11. 自覚 〜アレン視点
「お帰りなさいませ、アレン様。クラリス様は今奥様と温室にいらっしゃいますよ」
セインジャー邸に帰ると、私の顔を見るなりバナードがクラリスの様子を報告する。
「そうか。問題はなかったか?」
「ええ。今日は日中はダンスの練習を。クラリス様は運動がお好きなようで、覚えが早いと奥様が仰っていましたよ」
クラリスは授業でも覚えが早いと褒められていた。
今まで教えられなかったから出来なかっただけで、持って生まれた能力は高いのだろうな。
しかしダンスの練習か……。
母はクラリスを夜会に連れて行くつもりだろうか?
私は14で騎士学校に入学、18で騎士団に入ったため、夜会に出たことは数えるほどしかない。
基本的に夜会の時は護衛として仕事をしなければならないし、爵位も継がない四男なので婚活を急ぐ必要もないから気楽なものだ。
そんなことをぼんやりと考えながら、騎士服を脱いで楽な服に着替え、温室へ向かう。
クラリスをセインジャー邸に連れてきてから、私は夜勤以外の日は騎士寮ではなくこの屋敷に帰るようになった。
最初はクラリスや母から話を聞くために時間を取っていたが、その必要がなくなっても何となく足が此処に向くのだ。
美しくもあざとい母の影響で、私たち4兄弟には女っ気がない。
実際には、曲がりなりにも侯爵家の出であるため、私たちに寄ってくる令嬢は山ほどいる。
しかし私たちはその美しく着飾った女性の裏の顔がどんなものか、母を見て育ったために痛いほど知っているのだ。
私は継ぐ爵位がないとはいえ、そもそも騎士は令嬢に人気があるらしくそれなりに釣り書きなどが送られてくる。
だけどその中から縁談を進めようという気はただの一度も起きなかった。
侯爵家を継ぐ長兄が25歳と結婚が急かされる歳になり、釣り書きが殺到している。
母もそろそろ長兄に嫁をと考えているだろう。
『しかし、夫人がクラリス嬢に色々仕込むとは。次期侯爵夫人にでも据えるつもりか?』
昼間のスティング殿下の言葉が思い出され、再び胸の内をモヤモヤとした霧が覆う。
見えない不安感に急かされ、足早に温室へ向かう。
◇
「アレン様!お帰りなさいませ!」
温室に入った私の顔を見て、クラリスが座っていた椅子から立ち上がり笑顔を浮かべる。
嬉しそうに細められたアメジストの瞳が輝きを増しているように思うのは、気のせいだろうか?
「クラリス、ただいま。母上、只今戻りました」
「アレンったら。母への挨拶はクラリスの後なのね」
母はクスクスと愉快そうに含み笑いをしている。
私は何も言わずに抗議の視線を母に投げ、円テーブルのクラリスと母の間の席に腰を下ろす。
するとクラリスは母から教えてもらったという方法で私に紅茶を淹れてくれる。
いつもの流れだ。
「ん。美味いな」
紅茶を飲んで味を褒めると、クラリスは嬉しそうにはにかむ。
この半月ほどで、私たちはだいぶ打ち解けた。
初めはクラリスのことを『シーヴェルト子爵令嬢』『ご令嬢』などと呼んでいたのだが、「一緒に住んでいるのだからそんな余所余所しい呼び方はやめなさい」と母に言われ、呼び方を『クラリス嬢』に変えた。
それから距離が近づくにつれ、クラリスが歳下なこともあり自然と『クラリス』呼びが定着したのである。
「アレン様。私、今日はダンスを習ったんです」
クラリスが私を『アレン様』と呼んで顔を綻ばせるようになったのもつい最近だ。
私は胸にじんわりと温かいものを感じながらクラリスの顔を見つめる。
「ダンスか。難しくはなかったか?」
「ええ、7歳になる前に習ったきりだったのですけど、体が覚えていたみたい!」
7歳か……。
確か、クラリスの両親は彼女が7歳の時に他界したのであったな。
今日殿下から見せてもらった資料を思い出す。
「そうか。楽しめたのなら良かった」
「はい、とても楽しいです!本当は男性パートナーと一緒に練習したいのですが、バナードさんには断られてしまって……。宜しければアレン様、お時間がある時に練習にお付き合いいただけませんか?」
突然のクラリスからの申し出に、私は思わず目を見開く。
不意の出来事に困惑して言い淀んでいると、母が不満気に目を細める。
「ごめんなさいね、クラリス。アレンはダンスは苦手なのよ。あなたの練習パートナーはディディエに頼みましょう!ええ、それが良いわ!」
私がバッと母に顔を向けると、母は扇の向こうで私だけに見えるようにべえっと舌を出した。
………くっ。
クラリスのパートナーをディディエ兄上に頼むなんて……それは絶対に許してはいけない気がする。
「……いえ、私が練習相手になりましょう。クラリスもディディエ兄上よりは私が相手の方が気楽だろう?」
ディディエ兄上は私ほどはクラリスと親しくしていないはずだ。
「それは仰る通りなのですが……アレン様のご迷惑になりませんか?」
クラリスは少し眉を下げて申し訳なさそうに私の顔を窺っている。
あまりの可愛らしさに、思わずグリグリと頭を撫で回したくなる気持ちを抑える。
こういう仕草のひとつひとつが私の胸を打っていることに、クラリスは気づいているのだろうか?
「ああ。私もたまには練習をしておかないと忘れてしまうからね」
「本当ですか?嬉しいです、ありがとうございます!」
花が咲いたようにパァッと顔を綻ばせるクラリスを見て、私の口角も自然と上がる。
何気なく母に目を遣ると、母はニヤニヤといやらしい笑顔を浮かべている。
母の思惑通りに自分が動いてしまっていることは甚だ遺憾だが……そろそろ認めざるを得ない。
私は目の前でニコニコと楽しそうに今日の出来事を語る少女───クラリスに恋をしている。
今にも壊れそうにか弱い薄幸の少女。
それがクラリスの第一印象だった。
話すにつれ、彼女はか弱いだけではない、強い芯を持っていることが分かった。
今のように恵まれた環境に急に放り込まれても、驕ることなく前向きに研鑽を続ける姿は尊敬にすら値する。
小動物のように愛らしいクラリスをひたすら撫で回して愛でたい衝動に駆られつつ、私はどうやってこの恋心を帰結させようか考えを巡らせていた。
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