10. 報告2 〜アレン視点
私は今、スティング殿下への定期報告のため、王城を訪れている。
殿下の執務室の前に立ちノックを4回鳴らすと、中から返事が聞こえる。
「失礼します。スティング殿下にご挨拶申し上げます。アレン・セインジャーが定期報告に参りました」
「おお、アレン。ちょうど良かった。今お茶を淹れているから君も飲んでいくといい」
スティング殿下に勧められるまま、ソファに腰を下ろす。
すると直ぐに侍従が熱々のお湯で紅茶を淹れてくれる。
「ありがとうございます」
「うん。……それで、再従兄弟殿はどんな具合だ?」
「オスカー様はクラリス嬢との婚約破棄の後に即日イベリン嬢に求婚状を送り、その翌日にはイベリン嬢が公爵邸に入りました」
「はぁ。再従兄弟殿は相変わらず気が短いことだな」
スティング殿下は呆れながらもどこか楽しげに紅茶カップを啜っている。
「それで?」
「イベリン嬢は公爵邸に入ったその日、オスカー様と面談されています。同席した家令の話によると、オスカー様はイベリン嬢がクラリス嬢の名前を騙った事情を尋ねたと」
「まあ、それは気になるよな」
「はい。イベリン嬢は『仮面舞踏会なので本名を名乗るのは無粋』だと答えたようです」
「なるほどな。まあ、筋の通らない回答ではない」
なるほどとは言いつつも、殿下がイベリン嬢の回答を真正面から受け止めていないことは明らかだ。
「それから、オスカー様は『なぜクラリス嬢が社交場に姿を現したことがないのか』と質問し、イベリン嬢は『病弱だから』と答えたそうです」
「ふん。で、実際に病弱なのか?」
「……いえ。クラリス嬢が最初の日の夕餉で体調を崩したために侍医に診てもらったのですが、侍医が言うには『慢性的な栄養失調』と。子爵家では碌な食事が与えられていなかったようです」
報告を受けて、スティング殿下は不快そうに顔を顰める。
「……それから?」
「それからイベリン嬢は『クラリス嬢を侍女につけてほしい』と言ったそうです」
「それはなぜに?」
「『婚約破棄されて傷物になったクラリス嬢に縁談がくるわけがないから、侍女として側に置いて見守りたい』と」
「はっ!」
スティング殿下はドサッと乱暴にソファの背もたれに身を投げ出すと、腕を組んで天井を見上げる。
「吐き気がするほど性根が腐った女だな。大方、嫁いだ後も蔑み虐げるために側に置きたいだけだろう」
普段は優しげで紳士然としたスティング殿下が暴言を吐き捨てている。
「それで、再従兄弟殿は何と?」
「『クラリス嬢は病弱なのに侍女にはできない』と」
「違いないな。…… 再従兄弟殿も盲目になっているわけではなさそうだ」
スティング殿下は少し溜飲が下がったのか笑みを見せている。
私は何も言わずに殿下の反応を見ているが、その実腹の底は怒りで煮え繰り返っていた。
先日セインジャー侯爵邸で発覚した、侍女によるクラリス嬢への嫌がらせ。
お世話を放棄されたクラリス嬢が取った行動は、自分で自分を世話することだった。
そしてそれを、何の戸惑いもなく当たり前のようにやってのけたというのだ。
掃除や洗濯など、普通の貴族令嬢ならばまずやり方すら知らないだろう。
つまり、クラリス嬢はそれをやっていたということだ。
子爵家でどんな扱いを受けたかは想像に難くない。
「……アレン。シーヴェルト子爵家についてはこちらでも分かったことがあるのだが、少し大事になりそうなんだ」
スティング殿下はそう言って資料を私に寄越す。
その内容を読み、私は愕然とする。
「だから、すべての調査が終わるまでは引き続きクラリス嬢の保護を頼みたいんだ。セインジャー家には迷惑を掛けるかもしれないが……」
「ご心配には及びません。母がクラリス嬢を甚く気に入っておりまして、喜んで色々仕込んでいるようです」
「ははっ、そうか。あの豪胆な夫人が味方なら怖いもの無しだろうから心配は要らぬようだな」
あの見た目だけは柔らかな母を『豪胆』と称するあたり、殿下は人を見る目があるなと思う。
「しかし、夫人がクラリス嬢に色々仕込むとは。次期侯爵夫人にでも据えるつもりか?」
そう言われて、私は動きを止める。
クラリスが次期侯爵夫人に?
ということは、ディディエ兄上の妻にと考えているということだろうか。
最近のクラリスは栄養がしっかり摂れ体型はふっくらと女性らしく、肌や髪は艶やかになり、美しさに磨きがかかっている。
また淑女教育の過程も悪くないらしく、あの母が「クラリスは賢い子よ!」と褒めていた。
このまま教育が進み、しっかりと身元が保証されれば侯爵夫人としても遜色ないのかもしれない。
だがしかし………。
どうしてモヤモヤと心が霞むのか。
私は自分の内面に去来する想いの正体を掴めずにいた。
「さあ、どういうつもりかは知りませんが……。少なくとも、イベリン嬢よりは成長が見込めるのは間違いありません。公爵邸に入った翌日からイベリン嬢の教育が始まったのですが、早くも教師が匙を投げるほどの状況だそうで」
「ああ……。どうやら再従兄弟殿は選択を間違えたようだな」
スティング殿下はそう言ったが……。
私は、クラリスがオスカー様に受け入れられなくて良かったと思った。
なぜなら、オスカー様はイベリン嬢と面会した翌日から全く顔を合わせていないらしい。
クラリスをそんな目に遭わせるくらいならいっそこれで良かったのではないか?
そんなことを考えながら、私は手元の資料に再び視線を落とした。
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