18. 煌びやかなホールで 〜第三者視点
会場中央の階段の踊り場の大きな扉が開かれ、そこから国王を始めとした王族たちが続々と入場する。
クラリスたちの会話に耳を澄ませていたギャラリーも、あっという間に王族たちの神々しさに目を奪われる。
「今日は我が国の王太子、スティングの21回目の誕生日祝いのために集まってくれて嬉しく思う!盛大な祝いの会をどうか楽しんでくれ!」
国王の言葉に、わぁっと歓声と拍手が起こる。
すぐに音楽が鳴り始め、国王夫妻がホールに降りてファーストダンスを踊る。
それが終わると、デビュタントを迎える令嬢とそのパートナーがホールに出てダンスを踊る番となる。
アレンがクラリスに向かって右手を差し出す。
「君と初めて踊る栄誉を私にいただけるかな?」
「はい……こちらこそ光栄です」
クラリスがそっと触れる程度にアレンの手のひらに手を重ねると、アレンはその手をキュッと握る。
2人はアレンの誘導でホールの中央に出て、演奏に合わせて踊り始める。
この日にデビュタントを迎えた令嬢は30人ほどだったが、会場の殆どの視線はクラリスとアレンに集まっている。
───「あちらはセインジャー侯爵家のアレン様よね?お相手はどなたなのかしら?」
───「アレン様って滅多に夜会にお出にならないわよね。初めて見たけれど、素敵な方だわ……」
───「シーヴェルト子爵家にもう一人娘がいたのか?初めて知ったぞ」
───「『春の妖精』とはまた違う、清楚な美女だな。声をかけたいが、あの揃いの衣装……もしかして、アレン殿と婚約しているのだろうか?」
人々のさざめきを聞きながら、イベリンは苛立ちを募らせていた。
イベリンの中では、今日の夜会の主役は自分のはずだった。
いや、正確には今日の主役は王太子なのだが、イベリンにとってはオスカーの婚約者としての初のお披露目の場であり、当然のように主役は自分であると思っていたのである。
しかし、周囲の視線は今フロアで踊っているクラリスたちに釘付けなのだ。
給仕から受け取ったワインで喉の渇きを潤しながら、フロアの2人を憎々しい思いで睨め付ける。
アレンの優しげな美貌を会場の令嬢たちがうっとりと眺めている。
そのアレンの美しい翡翠の瞳が、蕩けるようにクラリスに向けられているのがどうにも気に入らない。
見目の良さで言えばオスカーも負けてはいない。
しかし、アレンの方が若いし、上背があって体格が良いのだ。
地位で言えばオスカーと比べ物にもならないが、愛人としては申し分ない。
アレンはクラリスを『大切な人』などと言っていたが、おそらく『女』というものに慣れていないのだろう。
得意の手練手管で言い寄ればあっという間に自分の虜になるはず───とイベリンは考えた。
クラリスの前でアレンとの仲を見せつけクラリスが悔しさや悲しさで顔を歪めるところを想像して、イベリンは口角を上げた。
一方、アレンと踊るクラリスは夢のような時間を過ごしていた。
自分が夜会で、しかも王宮の舞踏会場で踊るなど、ほんの数ヶ月前には想像すらしなかったことであった。
人に見られることは慣れていないから緊張はするが、アレンが側にいれば安心することができた。
クラリスはこの煌びやかな空間でアレンと踊るひとときを心から楽しんだ。
「クラリス。今日の夜会では君の人生が大きく変わることが起こるだろう。そして全てが終わった後……君に話したいことがある。聞いてくれるか?」
クラリスにはアレンの言葉の意味が分からなかったが、注がれる眼差しが真剣だったのでコクリと頷いた。
不意にこちらを凝視しているイベリンが視界の端に映ると、先ほどまでの夢見心地が途端に薄れ、不安がクラリスを襲う。
クラリスのアメジストの瞳が所在なさげに伏せられる。
「ねえ、クラリス。顔を上げて?私だけを見て」
アレンはクラリスに優しく語りかける。
クラリスが顔を上げると、自分に向けられている慈しむような翡翠の視線に気づき、じんわりと涙が浮かぶ。
あまりに健気なクラリスの表情に、アレンは何かを堪えるようにグッと口の端を結ぶ。
クラリスの美しいアメジストの瞳に映るのは自分だけであって欲しい───そんな仄暗い独占欲がアレンの心に去来する。
アレンが女性に対してそのような感情を持つのは、生まれて初めてのことだった。
◇
デビュタント組が踊る曲が終わり、他の参加者も次々にホールに出てパートナーとのファーストダンスを始める。
イベリンも当然、オスカーと踊るものなのだと思っていた。
しかし当のオスカーは「挨拶回りをしてくる」と告げて、さっさとイベリンを置いてどこかへ行ってしまった。
イベリンは憤ったが、同時に納得もした。
これまで公爵邸で暮らして分かったことは、オスカーという男は全く女性に気遣いができないということ。
そういう意味で、イベリンはオスカーに期待するのをやめた。
オスカーの権威と金だけ使って、他の部分は別の人で満足すれば良い。
イベリンは余裕綽々でホールの端に立っていた。
自分は『春の妖精』なのだから、どうせ黙っていても壁の花になることはない。
そんな自信があった。
しかし、待てど暮らせどダンスのお誘いはかからない。
オスカーのパートナーだから遠慮されているのかとも考えたが、遠巻きに自分を見ている視線も感じない。
こんなことは初めてだった。
なんてことはない。
いつもイベリンを『春の妖精』などと持て囃して取り囲んでいたのは下位の貴族ばかりで、高位の良識ある貴族たちは男を侍らせて喜んでいるイベリンを元々良く思っていなかった。
そしてたまたま今日の夜会には下位貴族はあまり招待されていなかった、ただそれだけの話である。
残念ながら、社交性のないオスカーにはイベリンの本当の評判は伝わっていなかったようだが。
時が経つにつれてイベリンの顔は恥辱に塗れていった。
そんな時、イベリンに向かって声をかけてくる人物がいた。
「イベリン!こんなところでどうしたんだ?ガルドビルド公爵は?」
近づいてきたのはイベリンの父であった。
父の後ろには母、兄のアラスタがいる。
イベリンは小さく舌打ちをしつつ、父に笑顔で向き直る。
「お父様!オスカー様は仕事で席をはずされていますわ」
「仕事か、ならば仕方ないのか。お前の夫となる宰相殿はお忙しいのだなぁ!あっはっは」
父が周囲に見せつけるように大声で話すのを見て、イベリンは口角を上げる。
オスカーが気が利かないなら、自分が行動すれば良いのだ。
イベリンは持っていた扇を開いて口元を隠し、家族を伴って歩き出した。
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