小学館ファンタジーノベル&コミック原作大賞【奨励賞】受賞記念SS
このたび本作が『小学館ファンタジーノベル&コミック原作大賞』にて『奨励賞』を受賞いたしました!
受賞を記念して、感想でも行く末をご心配いただいたオスカーのストーリーを追加します!
お楽しみいただけると幸いです。
「オスカー様。ニュート伯爵家からの返事はいかがでしたか?」
「………断ると」
「………伯爵家ごときが公爵家からの縁談を断ると?」
家令のダビデが怪訝そうに眉を寄せる。
「運悪くご令嬢の婚約がちょうど最近整ったところなんだそうだ。いくら王家に連なる公爵家とはいえ、他家の婚約を特に理由もなく壊す訳にもいかんだろう」
オスカーは持っていた文を机の上に置き、溜息をつく。
こうして婚約の打診を断られるのは7度目のことである。
そもそもオスカーには幼い頃より同い年の婚約者がいた。
貴族学校を卒業する時分で結婚することになっていたのだが、なんとその貴族学校に留学に来ていた隣国の王子がオスカーの婚約者を見初めてしまった。
もともとオスカーの婚約には政略的な意味合いはなく、単に家格と年齢が合うからと結ばれたものであったため、隣国との橋渡しになるのならとガルドビルド公爵家が引く形で円満に婚約が白紙撤回された。
学校を卒業後、新たに別の高位貴族令嬢と婚約が結び直された。
しかし仕事人間で色恋に疎いオスカーの脳内には婚約者を気遣うといった概念がまるで無く、新しい婚約者は次第に自信を失くして心を病み、婚約を辞退してしまった。
その次の婚約者は同様にオスカーへの不満を募らせた結果、他の令息と恋仲になり婚約破棄されてしまった。
3人目の婚約者となった令嬢は非常に苛烈な性格で、朴念仁のオスカーを酷い言葉で罵り、社交界にあることないこと吹聴して回った。
その結果、高位貴族でガルドビルド公爵家に嫁ぎたいという家はひとつもなくなり、オスカーの婚約がまとまらなくなってしまった。
そこでオスカーは高位貴族からの婚約者探しを諦め、伯爵家の婚約者のいない年頃の令嬢に婚約を打診していたのだが、こうして本日7回目のお断りの文が届いたというわけである。
「伯爵家も厳しいか……」
オスカーが虚空を見上げて呟くと、ダビデは机の上の文を片付け手際よくお茶を用意する。
「下位の貴族家から娶られることになりますと、教育が大変ですね。外国からという選択肢もございますが……」
「外国か……何かあった時に国際問題になっては面倒だな」
度重なる婚約破棄や解消で、オスカーのそちら方面の自信は粉々に砕かれていた。
◇
婚約者も決まらず焦燥ばかりが募っていたある日、オスカーは宰相補佐の伯爵令息に教えてもらった仮面舞踏会に参加することにした。
参加の名目は「下位貴族の風紀調査のため」としたものの、下心があったことは否定できない。
公爵位を継ぎ、宰相に就いてからは目が回るほど忙しく過ごしていたため、息抜きついでという感覚もあった。
だから、油断していたのだろう。
その日、オスカーは飲み過ぎてしまった。
そして気が緩んだまま、その日に出会った女性と夜を共にした。
朧げな記憶で、その女性が「クラリス」と名乗ったこと、そしてその夜が「初めて」だと言っていたことを覚えていた。
ならばその令嬢に求婚すれば良いではないか。
安直にも、オスカーはそう考えた。
もはや結婚に囚われるばかりに、まともな思考ができなくなっていたのかもしれない。
あの夜の女性のことを共に舞踏会に参加した令息に聞くと、「シーヴェルト子爵家」の令嬢ではないかと言う。
オスカーは一にも二にもなく、「クラリス・シーヴェルト」宛に求婚状を送ったのである。
◇
その後のことは、思い出すだけでも頭を抱えてしまう。
