2. 騎士に声をかけられました
公爵邸の正門まで続く長いアプローチを歩きながら、今後のことについて考えを巡らせる。
本当に身一つで家を出たのだ。
お金なんか持っていないし、義家族からの意趣返しで粗末なドレスを着ている上に装飾品も身に着けていない。
格上の貴族に娘を嫁に出すのに、持参金もない上にこんな粗末な格好で送り出すなど常識では考えられないのだが、その常識があの義家族には備わっていない。
一文無しでも暮らせるところ……住み込みで雇ってもらえるところを探すか?
しかし私のような年頃の女が一人で街をフラフラしていれば、破落戸に捕まって娼館に送られるのが関の山だ。
それならばいっそ修道院に行こうか?
貴族が入るような立派な修道院は身元保証がないと無理だが、平民が入る修道院なら環境は厳しくとも入れてもらえるかもしれない。
そんなことを考えていると、後方から再び誰かが走ってくる足音が近づいてくる。
「ご令嬢!お待ちください!」
振り返って見てみると、走ってきたのは先ほどの騎士だった。
「シーヴェルト子爵家のご令嬢だったのですね、失礼いたしました。閣下より、子爵家までお送りするよう指示が……」
「結構です」
私がきっぱり断ると、騎士は目をまん丸にして口をポカンと開ける。
「私は子爵家には帰れませんので。それでは」
私が踵を返して歩き出すと、騎士が慌てて私の目の前に走り出る。
「お待ちください!……何か事情がおありなのですか?」
「私は公爵閣下の婚約者としてこの家に来たのですが、要らないと言われたので出ていくだけです。子爵家ではもともと家族として扱われていませんでしたので、私がこのまま戻っても受け入れてもらえないでしょう」
騎士はその翡翠色の瞳に明らかに憐憫の情を浮かべる。
まあ、よくよく考えたら婚約前にきちんと相手を確認しない公爵が悪いのだし、私が少しぐらいお願いしたってバチは当たらないわよね。
「あの、それでしたらひとつお願いしたいのですが」
「はっ……はい!何なりと!」
「私、修道院に入ろうと思うのですが身元保証をしていただけませんか?ついでに送っていただけると助かるのですが」
「え……修道院ですか?」
「はい。私は身一つで出てきたので、ご覧の通り、換金できそうなものも持っていません。何にも持たない者が一人で生きて行くためには、娼館か修道院しかないでしょう?さすがに生娘の身に娼婦の仕事は辛いでしょうから、修道院に入るのが良いかと」
私の話を聞いているうちに、騎士は額に手を当ててうーんと唸ってしまった。
「……シーヴェルト子爵令嬢。その、一旦修道院に行くのは止めませんか?」
「……やはり、身元を保証して欲しいというのは図々しいお願いでしたでしょうか?……それでは、不本意ですが娼館に……」
「いやいや!娼館になどお連れできるわけがないでしょう!」
騎士は慌てて手を振りながら否定をする。
「一旦、私の屋敷に来ませんか?求婚相手を間違えたのは完全に公爵家の手違いなのに、そのままあなたを修道院に送るなどという非道な真似はできないし、見て見ぬ振りもできません」
「騎士様のお屋敷ですか?」
「はい。……私は侯爵家の生まれで、そちらの屋敷にお連れします。幸い部屋はたくさんあるので気にしないでください」
この騎士は侯爵家の生まれ?
侯爵令息なんて身分の高い人がどうして公爵家の護衛騎士をやっているのだろう?
「……しかし、お世話になるにしても返せるものもありません」
「このようなことになったのは公爵閣下の責任なのですから、あなたに何らかの補償をするよう進言いたします。それを元手に新しい生活を始められてはいかがでしょう?」
え?
公爵家の騎士が雇い主に意見なんてしたらクビにされるんじゃないの?
「ははっ。あなたは考えていることが全部表情に出ますね?大丈夫ですよ。実は私は公爵家に雇われているのではなく、王宮から派遣されている騎士なのです。このガルドビルド公爵家は王家に連なる公爵家ですからね」
そう言って騎士は翡翠色の目を細めて爽やかに笑った。
確かに、勝手に間違えられ、間違いだったからと追い出され、振り回された私は完全な被害者と言える。
慰謝料的なものをもらう権利はあるのかもしれない。
「あの……それでは、よろしくお願いします」
私が頭を下げると、騎士はコクリと頷く。
「良かった。今から報告と、馬車を回してくるので少しここでお待ちいただけますか?」
私が頷くと、騎士は足早に屋敷へと戻って行った。
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