16. 王太子殿下にお会いしました
私たちを乗せた馬車は王城の正門前に行列を成している馬車を横目に別門を通過し、あっという間に王宮前に到着した。
こういった大規模な夜会の日は正門前が馬車渋滞するため、高位の貴族は普段は王族専用の門を利用していいことになっているのだそうだ。
改めて、自分がお世話になっている家門の偉大さに恐れ慄く。
「夜会の会場に入る前に、会わせたい人がいるんだ」
馬車を降りる時にアレン様にエスコートしてもらうと、アレン様は握った手を自分の肘に添え代えて私にそう言った。
小首を傾げながらもアレン様のエスコートに合わせて王宮に入り、案内の侍従の後について歩いていく。
ある扉の前に着くと侍従が扉を4回ノックし、静かに扉を開く。
先に歩いていた侯爵夫妻とディディエ様の後に部屋に入ると、フリージア様がカーテシーを披露する。
「王国の若き太陽にご挨拶いたします。ノイマン・セインジャーが参りました」
ノイマン様が敬礼して挨拶の口上を述べると、フリージア様、ディディエ様、アレン様も順に挨拶をする。
「……シーヴェルト子爵家が次女、クラリス・シーヴェルトでございます。お初にお目にかかります」
私も侯爵邸で仕込まれたカーテシーで挨拶をする。
「シーヴェルト子爵家の次女、ね。紹介ありがとう、みんな顔を上げて?」
許しを得て顔を上げると、ゆるりとした白金の髪にアイスブルーの瞳の美しい男性が微笑みを湛えて立っていた。
「セインジャー侯、久しいな。夫人やディディエ殿も変わりないか?」
「は。おかげさまで家族共々変わりなく過ごしております。本日はお誕生日誠に御目出度うございます。ますますのご活躍をお祈りいたします」
「はは、ありがとう」
王太子殿下は気品溢れるがどこか人懐こい笑顔で答える。
「……シーヴェルト子爵令嬢……クラリス嬢、と呼んでもいいかな?会えて嬉しいよ」
「もちろんでございます。こちらこそ王太子殿下にお会いできて光栄です」
そう言うと、王太子殿下は嬉しそうに頷いて、アレン様に向き直る。
「じゃあ、アレン。今日はしっかりやれよ」
「……御意」
アレン様は王太子殿下に礼をすると、再び私の手を取って部屋を出た。
王太子殿下が仰った「今日はしっかりやれよ」という言葉は、まるで部下が業務に就く前の声掛けのようだった。
胸騒ぎを覚えたが、私が口を出すことでもないので何も言わずにアレン様について行った。
王宮の夜会会場に向かうと、ちょうど入場の番が来る頃だった。
使用人が会場の扉を開けると同時に、入場者の名前が大声でアナウンスされる。
「ノイマン・セインジャー侯爵、並びにフリージア・セインジャー侯爵夫人のご入場!」
ノイマン様とフリージア様が腕を組んで、実に堂々と会場に入場するのを後ろから見送る。
「ディディエ・セインジャー侯爵令息のご入場!」
パートナーのいないディディエ様が一人で入場すると、会場内が俄かに色めき立つ。
年頃の令嬢方の視線がディディエ様に降り注いでいる。
侯爵家の後継でまだ婚約者のいないディディエ様は、同じく婚約者のいない令嬢方の優良な嫁ぎ先候補なのだろう。
「アレン・セインジャー侯爵令息、並びにクラリス・シーヴェルト子爵令嬢のご入場!」
そして、私たちの入場の番が来る。
入場の直前、アレン様が肘に添えた私の手を反対側の手でギュッと握ってくれ、少しだけ緊張が和らぐ。
アレン様に言われた通り、背筋を伸ばしてできるだけ堂々と歩く。
私たちが入場すると、会場は大きくどよめく。
周囲の人々を見てみると、皆一様に驚いたような顔でこちらを見ている。
驚いた理由は、普段夜会に出ないというアレン様が姿を現したからか、娘が一人しかいないと思われていた子爵家にもう一人娘がいたからか、あるいはその両方か。
「あらぁ。すごい人気ね、あなたたち」
先に入場していたフリージア様が扇で口元を隠しながらホホホと笑う。
アレン様は少しムッとした顔をしたが、すぐに私の耳に顔を寄せる。
「……クラリス、今日は私の側を離れないで」
アレン様の声は私にしか聞こえない大きさだったが、遠巻きにアレン様をじっと見ていた令嬢方からキャアッと声が上がり、見られていたことに私は恥ずかしくなる。
「分かりました」と小さな声で答えたが、羞恥のあまりアレン様の顔を見ることはできなかった。
不意に周囲がザワッとして視線が入場口に集まる。
「オスカー・ガルドビルド公爵、並びにイベリン・シーヴェルト子爵令嬢のご入場!」
入場口から、オスカー様の腕にしなだれかかるようにしてしゃなりしゃなりとイベリンが歩いてくる。
イベリンは背中と胸元ががっつり開いた、赤のスリットの入ったドレスを着ていて、以前身につけていたものとは比べ物にならないのが遠目で分かるほどの大粒のダイヤのネックレスを着けている。
「……まるで娼婦のようね」
フリージア様がボソッと呟く。
周囲の反応も概ねフリージア様と同じようなもので、冷たい視線を浴びていることにすら気づかずイベリンは得意げな顔で会場のど真ん中を通り過ぎて行った。
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