03.レッドコンクルージョン
「ここで死ぬ事で僕の願いは叶う……糧となってくださいよ」
虚ろな瞳で5人を見回す赤沼は笑った。他のメンバーは彼の行動理念を知る由もない。高浪以外は。
「ねぇ悟くん。私はキミのことを知ってるんだよね」
「なにを、言ってるんですか」
「キミと同じ名前を持つ子供を誘拐して殺したのは私だよ」
その場に沈黙が訪れた。高浪の犯した罪が誘拐および殺人である事、赤沼と関係のある子供を手にかけた事を明らかにした。すると竹之内は納得した様子で頷き、状況を好転させるために動き出す。
「高浪が唯一失敗したという誘拐事件。それの親族が赤沼 悟、お前だったんだな」
「あいつとは家族なんかじゃない! そんなことよりも高浪さん……本当に貴女があいつを? あいつを殺してくれた人なんですか?」
わかりやすく赤沼は動転していた。先程までの余裕はどこへやら、自身の願望の原因となった人物。癒しの時間を間接的に与えてくれた人物。それが目の前に座っている事実に高揚さえしていた。
「半年前の5月4日だったよね。ショッピングモールで母親の目を盗んであの子を連れていった。私は誘拐する子供の家族や親族の下調べはきっちりやってるからね。キミがどんな思いで不良生活を続けていたのかは、だいたい分かるつもりだよ。でもあの事件は私としては失敗に終わった結果だったんだけど……ここで会うなんて」
「お礼は言っておきます。ですが……僕はもう決めたんですよ。僕はあいつなんかよりももっと、皆に……!」
やっぱり、自己顕示欲が爆発してるタイプの男の子だったね。“サトル”くんが言ってた通り……悟くんは他人に見てもらいたい、認められたいだけその一心で大罪を犯した。ある意味私が元凶。責任取るって訳じゃないけど、自分で自分の首を絞めるのも嫌だから。ここをなんとかして乗り切ろうか。
高浪も立ち上がり、赤沼と視線を一致させる。高浪の思惑としては赤沼の幼稚な欲望を抑え、ライターを渡してもらう事。まずは自死を止める事を第一に考えた。ライターを手にするのは赤沼を冷静にさせてからだ。
「言っておくけど、ここで死んでも何もかもをもみ消されるだけだと思うよ。こんなゲームを仕組んだ黒幕が、証拠を残しておくなんてことはしない」
「そ、それは……」
「それにこのゲームの内容はキミを狙い撃ちにしてるようなもの。ここでいきなり全滅するのが黒幕の思惑の一つっぽいし、その通りに動くなんて嫌でしょ?」
とは言っても、黒幕が悟くんの放火動機を知ってたうえでこのゲームを仕掛けたと思うと……いや、この仮説を考えるのは部屋を出た後か。
赤沼は露骨に迷いを見せて俯く。高浪は掴んでいた縄から手を離し、赤沼がライターを取りに行けるようにした。賭けだった。しかし説得以外に方法はない。他の4人も高浪に任せ見守る。
「わかりましたよ。このライターは、貴女に渡します」
「……結構素直に渡してくれるんだね」
「熱くなりすぎて冷静な判断ができてませんでした。それに、新しい願いもできてしまったので」
「新しい願い?」
不敵な笑みを浮かべた赤沼はライターを放り投げた。軽々と右手で受け止めた高浪に、今度は衝撃的な言葉を投げつける。
「このゲームを仕組んだ黒幕を始末した後にはなりますが、こうしたいと思ったんです。“どうせ死ぬなら貴女も道連れにしたい”って」
嘘が含まれない純粋な宣言だった。殺害予告とも言えるそれを聞いた高浪は過去を思い出す。
『私が死ぬ時はお前も道連れになる、逃げるなんて考えはやめて麻白』
母親の役割を演じていた者の声。頭痛。
『僕と一緒に……死ねよ! 道連れだ!!』
“サトル”くんの声。頭痛がなくなる。
「そっか。じゃあそれまでは協力だ」
自分の声。また頭痛。
自らが犯した誘拐および殺人の罪が、回り回って返ってくる。高浪は何度か死線をくぐり抜けてきてはいた。だが慣れる事はない。笑いかけてくる赤沼と、かつて自らに降り掛かっていた災難と同じ事を始めた自分に、恐れてもいた。
その後。一同は全員揃って部屋を出た。細長い廊下は薄暗くもある。出てきた部屋と同じ形のドアが無数に並んでおり、まるでクルーズ船だった。真顔に戻った赤沼は警戒され続けていたが、目立った行動は起こしていない。
「今は信用してもいいのか?」
相変わらず八木は苦い表情で赤沼を見つめている。無言で頷く赤沼に対し、満足ができていない様子で頭を掻く。
「私達が今すべきことは争うことじゃない。さっきのゲームだって協力すれば簡単に解決できたけど、黒幕はきっと私達の弱点を突いてくる。悟くんみたいに全滅の選択肢を取ろうとしてしまうかもしれない。黒幕に踊らされず、協力していって生き延びるんだよ」
高浪はひとまずの休戦を示す。反対する者は誰もいない。この異常者6人の中でも、死にたいと思っている人物は赤沼ただ1人。協力していく意志を見せた。
しかし。10分後には命がひとつ潰えていた。