オスカーは身一つでやって来た本物のクラリスを追い払い、義姉のイベリンを公爵家に迎え入れた。
………実際には義姉ですらないただの礼儀知らずの平民女だったのだが。
あの一件の後、ガルドビルド公爵家の評判は地に落ちた。
もう自分のところに嫁に来たいという者は現れないだろうと、オスカーはあれだけ力を入れていた婚約者探しをすっぱり諦め、血の繋がった親族から養子を取った。
それは父の姉の嫁ぎ先である伯爵家の三男で、王家の血も引いていることから、養子入りが認められた。
義息子はアズルートと言い、まだ8歳ながら非常に聡く才能に溢れた子供であった。
オスカーはアズルートを後継者として周知すると共に、最高の教育を施した。
そのアズルートが11歳になる頃。
自分と同じ轍を踏まないためにも、婚約者を据えることにした。
子供や夫人方が集まるとある茶会に、オスカーはアズルートを連れて参加した。
通常は夫人の集まりに男が参加するのはルール違反だが、オスカーには妻がいないので致し方ない。
夫人方も事情を知っているため、オスカーたちを温かく迎え入れた。
「ガルドビルド公爵家より参りました、アズルート・ガルドビルドです」
アズルートがその端正な顔をにこりと綻ばせると、テーブルを囲む夫人方から溜息が漏れる。
オスカーの心配をよそに、アズルートは少年らしからぬ気遣いでその場の女性陣を虜にしていった。
オスカーは夫人や令嬢たちと会話をするアズルートを暫し眺めていたが、自分のサポートが必要でないと悟ると、テーブルを立ちそっと席を外した。
招待された屋敷の庭を一人散策していると、シロツメクサの咲く場所で座って花冠を作る母娘に遭遇した。
「こうやって編むと……ほら、冠ができた」
母親が作った花冠を3、4歳と思しき娘に被せると、娘は嬉しそうにキャッキャと声を上げた。
オスカーは、なぜだかその幸せそうな光景から目が離せず立ち尽くしていた。
不意に娘の視線がオスカーに向き、とてとてと頼りない足取りで小走りに走ってくる。
その手には不器用にも懸命に作ったであろう花冠が握られている。
「おじさん!はい、これあげる!」
娘は背伸びをして花冠をオスカーに差し出す。
すると母親が慌てて走って来て、オスカーに頭を下げる。
「申し訳ありません!こら、フィリア。公爵様にご迷惑をおかけしてはいけません!」
「いや、構わない」
オスカーは手を差し出して母親が頭を下げるのを制止した。
いつもなら無駄なことを極力避けたいオスカーなのだが、何故だか今日はこの母娘に関わりたい気分になった。
「……フィリア。どうしてこれを私にくれるのかな?」
オスカーが花冠を受け取りながらフィリアに尋ねると、フィリアはその大きなグリーンの瞳をくりくりと輝かせて首を傾げた。
「だって、おじさん、すこしさみしそうだったから」
その返答に面食らったようにオスカーが固まると、母親は再び申し訳なさそうに頭を下げた。
「申し訳ありませんっ……!娘が失礼なことを……お咎めはどうか母親の私に………」
「構わないと言ったろう。……フィリア、ありがとう。君が被せてくれないか?」
オスカーが跪いて頭を低くすると、フィリアはたどたどしい手つきで花冠を載せた。
「わあ!おじさん、とてもきれい!えほんの、ようせいおうさま、みたいね!」
「……ようせいおう?」
言葉の意味が分からなかったオスカーが母親を見上げると、母親は困ったように眉尻を下げた。
◇
「ふむ。〝妖精王〟という絵本があるのか」
「ええ、フィリアはその本がお気に入りなのです」
オスカーは母娘が座っていたシロツメクサの野原に座り、2人と話をした。
