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6. 倒れてしまいました

 部屋で休めと言われて休んでいるけれど、いつもは子爵家でこき使われているから暇でしょうがない。

 貴族ってどうやって時間を潰しているのかしら?

 そんなことを椅子に座ってぼんやり考えていると、扉がノックされる。


「失礼します。シーヴェルト子爵令嬢、体調はいかがですか?」


 部屋に入ってきたのはアレン様だった。

 さっきは仕事中だったから騎士服だったが、今はシャツにトラウザーズというラフな服装だ。


「問題ありません」


「それは良かった。今から夕餉なのですが、もし良ければ食堂で一緒に召し上がりませんか?」


 アレン様はどうやら夕食の誘いに来たらしい。

 義家族とは食卓を囲んだことは一度もない。

 毎日厨房で野菜の切れ端や腐りかけの食材をもらって、何とか生きられる程度に食い繋いでいた。


「……ご家族で召し上がるのでしょう?私はお邪魔ではないですか?」


 私がそう言うと、アレン様は眉を寄せてその顔に憐れみの情を浮かべる。


「迷惑なんてとんでもないです。我が家のお客様をぜひ家族に紹介させてください」


 にっこりと柔和な笑顔を浮かべるアレン様を見て、この人は優しい人なんだなと思う。

 私が気を使わないような言い回しを敢えて選んでくれている。


「それでは、お伺いします」


「準備がお済みでしたら、私に食堂まで案内させていただけますか?」


「いつでも大丈夫です」


「では」


 アレン様はそう言って私に左手を差し出した。

 私はどうして手を出されたのか分からず戸惑ったが、遠い記憶で、まだ両親が生きている頃に受けたダンスレッスンでお父様にこうやって左手を差し出されたことを思い出した。


 ───これは、エスコート、かしら?


 迷いながら差し出された手の上に右手を重ねる。

 するとアレンは微笑んで私の手を軽く握って部屋から連れ出してくれた。

 どうやら、これはエスコートの仕草で合っていたらしい。


 一階に降りて突き当たりの大きな扉を開けると、そこは広い食堂だった。

 長いテーブルに、椅子がいくつも置かれている。

 綺麗に整えられたテーブルクロスに、磨き上げられて光り輝く銀食器。

 さすが侯爵家の使用人の仕事は丁寧だと感心する。


「来たわね、クラリス。私の隣に座りなさい」


 フリージア様は私を手招きして、そばに呼び寄せた。

 使用人が椅子を引いてくれたので、私はそこに座った。

 椅子を引いてもらうのは10年ぶりの経験だったので、タイミングが合わずに膝がカクッとなってしまったけど。


「君がクラリス嬢だね。話はアレンから聞いたよ。私はノイマン・セインジャー。この家の当主だ。そしてこっちはディディエ。嫡男でアレンの兄だよ」


 ノイマン様はアレン様と同じ黒髪でサファイアのような青い瞳を持つ。

 顔立ちは優しげなアレンとは違い、目が切れ長で少し冷たそうな印象を受ける。

 ディディエ様もこちらを見て会釈をしてくれる。

 ディディエ様はフリージア様譲りの淡い栗色の髪に青い瞳で、顔立ちはどちらかというとノイマン様似かな。

 私が立ち上がって挨拶しようとすると「そのままで」と声がかかり、立ち上がるのをやめる。


「私はシーヴェルト子爵家が次女、クラリスと申します。このように突然お世話になることをお許しいただきありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げると、ノイマン様は黙って頷く。


「随分大変な目に遭ったと聞いたよ。しばらくは何も気にせずうちにいるといい。私は仕事で屋敷を空けることが多いから、何か困ったことがあれば妻のフリージアか家令のバナードを頼りなさい」


「ありがとうございます」


「さ、堅苦しい話はやめましょう。お腹が鳴ってしまうわ」


 フリージア様がそう言うと、見計らったように給仕が食事を運んでくる。

 オードブルから始まり、スープ、ポワソンと次々に料理が運ばれるが、普段の食事量が少ないからかメインが来る頃にはお腹いっぱいになってしまった。

 しかし残してしまうのはもったいないと無理して口に運んでいたのだが、だんだん気分が悪くなってきた。


「……クラリス?大丈夫?顔色が悪いわ!」


 フリージア様が私の様子に気づいて声をかけてくれた時には、私は冷や汗をかいていた。


「……少し、気分がすぐれないようです。下がってもよろしいですか?」


「大変!誰か、クラリスを部屋に連れて行ってあげて!」


 フリージア様が叫ぶとすぐさまアレン様が立ち上がり、ヨロヨロと立ち上がった私を支えて部屋に連れて行ってくれる。

 ベッドに入りしばらくすると、ノイマン様が呼んでくれたという医師が部屋を訪ねてきた。


「……食中毒などではなさそうですが。何か持病がおありですか?」


「いえ、持病ではなく……。お恥ずかしながら、普段はこんなにたくさんご飯を食べないので、胃の容量を超えてしまったようです」


 私がそう言うと、医師は訝しげな顔をして再び私の手を取って脈を測ったり、目の赤い部分や舌の色を確認したりした。


「……なるほど。分かりました。それでは、食事の量を減らして、徐々に増やしていくように進言しましょう。眠りやすくなる薬を処方しますので、今日はもうお休みください。寝ている間に食べ物が消化されれば、明日には体調が回復するでしょう」


「分かりました、ありがとうございます」


 医師に処方された薬を飲むとすぐに眠気がきて、初めて来た屋敷だと言うのに私は太々しく翌日のお昼前まで眠ってしまったのであった。




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全24話で完結。

毎日7時と17時に更新。

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