5. 報告 〜アレン視点
「ふむ。それで、クラリス嬢はお前の屋敷で保護しているわけか」
目の前のソファに座って納得したように頷いているグレーブロンドの人物は、この国の王太子スティング殿下だ。
私の直属の上司でもある。
セインジャー邸にクラリス嬢を送り届けた後、定期報告を兼ねて一連の出来事についてスティング殿下に報告に戻ったというわけだ。
「左様です。どうにも疑問の多い案件でしたので、実家に返さずに保護いたしました」
「そうだよな。シーヴェルト子爵家といえば、令嬢は『春の妖精』イベリン嬢しか居ないものと思っていたが……。そのクラリス嬢は、今まで一体どこに隠れていたのだ?」
「彼女が言うには、召使のような扱いを受けていたと。また、家族として扱われていないとも。……何か事情がありそうです」
クラリス嬢が今まで社交界に一度でも顔を出していれば、殿下が把握していないわけがない。
全ての貴族や姻戚関係、派閥関係などを覚えるのも王太子教育の内なのだから。
「分かった、その辺の事情は調べさせよう。アレンは、クラリス嬢から情報を聞き出してくれ。それから、私は陛下にも何かご存知か聞いてみる」
「かしこまりました」
「それにしても、再従兄弟殿には困ったものだ」
スティング殿下の祖父である前国王の弟が臣籍降下した際に興したのがガルドビルド公爵家だ。
つまり現当主のオスカー様とスティング殿下は再従兄弟にあたる。
「オスカー様はこと女性関係にだけはあの有能さを発揮できませんからね……」
「まあ、しょうがない。問題を起こす前に対処できるよう先回りしておこう」
「御意に」
私は一礼して殿下の執務室を出た。
普段ならばガルドビルド公爵邸の警備に戻るか、騎士団に顔を出してから訓練に参加し、そのまま騎士団寮に帰るのだが、クラリスからの聞き取りを任された以上、今日はセインジャー邸に戻るのが良さそうだ。
セインジャー家には息子が4人いる。
3つ上の長男のディディエは次期侯爵として父の後を継ぐため、司法長官である父の下で補佐をしている。
2つ上の次男アドニアルは優秀さが認められて外交官として隣国の領事館に出向している。
1つ上の三男カイルは学者肌で学園卒業後も研究者として残り、今は教師をしながら研究を続けている。
そして四男の私はと言えば文官家系にも関わらず脳筋で、早々にペンを捨て剣を取った。
騎士学校に入り、成績優秀者として卒業後はスティング殿下が統括している騎士団に入団。
3年後にはスティング殿下の直属騎士に任命され、殿下の手足として(都合よく)使われている。
2、3番目の兄と私は既に家を出てそれぞれ寮などで暮らしているため、家にいるのは両親と長兄だけだ。
クラリス嬢もセインジャー邸に連れて来られていきなり知らない人に囲まれるのは気が休まらないだろうから、今日の夕餉は私も参加するのが良いと思った。
◇
セインジャー邸に戻り出迎えてくれた家令のバナードにクラリス嬢の様子を聞くと、特に気落ちした様子もなく今は部屋で休んでいるという。
とりあえず騎士服を着替えてから、母と話をするために母の私室を訪れることにする。
「失礼します。アレンです」
久しぶりに入った母の部屋は、相変わらず所狭しと飾られた花の香りが充満している。
「あら、アレン。久しぶりね」
母は私と同じ翡翠の瞳を真っ直ぐにこちらに向けている。
「久々に帰ったと思ったら女の子を連れてくるなんて……あなたも隅に置けないわね〜」
悪戯っぽく笑う母に、私は溜息をつく。
「そういう事ではないと分かっているでしょう?揶揄うのはやめてください」
外では理想の淑女などと持て囃される母には、人をおちょくって愉しむ悪癖がある。
私も兄たちも、幼い頃からこの母の悪癖に晒されたために女性が苦手になったようなものだ。
「あら、揶揄ってはいないわよ。クラリスは美人だもの。あなたたちの中の誰かに嫁いでくれたら嬉しいのだけど〜」
「……くれぐれもシーヴェルト子爵令嬢には迷惑をかけないでくださいね」
母は何も言わずに「うふふ」と微笑んでいる。
これは私が言ったことを守る気がないな。
「ところで……あの子を連れてきたのはただの親切心だけではないのでしょ?」
「まあ、そうですね。おかしな点がたくさんありましたから」
「少しだけならクラリスから聞いたわよ。……あの子、『春の妖精』を義姉と呼んでいたわ。『春の妖精』は仮の姿で、仮面舞踏会でクラリスの名前を借りて男漁りをしているということも」
私は頭を抱えた。
オスカー様が参加したであろう仮面舞踏会には心当たりがある。
あまりに縁談が纏まらないのに業を煮やしたオスカー様は、ひと月ほど前に伯爵家主催の仮面舞踏会に参加した。
それなりの欲はあるが娼館を利用するのはプライドが許さないため、オスカー様は仮面舞踏会にて欲を発散させようと考えたのだ (口では『下級貴族の風紀調査のため』と言っていたが)。
私の役目はあくまでも護衛であり監視ではないため、その夜にオスカー様が誰かと夜を共にしたらしいという報告は受けていたが、相手までは把握していなかった。
まさかその相手に本気になるなど誰が予想しただろうか?
「少なくとも調査の間はクラリスはここに滞在するのでしょ?それなら、クラリスは私が好きに着飾って良いわよね?」
私は嬉しそうに声を弾ませる母をじとっと見つめる。
母が一番言いたかったことは最後の一言なのだろう。
「それは私に聞くのではなく、きちんとシーヴェルト子爵令嬢の許可を取ってくださいよ」
十分に念を押してから、母の私室を出る。
何が母の琴線に触れたのかは分からないが、クラリス嬢は随分と気に入られたらしい。
私は公爵邸の玄関で呼び止めて振り返る、シルバーグレーの髪の痩せた少女のアメジストの瞳を思い出していた。
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