そんな癒しも束の間、師匠は、俺に最期の言葉を告げた。
『強くなれ、次はもっとマシになることを祈る。』
と、いつものように、舐めた様子で。
そして、師匠は、死んだ。
俺が水を残していたら?あそこで休憩せず、早く登っていたら?もしかしたら、師匠は生きていたかもしれない。そんな可能性にすがりたかった。そんなもしも、に。
この山を、師匠を燃やした火は、師匠の死と同時に降る雨によって、用済みだと言わんばかりにあっさりと消えていった。
遅えよ、とその雨に愚痴を漏らす。
ふと、師匠の抱えていた物に気がつく。それを手に取ってみると、それは刀だと気がついた。
綺麗な水色の刀で、その色は師匠の髪の色を思い出させる。
俺はそれを花より、蝶より、この世で最も高価な宝石よりも丁重に持ち帰った。
きっとこれは俺に託されたものなんだと、そう解釈した。
ふと、後ろを振り向くと、黒い人影が見えた気がした。
「なんで今更こんな夢を見るかねえ。」
最悪な目覚め、というわけでもなかった。
師匠を夢で、とはいえ見ることができた、手合わせできた。それが何より嬉しかった。
そういえば、あの刀はどうなっただろうか。あの刀だけでも、こちらに送って欲しいところだ。
「強くならないとな。」
こちらの世界で手に入れた魔法や力、その全てを使って、師匠と対等になりたい。追い越したい。
それを証明するためにも、師匠とまた、次があることを祈る。
そんな夢を見て、いてもたってもいられなくなり、なんの目的もなく、庭にでる。
とりあえず、月氷刀を顕現させる。
刀を一振りする。
刃の通り道には、この太陽の光に照らされ、透けた美しい氷の欠片が舞い散る。
この氷をなんとか利用できないだろうか、そう考えていると、隣の家から声がする。
「ちょっと、さっきから呼んでるんだけど!」
「あっ、ごめん。気づかなかった。」
さっきから声がするとは思っていたが、俺を呼んでいたらしい。さて、何のようだろうか。
「また、手合わせしたいのよ。」
だそうだ。つまり、リベンジということだ。
俺も前世じゃ師匠に何度もリベンジしたものだ。
全敗して心が折れかけたが。
「いいよ。俺も暇してたし。」
何も目的がなかったが、今、目的ができた。
それは、彼女を倒すことだ。負けてたまるか、と。
「言っておくけど、前までと同じだと思わないでね!」
「それはこっちの台詞だ。簡単にリベンジはできないぞ。」
集中しようと、一瞬だけ、ほんの一瞬の瞬きをした。次に目を開けた瞬間。
炎が、正確には炎の剣が飛んできていた。剣が鼻先に触れる瞬間。俺は氷の刀を召喚し、その炎を受け止める、が、鼻先が少し熱い。一瞬でも反応が遅れれば、焼けていたかもしれないな、と改めて炎の怖さを思い知る。
「ッツ!!」
消えた炎と煙から、ハルカの剣が現れ、こちらに攻撃を加えに来る。さっきの炎はこのためか。
俺もそれに刀で応戦する。
カンッ!と金属がぶつかるような音がする。
俺の刀は氷がまとわりついているので、金属ではないのだが。
何度も打ち合ううちに、刀が傷ついていく。だが、それは相手も同じ。
俺はここで畳み掛けようと、前と同じように剣を凍らせようと氷の刀を召喚し、追尾させる。
ヒットした、そう確信した瞬間。燃え上がる大きな赤い炎が立ち上がる。
煙が消えると同時に、炎を刀にまとわせ、切り掛かってくる。前回は刀を作る必要があった分、今回は炎が大きい。ただ、これだけの炎。魔力の消費も激しいはずだ。そう思い、氷を作り出し、それを盾のように構える。大きく、厚い形状で、炎が大きくても、これを溶かすのには時間がかかるだろう。その間に魔力の消費を狙う。
そういう狙いだったが、そう簡単にはいかない。どうやら、さっきのが全力ではないらしい。盾を斬る。その瞬間、一瞬だけ、炎がさらに強く、鋭く。青くなった気がした。
盾の形状をした氷は溶かし、斬られてしまった。
そこには残った青い火花。斬る瞬間のみに集中することで、魔力を節約する。そういうことか。
まだ、勝負はついていない。
俺は刀を再び顕現させる。
そして、構え、それを発動する。
「全域凍結」
時間凍結、それを再現しようとする過程で生まれた技。
それにより、相手の動きを僅かに鈍くする。
そして、その隙に氷の刀を作り、それを飛ばし、同時に火球を作り出す。魔力はあまり使わない。小さな火球。
「この程度じゃ、負けないわよ!」
氷の刀は真っ二つ。斬られてしまった。
が、俺も飛び出し、近距離で打ち合う。
「クッ、!」
「くらえ!」
さすがに近距離でのまともな刀での勝負では、俺に分がある。確実に一撃を入れていく。
「どうした!そんなものか!」
「まだ!また負けたくはないわ!」
ハルカは、前回のように炎で作った、炎だけの剣をもう片方の手に握り、二刀流の形になる。
「ぐっ!」
「もらったわ!」
そして、彼女の炎の剣がこちらの体を捉えた時。
バーン!!!
火球が爆発し、強い炎が現れる。
あまりに強い炎に彼女も耐えきれなかったのか、地面にペタリと座った。
「今回も、俺の勝ちだな。」
「何よあれ。ズルじゃない。」
「あれは、ただ火球を飛ばして途中で一気に魔力を注ぎ込んだだけだ。」
「それにしても、あの火力は、まあいいわ。今回は私の負けよ。」
潔く負けを認めてくれたようだ。
「でも、前より技術が上がってた。今回も危ないところが多かった。」
「そう、ありがとう。次はもっと頑張るから、楽しみにしておいてね!」
そう言って彼女は家に帰って行ってしまった。
今日の俺たちは、師匠と弟子のようだな、と感じた。




