06.オレンジルーレット
「──待って! 私は!!」
『ゲームオーバーだ』
イヤホンから流れる無慈悲な通告と銃弾が脳天を貫いた。血飛沫を撒き散らしながら倒れたのは有名野党政治家、南 橙子。彼女はゲームに負けた。約8分前、鍵が開いていた部屋に全員が入ると扉は施錠され、強制的にゲーム開始。特殊ルールのロシアンルーレットが高浪達を襲った。
六発分の弾が入ったリボルバー拳銃。手にした人物は
・衣服以外の物体(床や壁といった部屋の一部と見なされるものは含まれない)、もしくは人体に一回の発砲
・発砲しない
どちらかの選択をした後、一番近くに居る人物に銃を渡していき、弾が全てなくなればゲームクリア。ただしゲーム開始からその場を動くのは禁止され、さらに制限時間が存在しており、定められた時間は参加者によって異なる。イヤホンから伝えられるその時間は他の参加者に明かしてはならない。時間が過ぎればゲームオーバー、死が与えられる。よって最も短い制限時間が課せられた者が圧倒的不利を背負う。
その短い制限時間を課せられたのが、南だった。このゲームも“協力”をしていけば全員無事に生き残れるものであった。だが南のイヤホンからは追加事項が流れていた。
南の死が確認されると、他五人のイヤホンもその追加事項を流した。
『南 橙子。罪状はテロ等準備罪。今始まったゲームが終了すると、お前の罪が全世界にばら撒かれる。中東を活動拠点とするテロ組織と共謀し国家転覆を企てていたが、実行直前で組織を裏切り告発、自らを国を守った英雄に仕立て上げるつもりだったのだと。だが他の参加者全員を殺せば、公開はされずにゲームクリアだ』
最初のゲームでの赤沼のように、南が狙い撃ちにされていた。南はこのゲームが始まってすぐ自分に銃を渡すよう喚いていた。だが“一番近くに居る人物”にのみ銃を渡せるというルール。その場から動く事も禁止され、最初に銃を手に取った竹之内から離れてもいた。銃を渡せ、と焦る南を怪しんだ竹之内が長々と話を長引かせた結果。壁に取り付けられた狙撃銃が遠隔操作され南は殺された。
「自分の罪を明かされたくなかったから、あんなに必死だったというわけだ」
無様に倒れる南を見下す竹之内は、若干の後悔を抱えている様子だった。“協力”をすれば今回のゲームも簡単にクリアする事ができた。六人の並びはというと先頭が竹之内、次に高浪、八木、南、赤沼、そして最後に先程のゲームで八木とペアを組まされていた女。六発の弾を消費しなければ脱出できない以上、衣服以外の物体か人体に発砲をする必要があった。赤沼が持つ中身を使い切ったライター、それに発砲していけば安全にクリアできるゲームのはずだったが、南への圧力によってそれは叶わなかった。南は他の参加者を全て殺さなければ例えここから脱出できたとしても人生の未来が閉ざされてしまう。
「それにしても国家転覆か。一番に規模がでかい奴はこの女だったのかもしれないな」
竹之内は拳銃を持ったままだ。弾倉の中身を確認しようと外したところ、六つある穴のうち弾は五発が入っていた。これ以上の死人を出さないために、南の死体へと発砲。
「な、なんで皆さんそんなに落ち着いていられんですか!」
すると最後尾から悲鳴にも捉えられる女の声が。先程のゲームで八木とペアを組まされていた女だ。いきなりの金切り声に苛立った八木が睨む。
「人が、死んだんですよ……?」
「あのな、ここに居る奴らは犯罪を重ねている異常者だ。さてはお前、人の生き死にとは関係の無い犯罪を背負ってるのか? いい加減言えよ」
言葉の威圧だけでは収まらず、髪を掴んで無理やり視線を合わせた八木。女は言われるがままだった。
「み、水谷 優美です29歳です紙幣偽造してます口出ししてすみませんでした…………」
