22. 陛下の御前で誓いました
「まずは、君たちが勘違いしていることからはっきりさせようか。イベリン・クラナガンが先ほど、クラリス嬢のことを『家族』などと言っていたけど……それは事実ではない。そうだよね、ジョージ・クラナガン?」
もうすっかり置物のように反応がない義父に、王太子殿下が問いかける。
私は散々虐げられたから心の底ではこの人たちを『家族』などと思ったこともないが、戸籍上は『家族』なのだと思っていた。
だからとりあえずは義家族と呼んでいたのだけど……。
「クラリス嬢はクラナガン家とは養子縁組していない。つまりシーヴェルト子爵家に籍があるのはクラリス嬢だけであり、クラナガン家はクラリス嬢の家臣に過ぎないということだ」
つまり私とイベリン達は、そもそも戸籍上すら『家族』ではなかったというわけだ。
本当の『シーヴェルト子爵令嬢』は私だけだったのだ。
「クラリス。……君はあの者達とは戸籍上何の関わりもない。だから、あの者達の罪は君には全く関係がないということだ」
アレン様が顔を近づけて、私の頭のすぐ上で囁く。
「ここでジョージ・クラナガンがどれほどの罪を犯したかを整理してみようか。そもそも子爵代理は王家の承認を以て国が任命した役割だ。その役割を放棄するというのは……王家に対する背信行為であると言える。それから、主君であり貴族のクラリス嬢を虐待した罪……。平民が貴族に害を加えることが重罪だというのは、さすがに知っているよね?」
王太子殿下がサッと手を上げると、控えていた騎士たちが何処からともなく現れてイベリンたちを手際よく拘束する。
「きゃあっ!私たちもお父様に騙されたのですわっ!私たちは関係ない……!」
「クラリス嬢の虐待に加担しておいて『関係ない』とは。君の常識がないのは、記憶力が悪いせいか?ちなみに、君のクラリス嬢に対する仕打ちは使用人達から証言が取れているからね」
イベリンは暫く暴れていたが、騎士から拘束される力を強められ、私を睨みつけたまま動きを止めた。
「残念だねえ、イベリン・クラナガン。君の性格が醜悪でなければ、もしかしたら情状酌量の余地もあったかもしれないのにね」
物凄い形相で私を睨みつけるイベリンからは『春の妖精』の面影は感じられない。
「それが『春の妖精』の本性か。女性は怖いもんだね。……さて、実は君たちの罪はこれだけじゃないことに気づいているかな?」
王太子殿下はイベリンの様相の変化に苦笑しながら、話を続ける。
「今日の夜会。招待状は『シーヴェルト子爵家』宛に送られたわけだけど……君たちはどうして参加しているのかな?」
確かに……よく考えてみれば。
イベリンたちがシーヴェルト子爵家の者でないならば、この場にいることはおかしい。
ましてや、騎士爵もない平民の立場では代理出席も不可能だ。
「平民が貴族を騙る罪もまた重罪だよねえ。……でもね、君たちが犯した罪の中で一番重いものはそれじゃないよ」
王太子殿下は手のひらを上に向けたまま、アラスタに向かって指を差す。
「君。数々の夜会で、何て名乗っていたっけ?確か……『シーヴェルト子爵家の嫡男』だっけ?それで縁談も来ていて、数々の令嬢と関係も持っていたらしいけど」
いきなり話を振られ、アラスタがピクッと体を動かす。
義兄だと思っていた頃、アラスタがシーヴェルト子爵家の後継だと疑っていなかった。
恐らく使用人も含め全員がそう思っていたはず。
「……そういうの、何て言うか知ってる?『爵位の乗っ取り』だよ。そもそも爵位の継承が3親等以内と定められたのも、この『爵位の乗っ取り』を防ぐためなんだ。だからね……これはとーっても重い罪なんだよ」
王太子殿下がニッコリと笑い、アラスタは今にも倒れそうなほど震え上がっている。
それを見て、王太子殿下は再びサッと手を上げる。
「貴族位の乗っ取りを計画した平民の一家族が、不正に王宮に忍び込んだ罪で連行する!もちろん、収監するのは一般牢だ……貴族じゃないからね」
王太子殿下の合図を受け、イベリンたちを拘束した騎士が彼女たちを引き摺るようにして会場を出て行く。
イベリンだけは体を捩って拘束から逃れようと抗っていたが、その他の人たちは人形のように顔色を失って促されるまま歩いて行った。
イベリンたちが連行されるのを見届けて、王太子殿下が私の前に歩み出る。
「クラリス嬢。……本来、子爵代理の業務は王家の指導のもと、しかるべき監視をつけて適正に行われるべきものだった。国と役人の怠慢により、10年もの長い間辛い目に遭わせてしまった」
国の王太子である以上、下の立場の者に頭を下げることはできない。
しかし私に向けられるアイスブルーの瞳からは確かな謝意が感じられる。
「君の父上の爵位を、今日正しく渡るべき者の手に渡そう」
そう言って、王太子殿下は目配せをして踵を返し、歩き出す。
それに従いアレン様が私の肩を抱いたまま歩き出したので、私もそれについて行く。
王太子殿下は波が引くように避けていく聴衆の間を真っ直ぐに歩き、国王陛下が座る玉座の御前へと歩み出る。
王太子殿下が一礼すると国王陛下は片手を上げてそれに応え、私はカーテシーで、アレン様は最敬礼で御前に立つ。
「顔を上げよ。アレン・セインジャー、クラリス・シーヴェルト」
国王陛下の許しを得て、私たちは顔を上げる。
王太子殿下と同じ、アイスブルーの瞳がこちらを見据えている。
「本日を以てジョージ・クラナガンの子爵代理の任を解き、子爵位全権をクラリス・シーヴェルトに戻す。クラリス嬢は現在17歳、正式に爵位を継承できる18歳になるまではあと数ヶ月あるが、その間はセインジャー侯爵を後見とすることを条件に爵位継承の前倒しを特例で認めることとする」
よく通る威厳ある声で、私の爵位継承が命じられる。
私は今この瞬間、シーヴェルト子爵となったのだ。
「セインジャー侯爵のもとでしっかり学び、子爵としての責任を果たすがよい」
国王陛下は最後にどこか労わるような声色で、優しい笑顔を浮かべて私に語りかける。
「……亡き父が遺した爵位を継ぎ、貴族としての責任を全うすることをお約束いたします」
再びカーテシーで挨拶をした後、アレン様のエスコートで御前を後にする。
これだけの騒ぎを起こした後なので、誰も彼もが私たちに近づいて話を聞きたそうに様子を窺っていたが、誰かに声をかけられる前にアレン様は私をバルコニーへと連れ出した。
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全24話で完結。
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