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ホワイト・アウト  作者: ニソシ
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02.レッドコンプレックス

 サトルくーん、ご飯よ

 はーいママ!


 高校三年生の少年、赤沼 悟はその声を自分の部屋から聞いていた。自分と同じ名を持つ忌まわしき家族の声だ。彼の部屋には母親の声は呼びかけられない。3年前にこの家に養子として迎え入れられた現在8歳の男の子を、母はひどく気に入っていた。スーパーの激安弁当をほおばりながら悟はスマートフォンでニュースサイトを見漁る。コメント欄でのストレス発散が彼の日課だ。今回は警察官の汚職事件についてのニュース。

 日本組織の崩壊と謳い、上層部を非難するコメントに対しての反論。それだけでなく、平和的・擁護的な主張をするコメントにも反論をしていた。ただそこにある文字列に対し否定的な意見を述べるだけの存在として、悟はコメント欄での有名人となっていた。

“サトル”が来る前から悟と母の仲は良いものではなかった。高校生になった途端、悟はガラの悪い他の学生と絡み始め不良グループの一員となってしまっていた。隠れて喫煙も行い、激しめの反抗期が続いている最中に“サトル”がやってきた。父親は仕事が忙しく家に帰ってくるのは夜遅く。接する時間も少ない。どんどん溝は深く広くなっていった。


「おい悟、最近寝不足って感じか?」


 不良仲間の家に足を運んだ悟が一番に言われたのがこれだった。悟にとって癒しとなるのは仲間との時間と喫煙くらいだ。心配されていた通り、悟の睡眠時間は日に日に少なくなっているところだった。


「まーお前ん家の事情は知ってる。どうだ、今日は泊まってけよ」

「ありがとう。お言葉に甘えるよ」


 悟は母親に電話ではなくメールで知らせた。返事が来る事はそうそうないが、文句も言われない。明日は母親とサトルがショッピングセンターで買い物に行くとは聞いていた。お互い好きな事をやればいいと、悟は割り切る。


「明日は他の奴らと一緒に、隣町の高校にまで行ってデケェことしようぜ」

「具体的に、何すれば」

「いきなりぶん殴りにいくのは色々と後で面倒だ。俺らと同じワルが居たら、気が合うかどうか確かめて……」

「合わなかったらぶん殴るのか」

「そうなるかもな! 行ってみなきゃわかんねーけど」


 ──翌日。計10人が集まり隣町に向かう事となった。赤沼は他と比べると自分から発言はしない性格ではあったが仲間はずれにはされていない。昼頃、目的地の高校に着いた赤沼達を待っていたのは静寂だった。誰も相手にしてくれない。近くを歩いていた学生に声をかけると「最近この辺りの不良の一人が薬物に手を出して事件になり、それ以来不良はあまり見かけていない」との事だった。


「なんだよ、シラケた」


 未成年が薬物を手にしてしまう。その件が原因で警察官が目を光らせていた。悟達は一人一人別行動をとって帰ることにした。集まっていては目立つ。全員が不満の表情を浮かべていたが悟のみは変わらず無表情のまま。しかし内心では最も呆れ果てていた。

 数少ない休息の時間がなくなり、仲間とも離れなくてはいけなくなる。ズボンのポケットに入れていた煙草に手が伸びた。


「……人がいないところは」


 悟が選んだのは森の中。高校のそばにある森には歩道が整備されていたが古びており、人の気配はなく悟は無事に喫煙に成功した。不良仲間から譲り受けたその煙草のタール量は10mg。悟の体内にニコチンが入り込んでいく。身体が喜ぶのを実感していた。木々や土の匂いも混ざると味わい深いもので、珍しく悟は心からリラックスできていた。一本を吸い終わると地面に落とし、踏みつけることで消化。これを繰り返し計七本を吸った。十分に時間は潰せたと判断し悟は帰路に着く。

 しかし踏みつけただけでは煙草の火が消えていなかった。森から出てしばらく歩いた後に、視界の端で燃える木々に気がついた。



 夕方。家の前まで歩いてきた悟はある事に気がついた。ガレージにパトカーが停まっていた。玄関の前で母親が項垂れている。そばに立っている警官には構わず頭を抱えて泣き喚く。無言で近づいた悟に母親は駆け寄った。


「サトルが、サトルくんがっ誘拐されて……私が、私のせいで死、死ん……あぁぁぁぁ」


 後半は動揺の感情で満ちていた。悟の背後を通った消防車のサイレンで彼の顔面は不気味に照らされていた。終始真顔だった。

 部屋に戻った悟はスマートフォンでニュースサイトを開く。新着順で検索を行い、二つの記事を見比べる。

『大規模な森林火災発生 学校にも燃え移り27人がやけど コメント194』

『8歳の男の子が誘拐されたのち死亡 犯人は母親の言葉に応じず逃走か コメント81』

 記事に寄せられたコメントも見比べた。誘拐の方には母親を慰めていたり、誘拐犯を非難するものが大半を占めていた。対して火災の方はユーザー同士がコメントし合っている状況。


 人為的な悪意を持った放火に決まっている

 いや、自然発火の可能性も捨てきれない

 自然現象の例はほとんどないから普通に不注意とかだろ


 他にも効果的な消火法、現場となった森は長らく手入れがされていなかったというコメントも見受けられる。悟は久しぶりに満面の笑顔に変わった。自分に興味を失った母親や、彼女に甘やかされていたサトルよりも、自身が発生させた火災の方に注目が集まり盛り上がっているという事実。自尊心は高まり承認欲求はとどまることを知らない。今まで溜め込んでいたストレスが消え去っていく。故意ではないとはいえ火災を発生してしまったというのに、悟の心は踊り始めていた。退屈から解放される実感。母親とサトルよりも上に立てる優越感。


 それから悟は不良グループとの関わりを薄くしていった。更なるストレス発散法を見つけてしまったから。放火を重ねるにつれ、ニュースへのコメントも勢いが増ししていた。そして自らもコメント欄の中に紛れ込み、相変わらず否定の意見だけを書き込む。いつしか悟はこう考えるようになった。


 もし自分が放火犯だと明かした後に、燃え盛って死んだのなら。僕は歴史に名を残せるだろうか。教科書にも乗るだろうか。死ぬのなら確かめようがないけど、それは叶うと他人から言われたら。僕は喜んでこの身と心を燃やし尽くすだろう。


 睡眠時間は相変わらず、短いままだった。

赤沼が吸っていた煙草はセブンスターの10ミリです。

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