14. パートナーに誘われました
1、2、3、1、2、3………。
背筋を伸ばし腕をダンスのポジションに置いて、手拍子に合わせてクルクル踊る。
「良いわね!上手よ、クラリス!」
フリージア様がパンパンと手を叩きながら満足そうに拍手をする。
私は脇のテーブルに移動し、水の入ったグラスを手に取り喉を潤す。
ちょうどそのタイミングで練習室の扉が開く。
「アレン!いいところに来たわ」
扉から顔を出したのはアレン様だ。
今日はダンスレッスンの仕上げとして、アレン様にパートナーをお願いして踊る約束をしている。
「アレン様、お帰りなさいませ」
「ああ、ただいま」
アレン様が近づいてきて、私の首筋に流れた汗をハンカチで拭ってくれる。
「あっ……すみません」
首元に触れられたのが恥ずかしくて声が上ずったが、なぜかアレン様も目元を赤くして俯いていた。
「私がピアノを弾くから、あなたたちはワルツを踊って?」
フリージア様はピアノに座り、滑らかにワルツを奏で出す。
アレン様はしばらく首に手を置いて照れていたが、意を決したように私の目の前に手を差し出す。
「……クラリス。私と一緒に踊ってくれるか?」
「はい、喜んで」
差し出された手にそっと手を重ねると、練習室の中央に歩み出て抱き寄せるように体を寄せられる。
体が近づくと、アレン様との身長差がよく分かる。
アレン様の顔を見上げながら頭ひとつ分の身長差だなぁなどと考えていると、アレン様の翡翠色の瞳と視線が合う。
「クラリス。……見つめすぎだ」
アレン様が顔を赤くするので、私も思わず目を逸らす。
胸がドキドキと高鳴ってうるさい。
「……すみません」
それからは2人とも無言でステップを踏む。
ダンスが苦手と言っていたが、アレン様のリードはとても踊りやすい。
足を踏んでしまうかもと心配していたが、アレン様は避けるのが上手いみたいだ。
………それよりも。
このうるさい心臓の音がアレン様に聞かれていないだろうかとか、握った手や腰に回したアレン様の手の温かさだとかが異様に気になってしまう。
そのうちにピアノが鳴り止み、私たちは向かい合って礼をする。
パチパチと手を鳴らしながらフリージア様がこちらに歩いてくる。
「なかなか様になっていたじゃない!アレンも案外やるわね〜」
フリージア様の軽口に、アレン様はすごく嫌そうな顔をする。
「これなら来月の夜会は大丈夫そうね?ああ、そうだわ!さっそく夜会用のドレスを誂えないと!」
そう言ってフリージア様は慌ただしく練習室を出て行った。
私はアレンに向かって尋ねる。
「夜会とは何のことですか?」
「ん?……ああ。来月、王太子殿下の誕生日祝賀パーティーがあるんだ。母上はクラリスをそこで夜会デビューさせるつもりなんだと思うよ」
「私が夜会ですか!?……そんな、平民も同然なのに」
もうすぐ平民になる予定の私を夜会に連れて行きなどすれば、フリージア様が恥をかいてしまうのではないか?
あれこれ思案している私をじっと見つめていたアレン様が、おもむろに口を開く。
「クラリス。……その夜会なんだが、良ければ私にエスコートさせてくれないか?」
「エスコート?」
「ああ。私のパートナーとして参加して欲しい」
「……私などをパートナーにしてはアレン様が笑われてしまいます」
「そんなことはないよ。君は背筋を伸ばして、堂々としていれば良いんだ」
私にとってはデビュタント、そして最後の夜会。
アレン様と一緒に踊れたら……最後の思い出として素敵だと思うけど、アレン様にとってはどうなのかしら?
私が迷っていると、アレン様が私の鼻をキュッと摘む。
「何だ?私がパートナーでは不満?」
「え!いいえ、光栄です!」
咄嗟にそう答えてしまったけど……。
鼻を摘まれていたから、返事が鼻声になってしまってアレン様がクスクス笑っている。
「よし。じゃあ、決まりだ。母上や兄上から何か言われても、私のパートナーになったと言って断ってくれよ?」
「わ、分かりました」
何だか流れでアレン様のパートナーを引き受けることになったけれど、良いのかしら……。
◇
「クラリス。来月、王宮で王太子殿下の誕生日祝賀の夜会があるのだけど、そこであなたを社交デビューさせようと思うわ」
いつものように温室でお茶を飲みながら、フリージア様がそう話を切り出す。
「社交デビュー………」
この国では、女性は通常16歳になったら社交デビューを行う。
私が普通の貴族令嬢であれば、一昨年デビュタントを済ませているはずだった。
思い出すのは4年前、ギラギラと着飾って嬉しそうにデビュタントボールに出かけて行った義姉の姿だ。
「華々しいデビューにしなきゃね!だから、あなたのエスコートはディディエに頼もうと思うんだけど、どうかしら?」
「あっ……それが……アレン様がエスコートを申し出てくださいまして。それをお受けしたんです」
「まあっ!アレンが?」
フリージア様は非常に驚いたというように翡翠の瞳を丸くしている。
「あの様子なら自分から誘うのは一生無理そうだと思ったんだけどね〜。あの子もやるときはやるのねぇ」
うんうんと頷きながら、フリージア様は愉しそうにお茶を口に運んでいる。
「アレンだと少し権威が足りない気もするけど……ま、良いでしょ。良い機会だから衣装は揃いで仕立てましょうか!」
「そ、揃いの衣装ですか?それはアレン様がさすがに嫌がるのでは?」
「あら、そんなことないと思うわ?少なくとも、夜会の日になれば『揃いにして良かった』と思うはずだから」
フリージア様お得意の含みのある言い方で煙に巻かれる。
揃いの衣装を着てアレン様の隣に立つ自分を想像すると、少し気恥ずかしい気持ちになるのであった。
★感想、いいね、評価、ブクマ★
いただけると嬉しいです!
全24話で完結。
毎日7時と17時に更新。