20. 予想外の展開になってきました
「……スティング殿下」
そう言ってアレン様はサッと王族に対する敬礼を執る。
私も慌ててカーテシーの礼を執る。
一方でイベリンと義家族は驚いて体が動かないのか、直立したままだった。
「ん。礼はいいよ。随分と大声で話をしていたようだね?」
そう言われて、私は低頭していた顔を上げる。
王太子殿下はニコニコと親しみやすい笑顔で義家族に問いかける。
先ほどまで大声で泣いていたイベリンはその薄紅の瞳に涙を溜め、王太子殿下に近づく。
「スティング様っ!私たちは愛しい義妹を返して欲しいだけなのですっ!それなのに、義妹を虐めていただの言いがかりをつけられて……」
何を思ったのかイベリンが王太子殿下に手を伸ばし、横についていた護衛に止められる。
その瞬間、殿下の顔から笑みが消える。
「ん?……貴女は誰?私に触ろうとしたり勝手に名を呼ぶなんて非常識な女性だね……本当に貴族の令嬢なのかな?」
最上級の嫌味を言われた屈辱でイベリンの顔は真っ赤に染まる。
「わっ私は!オスカー・ガルドビルド公爵の婚約者、イベリン・シーヴェルトですわ!」
「ガルドビルド卿の婚約者?……そうなのかな、再従兄弟殿?」
王太子殿下がそう言うと、いつの間にか殿下の後ろに立っていたオスカー様が重々しく口を開く。
「……私がイベリン嬢に求婚をしたことは事実です。しかし……彼女は正式な婚約者ではありません」
オスカー様から衝撃の発言が飛び出し、イベリンが目を剥く。
「な、な、な、何ですって!?どういうことですの、オスカー様!!?」
護衛に肩を押さえられているイベリンはそれを振り払うかのように揺らしてオスカー様に詰め寄ろうとする。
「……君には公爵邸に入り、教師をつけて勉強してもらったね?しかし、どの教師からも合格点はもらえなかった。つまり君には公爵夫人となる資質がない、ということだ。それから、乱れた身なりで王城に押しかけてきたり、王太子殿下の祝いの席で泣き喚いたり、どこをとっても品格ある淑女とは言い難い。君のような者を王家に連なるガルドビルド公爵家に迎えることなどできるわけがないだろう?」
熱烈な求婚書を送ってきたにしては冷ややかな視線で、オスカー様は淡々と説明する。
「そ、そんなことで……オスカー様は私に惚れたから求婚してくださったのでしょう?少し至らない点など、愛情でカバーできるはずです!」
イベリンは必死でオスカー様に食い下がる。
その姿を見て、オスカー様はグッと眉根を寄せる。
「はぁ……。君とは仮面舞踏会の夜に一晩を共にしただけだ。それで惚れた腫れたなどあるはずないだろう?君が『私は初めてだ』と言ったから、ならば責任を取ろうかと思っただけだ。……後から調査して、あの晩は既に純潔ではなかったということが判明したがな」
つまりオスカー様はイベリンが処女を捧げてくれたと勘違いし、責任を取ろうとして求婚したらしい。
どうしてもイベリンが良かったわけではなかったみたいだ。
「……いいえ!神に誓ってあなたが初めてでした!責任取ってくださいませ!!」
そんなに惚れられていなかったと理解したイベリンは、責任を取ってもらう方向に作戦変更したようだ。
「……君が真面目に学ぼうとしてくれれば、別に純潔でなくとも構わなかったのだがな。いかんせん、教養が無さすぎる。マナーも最悪だし、とても公爵夫人として表に出せたものではない」
「私は『春の妖精』ですのよ!?マナーは完璧なはずです!それに、教養がなくともオスカー様を悦ばせる手技がございますわ!!」
イベリンの堂々とした主張に、私は顔がカァッと熱くなった。
周りを取り囲む聴衆の中でも、同じように顔を赤らめている令嬢が何人もいる。
人目のある中で、何と下品な発言をするのだろう……。
私が頬に手を当てて熱を冷ましていると、アレン様が振り返って私の頭を撫でてくれる。
私を見下ろす翡翠の瞳は優しさで溢れている。
「………ははっ。まるで淫売婦のようなことを言うんだね。……でもね、イベリン嬢。どれだけガルドビルド卿を身体で籠絡しようとも、君は絶対に公爵夫人にはなれないんだよ。何故か分かる?」
王太子殿下は含みのある笑みを浮かべてイベリンに問いかける。
「……は?どういうことですか?」
護衛に肩を掴まれたまま、イベリンはキョトンとした表情で呟く。
「君はこの国の法律をきちんと勉強したかい?……貴族は貴族としか結婚できない。平民は貴族に嫁ぐことはできないんだ」
王太子殿下は至極当たり前のことを言う。
平民が貴族と結婚できないということは、平民ですら知っているこの国の常識だ。
「……?それは存じておりますが……何を仰りたいのですか?」
イベリンはこれまたこの場にいる全ての者が感じている疑問を口にする。
「だから、君はガルドビルド卿に嫁ぐことはできないんだよ……平民だからね」
「は……?」
イベリンが平民……?
私は王太子殿下が言っていることの意味が理解できず、思わずアレン様を見上げる。
アレン様は私の視線に気づいて顔を向け、再び私の頭を撫でる。
「そうか、君は知らないんだな。貴方はどういう意味か分かるよね?……ジョージ・クラナガン」
そう言って王太子殿下は義父に目を向ける。
義父は青白い顔をしたまま俯き気配を消していたが、王太子殿下の一言でその丸い体をビクッと震わせる。
「ジョージ・クラナガン……?夫の名前はジョージ・シーヴェルトですが……」
黙り込んだ義父の代わりに義母が困惑した表情で答える。
「いいや、彼の名前はジョージ・クラナガンだ。事故死した先代マリオ・シーヴェルトの亡き後、子爵代理としてシーヴェルト家の執務を任されたマリオ卿の従弟……だね」
王太子殿下の言葉に、周囲の人々が驚きの声を上げる。
その声はさざなみとなって広がり、いつしか会場を混乱の渦に巻き込んでいった。
※どうしても平民を娶りたければ、どこかの貴族家の養子にしてから娶るという裏技がありますが、あくまでも貴族としての知識やマナーの習得が大前提です。
※オスカーの思考回路
嫁が見つからない!とにかく出会いを!
↓
仮面舞踏会でとりあえずヤっとこ!
↓
初めてって言ってるから求婚しよ!
↓
(とりあえず求婚して、ダメだったら切ればいいや!)
↓
あいつかなりヤベー奴じゃん!嫁にするの無理!
↓
あいつだけじゃなくて家族もヤバいやん!
俺見る目なすぎ!←イマココ
※本当はオスカーは夜会にイベリンを伴いたくなかったのですが、王太子殿下に言われて渋々誘いました。
王太子殿下の思惑は……?
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全24話で完結。
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