13. 王城に乗り込む 〜第三者視点
イベリンと護衛騎士を乗せた馬車はあっという間に王城へ着く。
もともと公爵邸が王城から近いし、公爵家の家紋がついた馬車ならば正門で面倒な手続きをせずフリーパスで通してもらえる。
イベリンは護衛騎士の案内で王城内を歩く。
すれ違う人が皆イベリンを見て驚いた顔をするが、イベリンは気にしなかった。
『春の妖精』が王城にいるのに驚いているのだろうと考えた。
実際は汚れた身なりに驚いていただけだが。
護衛騎士が代行してオスカーに面会要請をし、1時間ほど待って許可される。
もちろんイベリンは待たされる間イライラを抑えられず、親指の爪を噛んでいた。
城の文官に案内され、オスカーの執務室に辿り着く。
この扉を開ければ、実に半月ぶりの再会である。
「オスカー様っ!!」
扉が開かれた瞬間、イベリンはオスカーの名前を呼んで中に飛び込む。
部屋の中は意外に広く、オスカー以外にも4名ほどが机を並べて作業していた。
中の人の視線が一斉にイベリンに向くと、皆一様にポカンと口を開ける。
イベリンはそんなことはお構いなしにオスカーの姿を探してズカズカと執務室の奥へと進む。
オスカーの机は執務室の最奥にあった。
サラサラと書き物をしていたオスカーはサラリとベージュブロンドの髪を掻き上げると、正面から近づいてくる者の気配を感じて視線を上げる。
「オスカー様!」
イベリンは満面の笑みでオスカーの机の前まで走り寄る。
オスカーは呆けたまましばらくイベリンの姿を凝視していたが、イベリンが歩みを止めると少しだけ眉根を寄せた。
「……イベリン嬢。今日はどうしてこちらに?」
オスカーの言葉にイベリンはムッとしたが、最大限甘えるような口調と仕草でデスクを迂回しオスカーに近寄る。
「オスカー様が全然お会いしてくれないからですよぉっ!もう、私寂しかったのですからぁ!」
プクッと頰を膨らませ、オスカーの肩に触れる。
「なぜ会う必要が?何か急用があるのか?」
オスカーはイベリンの態度にまったく靡くことなく、事務的に質問を返す。
そのオスカーの言葉に、イベリンは目を剥く。
───はぁ?婚約者に会うのに、用なんて必要ないでしょ?
「……そうです!お話ししたいことがいっぱいあるのですからっ!!」
気を取り直して甘えた声でそう言うと、オスカーは引き出しを開けて懐中時計の蓋を開け、時間を確認してから蓋をパチッと閉める。
「……ふむ。分かった。15分ほどなら時間が取れるから少し話そうか」
オスカーはそう言って立ち上がり、イベリンを振り返ることなくスタスタ歩いて行く。
イベリンは釈然としない気持ちを抱えながらも、オスカーの後について行く。
オスカーは扉を開けて隣の部屋に入る。
そこは執務室に併設された応接室だった。
ソファにドッカリと腰掛けるなり、オスカーは脚を組む。
「それで、話とは?」
イベリンがソファに座りきらないうちにいきなり本題を切り出され、イベリンは戸惑う。
イベリンは今まで過度なボディタッチや可愛らしく甘える仕草で男を手玉に取ってきた。
このように事務的に話すことには慣れていないのだ。
「あ……えっと。その」
イベリンが言い淀んでいると、オスカーはチラッと懐中時計を確認する。
───15分しか時間が取れないと言っていたわ。
このままだと言いたいことも言えずにタイムオーバーになってしまう。
イベリンは口を開いた。
「オスカー様!私、オスカー様から婚約者らしいことをしていただいていません!」
「……公爵邸に部屋を与えて、相応の公爵夫人になるための教師もつけている。他にどんなことをしろと?」
「えっと……花束をくださるとか!宝石をくださるとか!」
イベリンの図々しさも大概だが、オスカーの唐変木ぶりも大概だ。
「花束と宝石が欲しいのか?……後日商人を呼ぶから買うといい。他には?」
「あと、ドレスも!」
「……好きにしろ」
オスカーは再び懐中時計を見た。
イベリンは言いたいことを早く言わないといけないと焦った。
「あと、ダビデは解雇してください!!」
「……なぜ?」
「わざとオスカー様に会えないように意地悪するのです!」
イベリンはウルウルと目を潤ませる。
しかしオスカーはそれを見て眉根を寄せる。
実際のところ、ダビデから毎日のように「イベリン嬢が面会を求めている」と報告を受けている。
しかしそれを退けているのはオスカー自身だ。
だから、なぜイベリンがそのようなことを言うのか理解できなかった。
「……ダビデを解雇するのは無理だ」
イベリンはまさか自分の意見が通らないと思っていなかったので、大変驚いた。
それと同時に苛々が湧き起こってきたが、すぐにそれを鎮める良い案を思いつく。
「……でしたら、クラリスを呼び寄せてください!!私、公爵邸で知り合いもおらず一人きりで寂しいのです」
クラリスさえ手元に置けば、いつでも癇癪をぶつけて鎮めることができる。
イベリンにとっては精神安定剤のようなものだ。
「クラリス嬢か。まあ、彼女が望むのなら置いてもいいが」
クラリスの意思なんて関係ないじゃない!!
そうイベリンが叫ぼうとした時、オスカーが「そうだ」と声を出した。
「来月、王太子殿下の誕生日の祝賀パーティーがあるのだが、それに一緒に参加してもらう。色々準備もあるだろうからそのつもりで行動するように」
オスカーにそう言われ、イベリンの苛々は一瞬で消え去った。
イベリンは夜会が大好きなのだ。
それに、ただの子爵令嬢であった時に王宮のパーティーに呼ばれたことは一度もなかった。
初の王宮パーティーへの誘いに、胸が高鳴った。
「まあ!婚約者としての初お披露目ですわね!嬉しいです!!」
既にイベリンの気分はパーティーの主役である。
「……私は今仕事が立て込んでいてね。君と会う時間が取れないのは申し訳なく思っている。次に会うのは夜会の時になるだろうが、何か言いたいことがあれば手紙でも書いてくれ」
オスカーは懐中時計を見遣って、ソファから腰を上げる。
どうやら15分経ったらしい。
執務室への扉まで歩いて行くと、扉を開ける前におもむろに振り向く。
「……イベリン嬢。君は少し身なりを気にした方が良いのではないかな?……では、気をつけて帰りなさい」
そう言ってオスカーは執務室へと帰って行った。
イベリンはオスカーに言われたことがすぐに理解できず、ソファに座ったまま呆然としていた。
ふと応接室の一角に立てかけてある姿見に視線を移すと、髪はボサボサメイクはボロボロ、全身に小さな枝葉がくっついたとんでもなく奇天烈な令嬢が映っていた。
イベリンは口をパクパク動かしながら扉の横に立って待機している護衛騎士に目を遣ると、護衛騎士は気まずそうに視線を下げて俯く。
「きゃぁぁぁぁぁ!!!」
イベリンの悲痛な叫び声が応接室に響き渡った。
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