07.イエローグリーンアシッド
廊下に出た高浪達は赤沼を先頭にして行動を始めた。このゲームを最後までクリアする気力を最も持っているのは彼だ。鍵が空いている部屋を探すために片っ端からの総当り。
「扉が無駄に多いですね。元はどういう建物だったんでしょうか」
「多分船だと思う。相当でかいクルーズ船。前にそういう船の中で誘拐しようと思ったこともあったけどね、逃走手段が限られすぎてるからやめたんだ」
「そういう裏話、聞くの好きですよ」
「私のことも好き?」
「……好きですよ」
「言ったね」
二人は軽くふざけた会話を続けている。いまいち緊張感を感じさせない彼らにやはり八木は呆れていた。
「危機感があるのはオレと水谷だけか……?」
「た、確かに、そうです……よね」
高浪と赤沼が談笑し、その後ろを無言で竹之内が歩く。竹之内は時々口を抑えて咳をしている。三人を追って八木と水谷が並んでいた。
「一人だけ標的にされてない奴がいる、ってさっきオレは言ったが。水谷のことは疑ってないぞ」
「え、え。なんでですか?」
「お前が黒幕側だったとしたらあからさますぎる。一人だけ殺人関係の罪じゃない、過剰なほどのオドオド態度……用意周到な黒幕のことをオレはある意味信頼してる。オレの考えうる以上の仕掛けがあるってな」
「えっと、一応私も信頼されてるんですか……?」
八木は首を縦に振った。すると水谷は少しだけ口角を上げて自らの両手指を絡ませた。
「えへ、えへへ……嬉しいです」
「…………お前はオレのことをあまり信用しすぎないようにな。忠告だ」
八木は水谷を方を見ずに正面を向いて歩いている。ここに連れてこられた人間は全員が異常者。水谷も例外ではない。八木もそう改めて考え深い関わりは避けた。
「あ、ここ開きますよ」
赤沼の報告でようやく緊張感を取り戻した一同。廊下の突き当たり、今までの部屋とは違う少し大きい防火扉だ。ゆっくりと開かれ、中の様子が明らかになっていく。部屋の中央の床に救急箱がぽつんと置かれていて、今までの部屋とは違い奥の方には更なる扉があった。
「また皆が入ったらゲームが始まるんでしょうか」
「多分ね」
ふざけた態度はどこへやら、高浪達は臨戦態勢ばっちりで部屋へと入っていく。少し遅れて八木と水谷が入ったところでやはり扉は閉まった。そしてイヤホンからゲームの説明が。
『救急箱の中には粉末が入れられた袋が六つ入っている。全てを人体に取り込めばゲームクリアだ。ただし一つだけ、致死量の麻薬が入った袋がある』
今回はかなり簡潔な説明。前回のロシアンルーレットは説明が多く、最初のライターのゲームはそもそも説明がなかった。“協力”が必要になってくると考え攻略法を模索していく。
「今回の標的はオレだろうな」
腹を括った八木は深呼吸の後、救急箱に近づき臆する事なく開けて中身を確認した。粉末の他には吸い込むためのストローも6つあった。
「ビニールに包まれてるが、見た目の違いはない。説明が本当ならコカイン辺りか」
「薬物に詳しい八木さんの意見を聞きたいです」
「致死量が入ってるっていうのには間違いはない。今回も協力が鍵になるなら、全員で少しづつ分けて吸引していけば致死量は免れる」
赤沼の指示には気安く従う八木は答えを提示する。八木の言う通り五人が均等に摂取すれば、症状は出てくる危険はあるものの死は避けられるはず。
「南が生きていれば、最低限に抑えられそうだったが仕方ない。一人ずつ吸っていくこれで良いか?」
八木の提案は安牌なもの。だが頷いたのは水谷だけだった。高浪が追及を始める。
「さっきのゲームでは南さんだけが追加事項を聞かされていた。だったら今回も八木さん、あなた何かしら言われたんじゃないの?」
「何を言ってる。オレの提案に間違いはないだろ」
「どれが劇薬なのか、八木さんだけが知らされてたりしない? もしくはそれ以外の袋の粉末の中身とか」
「……隠し事はできないみたいだな。降参する」
