12. 何とかして会いたい 〜第三者視点
「今日もオスカー様はいらっしゃらないの!?どうなってるのよ!!」
イベリンがベッドの上の枕を引っ掻き回したせいで、羽毛が部屋中に舞っている。
イベリン付きの侍女2人はその様子を表情ひとつ変えずに部屋の隅に立ってじっと見ている。
ガルドビルド公爵邸に正式な婚約者として招かれて約半月。
夫となるオスカーとは初日に面会して以降、一度も顔を合わせていない。
◇
公爵邸に来た翌日から、イベリンには家庭教師がつけられて朝から晩まで教育プログラムがみっちり組まれた。
『春の妖精』などと呼ばれ社交界の華を自負していたイベリンだったが、高位貴族から見ればマナーも教養も何もかもが足りない下位貴族でしかない。
イベリンが持っていた根拠のない自信は、早くも厳しい教師陣によって粉々に打ち砕かれた。
───あんな冷酷な人間、教師の風上にも置けないわ!
イベリンはそう言って家令のダビデに教師を代えるように訴えた。
そうして教師を代えさせたにも関わらず、次の教師も辞めさせるよう訴えた。
その次に来た教師には、教師の方から匙を投げられた。
そして現在イベリンについている教師は幼児教育専門の教師だ。
この約半月で、実に3度も教師が代わったのである。
それに、公爵邸の使用人達もイベリンには冷たかった。
実際には始めから冷たかったわけではない。
イベリンの素行の悪さが見えてくるにつれ、使用人達の方から見限られたのだ。
公爵邸の使用人ともなれば、身元がしっかりしている者ばかりである。
下手をすると、イベリンより高い爵位の出の者もいる。
例えば家令のダビデは伯爵家の出身だ。
今やこの公爵邸で、イベリンを公爵の正式な婚約者だと考えている者は誰もいない。
その雰囲気は、イベリンにも何となく伝わっていた。
だからこそ、イベリンは味方が欲しかった。
クラリスと婚約破棄をしてまで自分と結婚しようとしたオスカーなら自分の味方をしてくれると疑わなかった。
イベリンは毎日ダビデに「オスカーに会わせて欲しい」と訴えた。
しかし、「いつも仕事が忙しい」と断られた。
実際にこの国の宰相という仕事は激務中の激務で、オスカーが婚約者に構う時間など微塵も取れない忙しさなのだが、イベリンがそんなことを慮るはずがない。
イベリンはそのうち、自分がオスカーに会えないのはダビデが邪魔をしているせいだと考えるようになった。
「お前がオスカー様との仲を邪魔しているんでしょう!?お前なんか、オスカー様に言ってすぐにクビにしてやるんだから!!」
オスカーとの面会を一週間断られ続けたある日、イベリンはブチ切れてダビデに向かって花瓶を投げ付けた。
子爵家にいた頃もこうやって癇癪を起こして手当たり次第に物を投げつけ、侍女がオロオロと後片付けする姿を見て溜飲を下げたものだった。
しかしダビデは眉ひとつ動かさず投げつけられた花瓶をキャッチし、それを持って部屋から出て行った。
目の前で起こったことが呑み込めずに暫く呆然としていたイベリンだったが、ダビデに一撃くらわせ損ねたことを悟ると、腹の奥から沸々と怒りが湧き起こる。
それからしばらくの間、イベリンの部屋からは物を投げつけて壊したり引き倒したりするけたたましい音が響いていたという。
◇
イベリンの癇癪が繰り返されるたびに部屋の中のものは減っていき、ついにテーブルと椅子、ベッドだけになった。
そこでイベリンはストレス発散のために絶賛枕を引きちぎっているわけである。
枕の中の羽毛を全部出し終わると、イベリンはハァハァと肩で息をする。
髪は乱れ、泣き叫んだためにメイクもボロボロである。
侍女たちは壁際にじっと立ったまま動く気配がない。
イベリンはチッと舌を鳴らし、さっと髪を手櫛で整える。
「………庭に出てくるわ」
そう言ってイベリンは部屋の外に出る。
イベリンは別に公爵邸に軟禁されているわけではない。
外に出ることは制限されていないし、何ならしばらく実家に帰ると言っても止められることはないだろう。
それでもイベリンが毎日公爵邸に籠っているのは、オスカーに会う機会を逃さぬようにするためだ。
玄関から外に出て、綺麗に整えられた庭を散策する。
バラが植えられているスペースだけでも実家の子爵家の屋敷より広いのだから、やはり公爵という地位はすごいのだと実感する。
自分がその夫人になれるのだ、とイベリンの気持ちが少し上向いた時。
玄関の方から何やら会話が聞こえてくる。
植木に身を隠して会話を盗み聞くと、話しているのは家令のダビデと公爵家の護衛騎士のようだ。
「……今日もオスカー様はこちらへはお戻りにならない。いつものように執務室へ着替えを届けてくれ」
「かしこまりました」
───オスカー様に着替えを届ける、ですって?
「ちょっと待ったぁぁぁ!!!」
イベリンが勢いよく植木から飛び出すと、ダビデと護衛騎士は一斉にこちらを振り返り目を丸くした。
「それ、オスカー様に届けるのよね?私が行くわ!」
ダビデがイベリンの姿を見て顔を顰める。
先ほどまで部屋で暴れていたために髪もメイクも乱れ、今さっき植え込みから出てきたので髪やドレスに小さい枝葉がくっついている。
イベリンはダビデの表情を見て腹を立てたけれど、ここで癇癪を起こしたらオスカーと会えないと思ってグッと堪えた。
「………分かりました。それでは、この護衛騎士を連れて行ってください」
ダビデは護衛騎士の帯同を条件に登城を許可した。
いくら要職者の婚約者とはいえ、貴族令嬢がお付きの者なしに王城を歩くことは非常識だ。
イベリンは二つ返事で是と答えた。
オスカーに会えるのならば何でもいい。
イベリンは護衛騎士と共に嬉々として馬車に乗り込んだ。
自分が今どんな格好をしているのか全く気にしないまま。
王城に向かって遠ざかる馬車を見ながら、ダビデは溜息をついた。
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