21. 衝撃の事実が判明しました
義父はお父様の弟ではなく、従弟だった───その事実が意味するところは。
セインジャー侯爵家で色々なことを学ばせてもらった今なら分かる。
そう、義父には………子爵家を継ぐ資格がないのだ。
イベリンや義母、義兄はその事実に思い至らないらしく、ポカンと口を開けている。
「……それが、何だと言うんですの?弟でなく従弟だったとしても、血が繋がっていることには変わりありませんわ?」
イベリンは公爵家でわざわざ教師をつけてもらって勉強をしたらしいが、本当に何一つ身についていないのだろう。
この騒ぎを取り囲んで見守っている聴衆は皆それが意味するところを理解していて、義家族に冷たい視線を向けている。
「ははっ。再従兄弟殿はよくもまぁこんな女性に求婚したものだ」
王太子殿下が親しみやすい笑顔で猛毒を吐き、それに対してオスカー様は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。
「本来は君たち、こんなところに足を踏み入れることもままならない身分なんだけどね。今日は特別に私が教えてあげよう。……あのね、この国では貴族爵位の相続は3親等以内にしか認められていないんだ」
そこまで説明を受けても、義父以外の義家族は意味が分からないという顔をしている。
こんなに常識がないまま子爵夫人や子爵令息、令嬢として振る舞っていたなんて信じられない。
「……ここまで言っても理解できない?じゃあはっきり言うよ?この国の法律では、4親等である従弟は子爵家を継ぐことはできない。つまり、ジョージ・クラナガンは子爵家を継いでいないんだよ」
義父が子爵位を継いでいない……つまり、シーヴェルト子爵ではない。
ということは、その妻やその子供は?
やっとそこまで思い至ったのか、義家族の顔色が悪くなっていく。
「やっと自分たちの立場が分かってきた?……さて。ここで質問です。それでは、シーヴェルト子爵位の正式な後継者は誰でしょうか?」
ゲームでもするように楽しげに、王太子殿下が手のひらを上に向けたままイベリンに向かって指を差す。
イベリンはクッと口を結び、厭わしげに顔を歪める。
「ふん……答えないんだ?じゃあ……アレン。君は誰だと思う?」
アレン様は一呼吸置いて、口を開く。
「……先代シーヴェルト子爵の一人娘、クラリス嬢です」
「そう!大正解!」
笑顔でパチパチと手を鳴らす王太子殿下を見ながら、私は目の前の光景がどこか現実のものでないようなフワフワとした感覚に閉じ込められていた。
公爵家から請われて婚約者として出向いたものの人違いと言われて追い出され、虐げられた子爵家にも帰れず平民としてたった一人で生きていくものだと思っていたのに。
実は私が子爵家の後継者だった……?
私の戸惑いに気づいたのか、アレン様がそっと私の肩に手を回して引き寄せてくれる。
直に添えられた手のひらの温かさが心地良い。
「……さて、余興はここまでだよ。ジョージ・クラナガン。私は今から君の罪を告発しなければならない」
先ほどまで楽しそうな笑みを浮かべていた王太子殿下の顔から、一瞬にして表情が抜け落ちる。
「子爵代理の主な役割……それは子爵家の執務の代理と、後継であるクラリス嬢の養育だよね。それで……君はその役割をしっかり果たしたと言えるか?どうだ、ジョージ・クラナガン?」
義父は遠目からでも分かるほどに顔中に脂汗を滴らせ、顔色は青を通り越して白くなっている。
「一つ目。執務もまともにこなさずに、代理に割り当てられた報酬以上に子爵家の財産を食い潰したね。ああ………君たちが今日、王宮の夜会を楽しんでいる間に子爵家の屋敷に調査が入っているから、ここで偽りを述べても無駄だよ」
王太子殿下は冷ややかなオーラを纏い、有無を言わさぬ威圧感を放っている。
夜会前に別室でお会いした時の気さくさは微塵も感じられない。
「二つ目。何よりも大切にすべきクラリス嬢の養育を放棄し、あまつさえ虐げたね。まともな食事も与えず、使用人のようにこき使ったんだっけ……?」
王太子殿下に冷たい視線を向けられ、俯いていたイベリンが顔を上げる。
「……それは誤解です、スティ……王太子殿下。私たちはクラリスを家族として……」
「クラリス様、だろ?君と彼女では立場が違うってこと、まだ分からない?」
言葉を遮るように王太子殿下から圧をかけられ、イベリンはグッと押し黙る。
「……何が家族として、だ。君たちがクラリス嬢を虐げていたのはいくらでも証言が取れている。まず、子爵家の使用人。次にガルドビルド公爵家の使用人。クラリス嬢が公爵家を訪れた時、荷物一つ持たずに非常に見窄らしい格好をしていたとの証言。それからセインジャー侯爵家の侍医は、クラリス嬢が侯爵邸にきたとき慢性的な栄養失調で痩せ細り、まともに食事が取れないほどだったと証言したよ」
「……クラリス嬢は病弱だと。だから痩せ細っているのだと、私にはそう説明しなかったか?イベリン嬢よ」
オスカー様が押し黙っているイベリンに問いかける。
イベリンは顔を歪めたまま口を開かない。
「クラリス嬢をセインジャー侯爵邸で保護して3ヶ月、適度な食事と貴族令嬢として当たり前のケアを受ければこの通りですよ。ちなみに病気一つしていません」
そう言ってアレン様は私に視線を誘導する。
オスカー様のアイスブルーの瞳が私に向けられる。
3ヶ月前には不快そうに向けられたアイスブルーの瞳が、憐憫と悔悟の情に揺れている。
「……ここまで言えば、漸く自分たちの立場が理解できたかな?クラナガン家の面々よ」
いくら常識のないイベリンでも、ここまで言われれば自分の立場が危ういということを理解できたようだ。
何かを堪えるように一文字に結ばれたまま震えるその唇からは、何の言葉も発せられない。
同様に、義母も義兄もじっと固まって押し黙っている。
恐らく頭の中では、自分たちの行先と言い訳を必死で考えていることだろう。
「さて。ここからは断罪の時間だよ。はっきりさせなければならないこともあるし」
そう言って王太子殿下はパンパンと手を叩いた。
※ 貴族爵位の相続は3親等以内にしか認められていない………もし爵位を持つ人物に3親等以内の親族がいなければ、通常は遠縁の子を養子にするなどして戸籍に入れてから爵位を継がせます。
※ジョージ・クラナガンが子爵代理に任命された理由……ジョージは従兄のマリオの仲介で、とある貴族の領地で執務補佐の仕事に就いていました。貴族の執務にも明るく、マリオの比較的近い親類ということで子爵代理に抜擢されたのですが、見事に恩を仇で返しました。
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