表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ホワイト・アウト  作者: ニソシ
4/20

04.ブラックリスト

「──おい起きろ……起きろ!」


 ぼんやりとした意識がその声で鮮明になっていく。慌てている男の声。荒んだ廃墟の一室、埃まみれの床に横たわった状態で目覚めた。上下共に真っ黒の簡素な服装。

 目元を擦りながら声に従うように起き上がったその男の名は、黒野 将吾。警部補だ。


「落ち着け、パニックにはなるなよ。切り刻まれたくなければ……!」


 そう言って黒野の身体を支え、足で踏ん張りその場から動かないようにしていた男は必死の形相。2m近い身長と屈強な体格。彼の背後の壁には穴が空いていた。ベルトコンベアが動くような音も聞こえている。


「どういう、ことだ」

「これを見れば分かる!」


 男は床を指さした。大量のガラス瓶の破片が散らばっていた。壁の穴は発射口で、強烈な風が吹いてきている。


「あの穴から大量のガラス片が飛んできた……幸い死者は出ていない」


 黒野が振り向くと他にも1人の男と、3人の女が怯えた様子で立っていた。彼らの背後の壁にも同じように発射口が設置されている。4人全員が切り傷を負っておりガラス片の威力が垣間見える。


「この部屋で目覚めてすぐだった。ガラスが飛んできたのは……お前は運良く無傷らしいが次はそう上手くいかないぞ」


 コンベアの音は今でも続いている。前後の壁からいつまたガラス片が発射されるか分からない。自身を支えてくれている男の忠告に対し、黒野は冷静に答えた。


「この部屋から出られる扉は?」

「ん? あぁお前から見て右にある。だが鍵がかかっていたぞ」

「もし俺がこんなふざけた“ゲーム”を仕組むなら、脱出方法は必ず用意する。散らばってるガラス片の中に鍵が混じってないか?」

「……なるほど、それはありそうだ。だとしたらお前も誰かに襲われて気を失ったのか」


 黒野は頷いた。帰宅中に背後から殴られ、無理やりに車に乗せられる。この場の全員がそうだった。命の危機が迫っているというのに黒野は落ち着いて状況を整理し始める。


「残忍に殺したいだけの人間が俺達をここに閉じ込めたのなら、この部屋から出る鍵なんて無さそうだが……可能性はあるはずだ」


 そう言いながら床のガラス片に手を伸ばし鍵を探す。黒野を見た他の5人も行動を始めた。このまま死を待つよりも今できる最善手を取ろうとした。


「俺は黒野 将吾だ。警部補でな、罪を少しでも犯した人間は誰であろうと捕まえていた。まさかこんなことに巻き込まれるとは思ってもいなかったが」

「この状況で自己紹介か?」

「もうすぐで死ぬかもしれないが、生き延びることもできるかもしれない。それに、何も知らない人間と一緒に死ぬのは心細いだろ。知ってから死んだ方が幾分かマシだ」

「お前も特徴的な奴だな……俺は蛎灰谷(かきばや) (あつし)。自衛官だ」


 黒野と同じ公務員の蛎灰谷の手は大きいが器用さも兼ね備えている。素早くガラス片を摘み部屋の端に寄せていた。

 しかし一方で、この場で年齢が最も若い女は不器用で指先を切ってしまった。痛みでイライラも増幅させてしまう。


「あーもう! なんでももかがこんなことしなきゃならないの!」


 髪は金に染めていたものの、地味な黒いシャツとズボンに着替えさせられていた事でちぐはぐなファッションになっていた。


「ももかちゃん落ち着いて。黒野さんの言う通りにしよう?」


 “ももか”と以前から交流があると見て取れるその女性は、落ち着きつつも怯えは隠しきれていない。壁の発射口を常に視界に入れて警戒している。

 すると、一眼レフカメラを首にさげる男が黒野と蛎灰谷に近づいてきた。彼だけが私物を所持していた。

 

