08.グレーコンプレックス
縫われた傷口の中に鉄製の板が埋め込まれており、そこには数字が掘られている。何かしらのパスワードとなっていると黒野達は推測した。参加者に対応した色のプレートが取り付けられている扉の中には、その板を体から取り出すための道具や仕掛けが存在している。ただし相応の痛みが伴う。
「全員が久保田のように気を失っては意味が無い」
右手を失った久保田にひとまずの応急処置を施した後、廊下での作戦会議が行われた。壁にもたれかかる黒野は腕を組んだ。
「私は首の裏に傷口があるけど、これえぐったら死にそうですよね……」
「ももかは肩の裏。絶対痛いよ!」
「俺は膝の裏。歩けなくなるだろうな」
紫の部屋にあるギロチンを使えば鉄製の板は取り出せるが、平と蛎灰谷はともかく新田は首を落とす事になってしまう。犠牲者をこれ以上出したくない黒野にとってその選択肢は選びたくないものだ。
「とりあえずだ。他の色のプレートがある部屋にも行ってみるぞ。数字を入力する場所があるかどうかも分からないからな」
出口の扉を開くパスワードだとしても、肝心の入力場所が見つかっていない。それ以前にパスワードだという推測自体が間違っている可能性もある。四人は落ち着きながらも、漂う手詰まり感に焦りを覚え部屋を回っていった。
ピンク色のプレートがある部屋は平の傷口を開けるための道具があった。電動のピザカッターだ。
「た、確かにももかの動画でもピザを食べてたものはあったけど……これで肩を切るの? やだよ!」
灰色のプレートがある部屋も見てみると、自衛隊員の扱うアサルトライフルが壁に立てかけられていた。
「これで膝の裏を破壊するのは逆に難しいんじゃないか?」
蛎灰谷の言う通り、銃撃では傷口の中にある板を傷つけてしまい数字が読み取れなくなる恐れもある。そして、やはりと言うべきか数字の入力場所は見つからない。
「鍵の開いている部屋は全て回った。だが数字を入れる場所は見当たらない。どこか、どこか見落としている要素は……?」
黒野は思考をめぐらせた。黒野の身体には傷口はない。自らがキーパーソンなのだと考え事を良い方向へと進ませる。そう意気込むとある可能性に気がついた。
「最初に死んだ山岡……あいつの身体にも傷口があるんじゃないか?」
全員がハッとした表情となった。
「そしてあの部屋で行われていたゲームは、壁の穴からガラス片が飛んでくるというものだった。外部と繋がっている場所はもしやあの部屋だけなんじゃないのか?」
「確かにそうだ……! 現にあの部屋から出る鍵も穴から出てきていた。他に鍵以外のものも混じっているのかもしれない。行くぞ」
蛎灰谷から笑みがこぼれる。予想ではあったが進展だと信じ、四人は最初の部屋へと戻っていった。小走りで廊下を駆けている最中、建物全体が突然大きく揺れた。
「え、地震!?」
「いやここは船だ。動き出したのか……? 今は後だ、急ぐぞ!」
倒れそうになった平を新田が支え、なんとか扉の前までは辿り着いた。相変わらず揺れは収まっていない。黒野が扉を開けた先で待っていたのは大量のガラス片と、うつ伏せで倒れる山岡の死体。何も変わっていない光景のように見えたが。山岡に駆け寄った黒野は違和感に気が付いた。
「これは」
「どうした黒野」
「山岡の足の裏がえぐり取られている……! 黒幕が奪い取ったのか」
山岡の足の裏、土踏まずの部分の肉が無くなっていた。鉄製の板が埋め込まれていたであろう四角い痕跡も残されている。
「俺達が他の部屋に行っている隙に、か…………おい! 久保田が危ないんじゃないのか!?」
蛎灰谷が叫ぶ。数字集めの妨害を黒幕が行った。場合によっては直接の介入も有り得るかもしれない。一人で気を失っている久保田にも危険が迫っているのではないかと狼狽えていた。冷静に黒野は指示を下す。
「久保田の安否を確かめるのは蛎灰谷と平に頼む。俺と新田はここで手がかりを探そう」
「ももかは紫音ちゃんと離れるの嫌なんだけど……」
「女性だけで動くのはなしだ。警部補の俺と自衛隊員の蛎灰谷は例え黒幕とばったり出くわしたとしても抵抗はできる。平を頼んだぞ蛎灰谷」
「ああ!」
仲間を託された蛎灰谷は元気よく応じ、平と共に部屋をあとにした。山岡の死体から板が取り出されていたという事は、黒幕がここに来た痕跡も残されている可能性があるという事。眼が良い久保田はここにはいない。黒野と新田で地道に探し始めた。
「黒野さん、あの」
「声も聞かれているはずだ。迂闊な発言はするなよ」
「…………そうですね。あのことは」
意味深。新田と平は以前からの知り合いだと話していた。だが黒野との関係性については一言も話していない。黒幕側への牽制も狙っていた。床に落ちているガラス片を、怪我をしないよう慎重に拾い何かが隠れていないか捜索。途方も無い作業だった。
久保田が眠っているギロチンの部屋へと走る蛎灰谷と平。鍛え上げられた蛎灰谷の肉体の走行に平は追いつけるはずはない。蛎灰谷の方が平の速度に合わせて走っていた。
「ごめん、ももかが遅いせいで……」
「自分を責めるな。力を合わせて生き残るぞ」
「さすが自衛隊員……やっぱり、人を助けるのが生きがいなの?」
純粋で無垢な平の質問に対し、蛎灰谷は反応に困っていた。彼が秘める過去は苦渋を何重にも重ねて飲んだようなものだった。