23. 求婚されました
「今日は疲れたろう?」
バルコニーのカウチに座り一息つくと、アレン様が給仕から受け取ったグラスを差し出してくれる。
緊張の連続で喉がカラカラだった私は、グラスの中の透明な液体をグイッと飲み干す。
ほんのりとした甘みが口の中に広がる。
「よく頑張ったな」
アレン様は私の隣に腰を下ろし、頭を撫でてくれる。
夜風は涼しいが、私の頬は熱を持つ。
「あまりに状況が変わりすぎて……正直言って気持ちが追いついていません」
履き慣れないヒールで傷んだ足を摩りながら、私は今日の出来事をぼんやり思い出していた。
平民になる前の思い出作りのつもりで参加した今日の夜会。
私が平民になるどころか実は義家族が平民で、しかも義家族は家族ですらなくて。
今日を以て私がシーヴェルト子爵を継ぐことになって。
義家族だと思っていた人たちは罪人として裁かれるのだという。
「そうだよな。事前に言えたら良かったんだが……クラナガンに逃げられては困るから、情報を知る者は最低限に抑えられていたんだ」
思えばアレン様もフリージア様も、事情を知った上で私を守ろうとしてくれていた。
侯爵邸で様々な教育を施してくれたのも、私が子爵を継ぐことを見越したことだったのだ。
「私……アレン様にすごく助けてもらっていたのですね。ありがとうございます、アレン様」
私が笑顔でアレン様を見上げると、アレン様は目元を赤くして私を見つめ、私の手からグラスを取り上げてサイドテーブルに置く。
「クラリス。全てが終わった後、私の話を聞いて欲しいと言ったのを覚えているか?」
あの夢のようなダンスの途中、アレン様は確かにそのようなことを言っていた。
「はい。それで、お話とは?」
私が尋ねると、アレン様は真剣な表情で翡翠の視線を真っ直ぐに向けてくる。
「君は今日、爵位を継いでシーヴェルト子爵となった。恐らく、これから多くの縁談が舞い込むだろう。それを理解した上で、この話を聞いて欲しい」
そう言うとアレン様はカウチから立ち上がり、私の目の前に移動して跪く。
膝の上に置いていた両手を掬い上げるように握られ、真正面から見据えられると、ここだけ時が止まったような錯覚に陥る。
「私、アレン・セインジャーはクラリス・シーヴェルトを愛している。どうか私と結婚してくれないか?」
「え……?」
驚きのあまり言葉を失っていると、アレン様はクスッと笑う。
「……私の気持ちに気づいていなかった?結構分かりやすかったと思うんだが」
とろんと緩んだ翡翠の瞳に見つめられ、鼓動が跳ねる。
アレン様はいつも優しかった。
いつも心配してくれたし、そっと手助けをしてくれた。
その裏に好意があったなんて思わなかった───いや、思わないようにしていたのかもしれない。
私とアレン様は身分や立場が違うし、いつか離れるのだから期待をしてはいけないと、心の中に予防線を張っていた。
だってそうしないと……アレン様を好きになってしまうから。
「……私は誰にでも親切な人間じゃないよ。クラリスだから支えたいし、見守りたいと思ったんだ。そしてこれからも……ずっと君の隣にいられたらと思ってる」
「私なんかが………相手で良いのですか?」
「『私なんか』ではない。クラリスが良いんだ。……これはしっかりと私の想いを分からせる必要があるな」
アレン様は握った私の手を持ち上げると、手の甲に熱い唇を落とす。
「ゆっくり考えて良いと言いたいところだが……横から入ってきた男に掻っ攫われては堪らないからな。君が私を嫌っていないのなら、ぜひ私との結婚を前向きに考えてくれないか?」
「嫌ってなんて……嫌いになるはずが、ないです。むしろ、す……」
私がそう言うと、アレン様は目を見開いて翡翠の瞳を揺らす。
「すきです。アレン様が好き」
言い終わると同時に、立ち上がったアレン様の腕の中に閉じ込められていた。
「は………駄目だ、クラリス。君は何でそんなに可愛いんだ」
耳元で「ずっとこうやって抱きしめたかった」と囁かれ、頭が沸騰するかと思った。
しばらくの間ギュウッと抱きしめられアレン様の温もりを感じているうちに、私はいつの間にか眠りに落ちていたらしい。
目が覚めると、侯爵邸のベッドの上にいた。
◇
「おはよう、クラリス」
朝食を取るために食堂へ向かうと、既に席についていたフリージア様に声をかけられる。
「おはようございます、フリージア様」
私が挨拶を返すと、フリージア様はいつも以上にニコニコと機嫌が良さそうに私を見つめている。
フリージア様の隣の席に腰を下ろしてすぐにノイマン様、ディディエ様、アレン様がやって来る。
全員が席に着くと、料理が運ばれてくる。
「……それで、アレンとクラリスの婚約お披露目パーティーのことだが……」
突然のノイマン様の言葉に、思わず料理が気管に入って咽せる。
「っ……!ゴホッ!」
「あらあらクラリス、大丈夫?」
「はい……すみません。こ、婚約お披露目、ですか?」
私が尋ねると、フリージア様、ノイマン様、ディディエ様は驚いたような顔をして一斉にアレン様に振り向く。
「おい、アレン……。お前、プロポーズを受けてもらったんじゃなかったのか?」
「まさか夢で見たことを現実と思い込んでるんじゃないよな?」
「ヘタレのアレンがよく勇気を出したと感動したのに……全部妄想だったの?」
口々に攻撃され、アレン様はムッと口を尖らせる。
「夢でも妄想でもない。ちゃんと求婚したし、クラリスも私を想ってくれていると言った!……クラリス、私との結婚は嫌なのか?」
捨てられた仔犬のように不安げな瞳を向けられ、私は慌てる。
「す、好きです!アレン様と結婚したいですっ!」
思わず大きな声で熱烈な愛の告白をしてしまい、我に返ったときにはアレン様は顔を真っ赤にしていて、フリージア様にニヤニヤと愉しそうな笑顔を向けられていた。
次回、最終回です。
11/16 ブクマ7,777件、ありがとうございます♡
何となく縁起が良かったので記録。
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全24話で完結。
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