涙目で早口。欲しい情報を得た八木は水谷を突き放して転ばせる。次のターゲットである竹之内へと向かった。
「なぁ竹之内。お前も自分の罪を話してくれないか? オレは薬物販売、赤沼は放火、高浪は誘拐殺人……お前だけだんまりっていうのはないだろ」
「そんなに聞きたいか」
八木のドレッドヘアと竹之内のスキンヘッドは印象の違いが大きい。全員が簡素な白い服装になっているのも尚更だ。竹之内も思うところがあるようで、あっさりと罪を自白する。
「自殺幇助だ」
「ほぉ……直接の殺人じゃないみたいだが、人が死んで動揺するのは水谷だけってことだ」
薄ら笑いを浮かべる八木に対し、水谷はビクビクと部屋の隅でうずくまっていた。竹之内の言う事が全て事実だとは限らないが高浪は以前からの知り合いだ。
「それじゃあ言っておくけど、私とタケさんは割と長い付き合いだよ」
「それも明かすか、高浪」
「別にいいでしょ。タケさんだってさっき私の誘拐が失敗したこととか喋ってたじゃん」
「それは……すまん」
年頃の娘に手を焼く父親のような光景。いまいち緊張感を持っていない彼らを、八木は気に入らないようで口撃を仕掛ける。
「お前ら二人だけは相変わらず冷静すぎる。銃を真っ先に取ったのも竹之内お前だ。ゲームを仕組んだのは実はお前ら二人なんじゃないのか?」
根拠の無い話だった。八木の発言はボロを出す事を期待したもの。単なるゆさぶり。しかし高浪と竹之内は不自然なほどに表情一つ動かさなかった。
「馬鹿なこと言わないでよ。確かに私は誘拐の技術もあるけど大人は守備範囲外だし」
「俺達は元々犯罪者だ。常に出てる胡散臭いオーラがそう見えるようにさせてるんだろう」
「チッ……ひとまずは信じることにする。今後も協力しなけりゃ今のように人数が減っていくだけだからな」
わだかまりは残ったままだ。すると部屋の鍵が解錠された音と共に、イヤホンから新たな情報が流れる。
『そろそろゲーム全体のルールと傾向も見えてきただろう。残り三つのゲームをクリアすれば、脱出への出口を開いてやろう』
残り三つ。今までの赤沼と南をターゲットにしたゲームを含めると合計五つ。だが参加者は六人。数が合わない。八木は呆れながら再び高浪・竹之内両名に詰め寄った。
「おいおい、残り三つだと。オレ達は全員で六人だぞ? 一人だけ標的にされてない奴がいるってことじゃないか? 誰だよ、おい」
高浪と竹之内はお互いを見つめ合った後、揃えて首を振って否定した。八木もこの反応は予想通りだったようで不満を浮かべながらもそれ以上の追求はしなかった。高浪と竹之内をグルだと疑っていたが、待ち受けるゲームは五つ。現時点では疑問の域を出ておらず確信に移行するのは悪手だと判断する。
「八木さん」
「なんだ、赤沼」
黙っていた赤沼が口を開いた。最初のゲームでターゲットにされていた赤沼に対し、八木はある種の信頼を抱き始めてもいる。危険思想を持ち合わせているものの協力は約束してくれているからだ。
「もう僕は標的にされないはずです。なので次からのゲームは僕が中心に動いてもいいですかね」
「あぁそれもありかもしれないな。お前の本心は既に見たし、高浪からも過去は聞いた。この中で一番信用できる」
「ありがとうございます。さ、行きましょう」
艶やかな笑顔で高浪を見た。殺意にも似たそれに高浪は冷や汗をかく。しかし反対意見は出さない。赤沼は“このゲームを仕組んだ黒幕を倒した後、高浪と共に死にたい”と話していた。高浪にとって信用に足る人物はこう話す赤沼と、昔からの付き合いである竹之内だ。
「私と一緒に生き延びようね、悟くん」
「えぇ、もちろん」
南 橙子は内心では『日本はクソ』と考えており自らの目標が達成されてからは海外で余生を過ごそうと計画していた。