3. 侯爵邸に連れてきてもらいました
騎士が用意してくれた馬車に乗り込み、公爵邸を出る。
「すみません、自己紹介もしていませんでしたよね。私はアレン・セインジャー。王宮所属の騎士をやっております。侯爵家の出身ですが四男なので継げる爵位もなく、単なる騎士爵ですから気を使わないでくださいね」
アレン様は上背はあるがどちらかというと細身で、優しげな顔立ちもあいまって柔和な印象だ。
本当に剣なんて振れるんだろうか?などと失礼な考えが頭を過る。
「クラリス・シーヴェルトです。一応籍は子爵家にありますがほぼ召使いのような扱いでしたので、平民と思っていただいて結構です。なので、敬語や敬称は必要ございませんよ」
私がそう言うと、アレン様は眉を顰める。
「……少なくとも、あなたはシーヴェルト子爵家から送り出されたのですから、間違いなく子爵令嬢ですよ。とにかく今日は色々大変だったでしょうから、ゆっくりお休みください」
話しているうちに、馬車は門をくぐって邸宅前で停車する。
馬車が止まると先にアレン様が降りて、私が降りるのをエスコートしてくれる。
玄関前に立ち屋敷を見上げる。
公爵邸ほどではないが立派な建物だ。
「シーヴェルト子爵令嬢様ですね。ようこそいらっしゃいました」
玄関に入ると、侯爵邸の家令が恭しく迎えてくれる。
いつのまに先触れを出したのか、私が来ることを既に知っていたようだ。
「突然押しかけてしまい申し訳ありません。お世話になります」
私が頭を下げると、家令は優しく微笑んだ。
「とんでもないことです。アレンお坊ちゃんのお客様ならいつでも歓迎いたしますよ」
「バナード!『お坊ちゃん』はいい加減やめてくれ……」
アレン様は頬を赤くして気まずそうに視線を逸らす。
「それは失礼いたしました。アレン様が女性をお連れになるのは初めてでしたから少し舞い上がってしまいました」
「ああ……そういうのじゃないから……。とにかく、シーヴェルト子爵令嬢には迷惑をかけないでくれ」
悪びれずにニコニコ笑うバナードさんを見て、アレン様は諦めたように溜息をつく。
「すみません、ご令嬢。……家の者が何を言っても気にしないでください。私は職務に戻りますが、家のことは今からこのバナードに案内させますので、ご安心ください」
アレン様は「それでは」と言って戻って行った。
「まずはお部屋にご案内いたしますね」
バナードさんの後について屋敷内を歩く。
階段を上がり、2階の一室に辿り着くとバナードさんは扉を開ける。
「シーヴェルト子爵令嬢様にはこちらのお部屋をご使用いただきます。生活に必要なものは一通りはご用意いたしましたが、なにぶん急でしたので、不足があれば何でもお申し付けください」
恐らく私が身一つで訪れると知って、色々準備してくださったのだろう。
クローゼットの中には10着ほどのドレスが掛かっている。
「ありがとうございます。……あの、私のことはどうかクラリスと呼んでくださいませ」
「それではクラリス様と呼ばせていただきますね」
「あ……いえ、敬称は必要ありません。それから、お仕着せを頂ければすぐにでも働きます。侯爵家で働くには力不足かもしれませんが、掃除や洗濯、料理や裁縫は一通りできますので」
私が一息にそう言うと、バナードさんは驚いたように目を瞬かせる。
「……クラリス様。現在セインジャー侯爵家は人手が足りております。もし人手が足りなくなったら、手をお借りしてもよろしいですか?」
バナードさんはニコニコと笑顔を浮かべて柔らかな口調で語りかけてくれる。
歳は義父と同じくらいに見えるけど……佇まいが全然違うな。
「分かりました。よろしくお願いします」
「それでは侍女を呼びますのでお召し物を着替えていただきましょう。奥様に到着のご挨拶をしなければ」
そう言ってバナードさんは侍女を呼び、下がった。
「失礼いたします、レネアと申します。ドレスの着替えをお手伝いいたします」
無愛想な侍女が入ってきて、手際よく準備を始める。
着てきたものよりずっと上質なドレスに着替えると、すぐにバナードさんが迎えにくる。
再びバナードさんの後について屋敷内を移動する。
大きめの扉の前に着くと、バナードさんは扉をノックする。
「失礼いたします。シーヴェルト子爵令嬢様をお連れいたしました」
バナードさんの後に続いて中に入ると、広い部屋のほぼ中央に置いてあるテーブルに一人の女性が腰掛けている。
部屋の中は生花がたくさん生けてあり、甘い香りがしている。
「あら、いらっしゃい。お待ちしておりましたわ」
そう言ってニッコリ笑った女性の顔は、アレン様によく似ていた。
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