「僕は久保田 青輝(あおき)といいます。戦場カメラマンをやっている者です」


 二十代後半と見て取れる久保田の容姿は戦場カメラマンとは思えない。茶色に染めた髪に小綺麗な肌。見ただけでは美容師等が予想に上がる、そんな顔だった。


「ざっと見回しましたが、鍵のようなものは今のところここには無いと思いますよ」

「何故分かる?」

「僕は目……というよりは観察する力に長けてるんです。戦場では敵対してくる兵士に見つかっては命に関わりますからね。一目見れば、どこに何があるかは分かります」


 久保田の主張通りならば脱出する手段はない。鍵は存在しない。もしくは、これから鍵がガラス片と共に発射口から飛び出してくるかもしれない。


「次に発射されてくるガラス片の中に鍵が混じっている。それに期待したいんですが……耐えるために僕が思いついた方法はとても残忍。聞いてくれますか?」

「言うのはタダだ」

「誰か二人が犠牲になる。穴を人の身体で塞ぎ、犠牲を最小限にする。発射が終わった後に鍵を探す。これですよ」


 黒野と蛎灰谷はお互いに目を合わせ首を傾げた。


「どうする黒野。さっき飛んできたガラスでは誰も死ななかった。次も同じ量であったら穴を塞がずとも耐えられるとは思うが」

「そんな生暖かい仕組みになっているとは思えないな。ここは、俺がひとつ穴を塞ごう」

「正気か!?」

「安心しろ。死にはしない。良い案がある……二人ともとりあえず脱げ」

「しょ、正気か!? ってあぁ、それで出来るだけ防ぐってことか」


 自らも上着を脱ぎ、二人の分も受け取ると重ねたうえで袖の部分を結んだ。更に何重にも畳んでいく。人の力では貫けない硬さを確認すると壁の発射口を塞ぐように両手で固定した。


「あっちに居る女性陣にも同じようにするよう伝えてくれ。男の前で脱ぐのは抵抗あるだろうが、まあ非常事態だ。従ってくれるだろ」


 上裸になった蛎灰谷と久保田が3人の女性の元へ行き、黒野と同じ行動を取るよう依頼した。だが危険も伴う役目だ。正義感のある黒野が居 たからこそ男性陣はまとまったのであって、女性陣が上手く噛み合うかは不明瞭だった。


「私がやります」


 一番に声を上げた女。先程駄々をこねていたももか及び、彼女を宥めていた女の二人を差し置いて一歩前へ出た。長い黒髪は美しく、ほつれの一切を許していない。誠実な印象を放っている彼女に久保田は優しく問いかける。


「全てを防げるというわけではない。突き破ってくるかもしれない。そもそも僕の勝手な推測を元にした策だ。最悪死ぬ。それでもやってくれるのか?」

「はい。何もせずにただ待って、痛みが増えていくだけというのは耐え難いのです。何か行動できるのなら率先して私がやりましょう」

「君、名前は?」

山岡 翡翠(やまおか ひすい)です。私は幼い頃から両親には環境問題について叩き込まれていました。このガラスだって、まだリサイクルはできそうなのに……もったいない事は嫌いです」

「君のことは信用できそうだ、山岡さん」


 薄く笑った久保田は背を向けてから手を振った。女性陣の脱衣現場を見るのは出来るだけ避けたいがために、黒野と蛎灰谷も壁に視線を向ける。コンベアに乗せられたガラス片が揺れる音が大きくなっていく。近づいてきている証拠だ。山岡も他の二人の上着を受け取り、黒野を真似て発射口を塞いだ。

 次の瞬間、塞いでいた上着が風によって大きく膨らんだ。そして多数のガラス片が発射されていくものの、黒野の策が上手くいき防御に成功していた。しかし先程の一回目の発射よりも風圧、量共に増加していることを山岡が理解する。


「気をつけてください! 先程よりも多い! 協力をお願いしますおふたりとも!」


 上着を支える手にはガラス片の重量による負担も追加されていった。膨らんだ箇所にガラス片が溜まっている。山岡が助けを求めると“ももか”とその知り合いの女性がそれぞれ上着の左右を支えた。蛎灰谷と久保田も同様に黒野のサポートに回る。ザクザクと繊維が破れる音が響き始めた。それでも六人は手を離さなかった。

 あと少しで重ねた上着が破れそうになるその瞬間、ガラス片の発射は収まった。波が去った事を全員が感じると一斉に気が抜けた。


「よし……鍵が出てきてないか探すぞ」


 黒野と山岡が手を離すと大量のガラス片が床に散らばる。安堵した大きな溜め息と共に一同の体は動いた。油断が生まれた。この隙は簡単に突かれてしまうものだった。


「危ないっ!」


 遅れてやってきたガラス片。即座に気がついた久保田が咄嗟に黒野を押し倒した事で髪を掠めるのみに留まった。しかしその射線には山岡が立っている。そして山岡が担当していた発射口からもガラス片は発射されていて。