母親はシスリーと言って隣国の伯爵家の未亡人なのだが、跡を継いだ親戚に2人の娘と共に追い出されてしまい実家に戻ったのだという。
実家は既に兄夫婦が継いでいたのだが、兄嫁に邪険にされて居場所がないそうだ。
それでも娘2人は苦労をさせまいと、今回お茶会に参加して嫁ぎ先を見つけようと思ったのだとか。
「ようせいおうさまはね、こころのきれいなひとを、たすけてくれるのよ!だからね、フィリアはうそをつかないの!」
フィリアは楽しそうにシロツメクサを摘んで花冠を編んでいる。
「そうか。……フィリアは偉いな」
オスカーがそう呟くと、シスリーがクスリと笑う。
「あ、申し訳ありません………公爵様は子供がお好きでいらっしゃるのですか?」
「子供か?……どうなんだろう。私には子供がいないからな。しかし、アズルートのことは大切に思っているし、フィリアは愛らしいと思うぞ」
そう答えて、オスカーは黙り込む。
とんでもない過ちを犯すまで、とにかく結婚することばかりを考えて突き進んでいた。
しかし結婚がゴールであるように考えて、その先の結婚生活についてまるで想像していなかった自分に気がついた。
もし過去の婚約者たちときちんと向き合えていたら、今頃は目の前の母娘のような家族を手に入れられていたのだろうか───
「………シスリー嬢。もしあなたさえ良ければ、娘と共に公爵家で暮らさないか?」
思わずそう口にして、オスカー自身も驚く。
シスリーは驚きのあまり溢れそうなほど目を見開いている。
「話を聞くに、実家では暮らしづらいのだろう?それに私の家も女手がなく、例えば今日のような時に困るのだ。そういう時にシスリー嬢が力を貸してくれればありがたいのだが」
「……しかし、未婚の公爵様の屋敷に未亡人の私が住むのも外聞が悪いのでは」
シスリーの返答に、オスカーはしばらく逡巡する。
「私はもう結婚しないと公言しているし、後継もいるのだからとやかく言われる筋合いはない。……いやむしろ、体面上籍を入れるのも良いかもな。あなたの2人の娘を、公爵家の娘とすれば良い嫁ぎ先も見つかるだろう」
話しながらも、オスカーはそれが妙案であると感じていた。
しかしシスリーは狼狽えて言葉にならない声を発している。
「……フィリア。おじさんの家に来て、おじさんの子になるか?」
「ようせいおうさまの、いえ?ひろい?」
「ああ。お城のように広いぞ」
「じゃあ、いく!ようせいおうさまの、むすめになる!」
フィリアは鼻歌を歌いながら花冠を編んでいる。
その後茶会に参加していたシスリーの上の娘が、公爵家に住むことになったことを知って大変驚いた。
同様に戻ってきてから話を聞いたアズルートは大変喜んだ。
3兄弟で育ったアズルートは、ずっと妹が欲しかったらしい。
それから間もなくしてシスリー母娘が公爵邸に移り住んだ。
当初は周囲からも色々言われたが、いつも仲睦まじい家族のように見える彼らを悪く言う者は次第に減っていった。
そして数年が経ち、公爵家の悪評も下火になった頃、オスカーとシスリーは籍を入れた。
公爵家の婚姻とは考えられないほど地味な式だったが、親族だけを招待した小さな式を挙げた。
式には、すでに結婚して2人の子の親となったシーヴェルト子爵夫妻も参加したという。
★2025.3.4追記★
このたび、本作が小学館ガガガブックスfより書籍化されることとなりました!
2025年4月刊行予定です。
書籍化にあたり大幅に加筆しておりますので、今作をすでにお読みの方もそうでない方も、ぜひご覧くださいませ!
そしてそして!
なんとなんとコミカライズも進行中!
詳細はまだ言えませんが……クラリスが超可愛くて、アレンが超かっこいいです♡
ご期待ください(^^)





