15. デビュタントの日を迎えました
そして時間は過ぎ、あっという間に夜会の当日が来る。
今日は私のデビュタントなので、フリージア様が特別な白のドレスを誂えてくれた。
デビュタントには白いドレスを着るのが通例なのだそうだ。
それから、アレン様からは瞳の色と同じ翡翠のピアスとペンダントトップをプレゼントしてもらった。
支度を終えて玄関に向かうと、既に侯爵家の方々は準備を終えて集まっていた。
私が降りてきたのに気づいて振り返ったアレン様は、グレーのウエストコートの上に白のコートを羽織り、クラヴァットにはアメジストのブローチが燦然と輝いている。
まるで王子様のようなスタイルだ。
「わあ!アレン様、素敵ですね!」
思わず口から感嘆の声が漏れると、アレン様は翡翠色の瞳を丸くする。
「まあ……ふふっ。先を越されたわね?アレン」
その様子を見ていたフリージア様は面白そうに笑い、その隣に立っているノイマン様やディディエ様は苦笑いをしている。
アレン様は気まずそうにゴホンと咳払いをして、私の方に手を差し出す。
「……クラリス。君もとても美しいよ」
そういえば、男性はパートナーの女性を褒めるのが夜会のマナーだと習った。
女性の私から先に褒め言葉を言うのはマナー違反だったかしら?
アレン様の顔色を窺いながら差し出された手に手を重ねると、アレン様は優しく微笑みかけてくれる。
「……さあ、楽しい楽しい夜会に出かけましょうか!私のクラリスを皆にお披露目しないとね!」
「母上。……いつからクラリスはあなたのものになったのですか?」
ディディエ様が呆れたようにフリージア様を見ている。
こんなやり取りはいつものことなのか、ノイマン様は何も言わずに口元に笑みを湛えている。
「人数が多いから馬車は2台で行くわよ。旦那様とディディエは先の馬車、私とアレンとクラリスは後の馬車ね。……さすがに未婚の男女だけで馬車に乗せることはできないから、お邪魔かもしれないけど我慢してちょうだいな」
「母上っ!」
アレン様は頬を赤くしながらフリージア様に抗議しているが、フリージア様は全く意に介さずホホホと笑っている。
私はその光景を微笑ましく見ていた。
シーヴェルト子爵家とは全く違う。
いや、正確には私以外の家族はこんなに温かい関係だったのかもしれないが、私一人が蚊帳の外だっただけだ。
血が繋がっている家族から蔑ろにされた私が、全く血縁関係のない人達の輪に入れてもらえていることが不思議でしょうがない。
ノイマン様とディディエ様が乗り込んだ馬車を見送った後、アレン様のエスコートで次発の馬車に乗りこむ。
私はフリージア様の隣に座り、アレン様は私たちの対面に座る。
「そういえば……アレンのエスコートで馬車に乗り込んだのは初めてね?」
「私がエスコートせずとも男手はたくさんありますから」
「あら。侯爵家の人間なのに滅多に夜会に出ないで社交を放棄しているという嫌味なのだけど?」
「……………」
アレン様は苦々しい顔をして押し黙る。
「あれだけ言っても夜会に出なかったくせに、クラリスが夜会に出ると知るや否や風のようにエスコートの約束を取り付けちゃうんだもの。大体、今日のエスコートはディディエにさせるつもりだったのよ?クラリスのデビュタントを周りに知らしめるつもりで。それなのにあなたったら何の相談もなく……」
「……母上」
嫌味を続けるフリージア様に堪らずアレン様は声を上げる。
「母上がそれ以上続けたら私の面目が立たなくなってしまいます。少しは格好つけさせてもらえませんか?」
「……それもそうね」
フリージア様は私の顔をチラリと見て、口を噤んだ。
『格好つける』の意味はよく分からないが、ずっとアレン様が不快そうな顔をしていたのでフリージア様の軽口が止んでホッとした。
しかし安心したのも束の間、馬車の中は気まずい雰囲気に支配される。
「……デビュタントが王宮なんて、緊張しますわ」
気まずい雰囲気を打開しようと、私は口を開く。
「……心配することは何もないわ?今日デビューするのはクラリスだけじゃないでしょうし、王宮の夜会なんてこれからいくらでも機会があるわよ」
「いくらでも、ですか?義姉は今まで一度も招待を受けていなかったようですが」
私の言葉を聞いて、フリージア様とアレン様が目を見合わせる。
「まあ……それは当然だわ。あなたと彼女は違うもの」
「しかし今日は王太子殿下の祝いの日であるから、シーヴェルト子爵家にも招待状が届いているだろう」
フリージア様の言葉を遮るように、アレン様がとんでもないことを言う。
義家族も夜会に来ている……?
公爵家との縁談が破談になっても家に帰らなかった私を見つけたらなんと言われるか……?
私のことを貴族と見做していないあの人たちのことだから、きっと子爵家の恥になると言って引き摺ってでも連れて帰ろうとするだろう。
小刻みに震える肩を隠すように両手で覆い隠した。
「クラリス。……大丈夫だ。会場で義家族に会ったとしても君には指一本触れさせないさ」
「そうよ、クラリス。私たちを信じてちょうだい」
フリージア様が震える私の手を両手で包んで温めてくれる。
「今まであなたが奪われてきたものを取り返さないとね……」
フフフ……と不敵に笑うフリージア様を見ながら、心の中に烟ったモヤモヤが少しだけ晴れた気がした。
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