「──あ」


 山岡の首にガラス片が突き刺さる。黒野に差し向けられていたものも後頭部に刺さった。目の焦点が合わなくなった山岡は膝から崩れ落ち。程なくして絶命した。


「し、死んだ!?」


 “ももか”が狼狽する。明らかに人為的な、自分達の行動を見られていた上でのフェイントが襲ってきたという事実。うつ伏せで倒れたため山岡の表情は分からなかった。鮮血が流れ出し残った女二人の裸足を汚す。すると久保田はお目当てのものを発見する。


「……あれは。山岡さんの後頭部に刺さったガラス片に、鍵が」


 彼の言う通り、ガラス片にセロハンテープで鍵が貼り付けられていた。大掛かりな発射口の仕組みとは裏腹に、簡素過ぎる固定方法のギャップが目立つ。


「守れなかった……俺が盾にでもなれていれば」

「今は後悔するな蛎灰谷。悔やむのは、全て終わってからだ」


 蛎灰谷は自衛官。救助活動にやり甲斐も感じていた彼にとって、目の前で人が残忍に殺された事によるショックは大きい。対して黒野は悔しがる様子は見せず、鍵を取ると扉へと向かった。


「慰めのつもりか?」

「嫌だったか」

「いいや……黒野。お前の言う通り、悔やむのはここから生き延びて出てからだな」


 現実を噛み締めるも、苦しみを隠しきれていない蛎灰谷は真っ先に扉の方へと向かった。久保田も近づき早速鍵を開ける。


「ここからは離れた方が良い。(たいら)さん、新田(にった)さん。貴女たちも早く」

「は〜い……」


 “ももか”と呼ばれていた女性の苗字は(たいら)だ。そしてもう一人が新田(にった)なのだという。自己紹介もしていないはずだが名前を知っている久保田に、蛎灰谷は違和感を覚える。

 警戒を解かずにゆっくりと扉は開かれた。細長く薄暗い廊下に出た。同じ扉が幾つも均等に並んでいる様からは、命のやり取りをしているこの状況では恐怖すらも感じ取れる。同じような残虐な仕掛けがある部屋が、他にも無数に存在するのだと。


「迂闊に動くな。気づいたことがあったら報告しろ。ただ、()()()()()()ことも忘れるな」


 先程のガラス片の追撃は一同の行動を観察していたからこそのもの。そう判断した黒野は罠に注意をしつつ先頭を歩いていった。廊下にはチリや埃が散らばっており長い間放置されていた事が伺える。蛎灰谷にはこの建物の心当たりがあるようだった。


「過去に同じような構造を見た。恐らくこれは、船の中だ。だが揺れてはいない。地上に乗り上げているか……?」

「なるほど。その可能性が高いってことか。そして俺達を監視している人間もこの船の中に居る可能性は……低いかもな」


 扉をひとつずつチェックしながら黒野は呟いた。水上であれば船を動かす操縦室に誰かが潜んでいると予想できるが、蛎灰谷の推察通りならばゲームを仕組んだ黒幕がわざわざ船の中に留まる必要は無い。


「鍵が閉まっている扉ばかりだ。さっき俺達が入っていた部屋の扉は……うん? 緑色のプレートが取り付けられているな」


 扉の中央には緑色のプレートが釘で固定されてあった。改めて他の扉を見渡すと、同じようにプレートがある扉が点在している。


「なるほど、そういう訳ですか」

「ももかにも分かるように説明してよ〜!」

「僕達の名前には“色”が入っている。例えば僕は青、蛎灰谷さんは灰。山岡さんの“翡翠”は緑の一種だ。きっとさっきのゲームは山岡さんをターゲットにしたものだったんだね。環境問題を解決しようとしていた山岡さんに対して、まだリサイクルできるであろう大量のガラス片。そして、“協力”してしまったことで山岡さんは黒幕の怒りを買い死んだ」

「つまり?」

「それぞれ皆に対応した残虐なゲームが待ってるんだよ。そして“協力”行為はNGだ」

山岡に対応している色は『緑』で、八木の方が『黄緑』です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