あっさりと負けを認めた八木は薄く笑った。真正面から他人を言葉で追い詰める能力は高波の方が上だった。
「“致死量の麻薬が入った袋”はこれだ。だが五人全員で分けても致死量なのは変わらない。六人で恐らくギリギリセーフだ」
「南さんが生きていたら無事に切り抜けられたってこと?」
「あぁ。万事休すだ。オレは体質的に薬物への耐性が少しあるからな、分けた場合確実に生き残れると言えるのは俺だけだ」
「自分だけ助かるような提案しちゃってさ、ずるいよ」
茶化した高浪だが状況は良くない。最低でも一人が犠牲にならなければこの部屋から出られない。正確には薬物の致死量は人によって異なるが、この中で薬物の接種経験がある人物は八木だけ。
「やっぱり、これを切り抜けたとして一人でも失ったら途端に厳しくなるゲームが待ってるかもね。“協力”は人が少なくなればなるほどその力は弱くなるから」
「そうみたいだ…………去年に一度だけ、未成年にも薬を売ったオレへの罰がこれか」
すると八木は覚悟を決め歯を食いしばった。
「オレが吸う量を多くする。いわゆる廃人になる確率は相当高そうだが、全員が生き残るにはそれが最善手だ。他の袋は風邪薬や頭痛薬が入ってるそうだ」
八木はそう言って袋の一つを見せた。だが中身の違いを知っているのは彼だけ。騙している可能性もあると高浪は推測した。今持っているものは薬物ではなく、他の参加者に薬物の入った袋を渡そうとしているかもしれない、と。
「オレを信じられないか」
「そりゃあ、ね」
「分かった。オレが全体の半分を吸う。後はお前らで分け合えよ、文句ないだろ?」
「本当にいいの?」
「俺なりのケジメだ」
少し後悔した表情を浮かべながら八木は粉末を吸い込んでいった。制止する者はいなかった。水谷は心配そうに見守っていたが、他は八木の行動を凝視している。
「未成年に薬物を売るのはオレのポリシーにも違反してる。なんで売ったかって? 馬鹿みたいな大金を積まれたからだよ」
劇薬を体内に入れたからといってすぐに症状が出るわけではない。八木は素早く五つの袋を開けていき、それぞれ半分を吸っていく。死が迫っている実感を持った彼は自分語りを始める。
「親の金をある程度自由に使える奴だったんだろうな。目が眩んだオレはろくに年齢確認もせずに売った」
すると八木はふらつき頭を抱えながら横になった。水谷以外の三人は冷徹に、残りの袋を手に取って吸い込んでいく。
「そ、そんな……八木さんを放っておいていいんですか!?」
「八木が決めたことだ。これ以外に方法はない」
水谷にも袋を渡した竹之内は変わらず真顔。八木に少しの情が湧いてしまっていた水谷だったが、自分の命が一番にかわいい事には変わりないようだった。結局、八木が全体の五割を。残りを四人が分け合った。全てを吸い込んだ時には、八木は急性中毒により若干の錯乱状態に陥っていた。同時に扉も解錠される。
「虫だ。幻覚だと分かっているのに、虫が……オレの身体にまとわりついてるように見える」
まだ暴れたりはしていないが、それも時間の問題。八木自身もそれを理解し最後の願望を残す。
「最初のゲームの部屋にある縄……あれでオレを縛ってくれ。そうすればお前達を攻撃せずに済む」
「なら僕が持ってきますね」
合理的な判断に赤沼は従った。八木が大人しく反抗もしなかった事に、竹之内はやや驚いていた。先程までの狂犬のような態度はなくなっているうえ、他の参加者の事も気にかけている。
「随分と急に丸くなったじゃないか」
「別に……オレはこれでも死にはしない。全部が終わったら助けに来いよ」
「知り合いの中に医療関係者がいる。紹介してやろう」
八木 緑は海外から独自のルートで薬物を輸入している。麻薬を管理・売買するチームのリーダー的存在であり、本人は「オレはコレじゃなくて金の中毒者だ。薬物なんかよりも金の方がよっぽど危険だろ。人類みんな揃って中毒みたいなもんだし、他人の趣味嗜好には口出ししねえよ」と冗談めいた事を自己紹介代わりに喋り、脅迫や暴行といった行為は滅多に行わない。