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ホワイト・アウト  作者: ニソシ
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01.ブラックアウト

 まだ幼い子供の声。喜びの声だけでなく悲鳴も含む。28歳の女性高浪 麻白(たかなみ ましろ)はそれを聞く事が生きがいであった。仕事でもそして()()()()()()でもよく耳に入れていた。子供服のアパレル店員として働く中で、子供の目線や表情から感情すらもある程度は読み取れるようになっていた。子供を上手く誘導し服を気に入らせ親にも購入の選択を取らせる。彼女の技術は日に日に磨かれていった。高浪はこの技術を、平然と悪用する。


 こんなところでどうしたの? お母さんやお父さんは一緒じゃないの?

 そっか、いないんだ。お姉さんと一緒に探そっか。

 嫌って言っても、行くんだよ。


 過去に三度の児童誘拐を行っていた。全てが大型ショッピングモール内での犯行で、迷子の子供を見つけては多少強引にでも手を掴み引っ張る。


 嫌、いや! 行きたくない! ママ!


 傍から見れば、駄々をこねる子供とそれに手を焼いている母親としか認識できない。高浪は自らの容姿を客観視し利用していた。これまでの三度の誘拐は二度成功している。身代金目的の誘拐事件を起こし金を奪い取った上で逃げきれたのは日本で過去に事例がなく唯一。彼女高浪のみ。

 深夜の駅前、自販機で買った缶コーヒーで両手を温める高浪は次なる目的に心を踊らせていた。蓋を開け中身を口に運んでいく。糖分の無いすっきりとした苦味を舌に乗せ、喉奥まで浴びせてから食道を通らせていた。体の歓喜を実感した高浪は足取りを早めた。


 早く帰らないとね、次のは結構挑戦的だし準備は入念にしないと。


 駅から離れていくほど人の気配は少なくなっていく。高浪は賃貸マンションに住んでおり一人暮らし。既に時刻は日付が変わる直前で、明日は休みではあったが高浪にとっては次の犯行のための大切な一日だ。スマートフォンに録音しておいた、誘拐した子供の声を聞こうとイヤホンを取り出そうとしたその時。


 あ──誰か後ろに居る。


 突然に現れた気配。すぐそこまで迫っているというのに今の今まで気が付いていなかった。他人の気配には人一倍に敏感だと高浪は自信を持っていたが遅れをとった。


「タケさん?」


 心当たりのある知人の名前を口にしたが答えは帰ってこない。代わりにスタンガンのものと思わしき電撃の音が耳に入り、高浪の背中に局所的な刺激が走った。膝から崩れ落ちた高浪はここでようやく振り返る。


 誰? 街灯の光で顔は見える30代らしき男。冷ややかな目。身長は170cm後半。右手にはスタンガンで左手にはガムテープ。多分左利き。 私が今まで誘拐した子供の親族ではない。心当たりがない。誰なの?


 動揺しながらも襲ってきた人物の体型や顔を目に焼き付けた。男は高浪を押し倒し組み伏せる事で逃げられないようにし、口にガムテープを巻く事で悲鳴を抑え込む。


 あ、これ結構なやり手だな。私よりも人を捕らえる技術が上……


 頭に衝撃が加えられ、そこからの記憶はおぼろげになってしまった。黒塗りの大型車に乗せられた事、他にも意識を失った状態で捕らえられた人物が複数居た事はかろうじて覚えていた。




『──高浪 麻白。罪状は誘拐と殺人。その罪に見合った罰を、お前は今から受けなければならない』


 ぼんやりとした意識がその声で鮮明になっていく。ノイズの混じった男の声。荒んだ廃墟の一室、埃まみれの床に横たわった状態で目覚めた。上下共に真っ白で簡素な服装に変わっている。先程の声は耳に入れられたイヤホンから流れていた。


『6人の目覚めを確認。ゲームを開始せよ』


 高浪の他にも同じ服装の5人がその部屋に集められていた。全員が横並びになっており高浪は右端。左隣には高校生の少年が座っている。上半身を起き上がらせると、胴体に太い縄が巻き付けられている事に気づく。


「……なにこれ」


 高浪から見て左側にある柱に縄は繋がっていた。そしてそのそばに座る少年の縄もまた同じく。高浪と少年の縄は同じもので、一方が引っ張ればもう一方は柱に背中が押し付けられ身動きが取れなくなるようだった。少年が口を開く。


「どうやら、前に進めるのは僕達二人どちらかのようです。あそこを見てください」


 目の下に隈がある少年が指さした先。部屋の中央、簡素な木製のテーブルの上に黒い電子ライターがぽつんと立っていた。その奥には廊下へと通じるであろう扉がある。


「あれを使えば、縄を焼き切れると思います」

「なるほど」


 二人一組、男女でのペアが三つ組まれていた。


「……僕は赤沼 悟(あかぬま さとる)です。僕や他の皆さんと同じく、あなたも無理やり連れてこられたみたいですね。“ゲームを開始”とかイヤホンから聞こえましたが……嫌な予感がします」


 暗い雰囲気を纏う赤沼は声のトーンも低い。彼から漂ってくる匂いを吸った高浪はあることに気がついた。


「私は高浪 麻白。ところでさ悟くん。キミ煙草吸ってるでしょ」

「え、あ……」


 図星といった様子で戸惑う赤沼を弄び始める。高浪の守備範囲内には高校生も入っている。


「いけないんだ。まだ18なのに」

「い、今はそんなことどうでもいいでしょう。というかなんで僕の年齢を」

「まあそれはどうでもいいでしょ」


 壁にもたれかかると他の4人の様子も伺った。赤沼の左に座るドレッドヘアの男と目が合った。男は一度深く息を吸い、吐いてから話し出す。


「全員が目覚めた……この状況について俺の仮説を話そうか。オレは八木 緑(やぎ みどり)。お前ら、全員が犯罪者だろ?」


 薄ら笑いを浮かべた八木は左右を見回した。動揺したのは八木とペアを組まされていた女のみ。


「な、何言ってるんですか!? 私はそんなことしませんよぉ!」

「あくまで仮説だ。だがイヤホンから流れてきた最初の内容……あれは個別に用意されたもののはず。オレは『薬物の販売に詐欺、暴行』と全部見透かされてたんだ。そして『罰を受けなければならない』ときた。この中でオレだけが犯罪者だなんて、逆に不自然だろ? 素直に吐いとけよ」


 女の反応を見て確信に至ったようだった。高浪も彼の意見に概ね同意し他のメンバーを泳がせるため一時の傍観を決め込む。次に口を開いたのは左端で腕を組む男だった。


「その男と同意見だ。詳しくは言わんが、俺も同じ犯罪者なんだ」


 彼の頭髪は存在しておらず、部屋の薄暗い照明に照らされ僅かな光を放っている。高浪と一瞬だけ目を合わせたかと思うと、彼はペアを組まされているもう一人に質問を繰り出す。


「俺の名は竹之内 義黄(たけのうち よしき)だ。あんたに聞きたいことがある……南 橙子(みなみ とうこ)。あんたはテレビで見たことがあるんだ。政治家だろ? まさか公務員が犯罪に手を染めていたとはな」


 他の4人も南 橙子と呼ばれる女に注目した。全員が見覚えのある、テレビ出演も多数の野党政治家だった。南は6人の中で最年長となる57歳。八木の推測通りであれば高浪の誘拐、八木の薬販売等と比較しても遜色ないほどの犯罪を働いているという事になる。問われる南は目を閉じて話し始めた。


「一緒にしてもらっては困ります。身の潔白を証明する手立ては今のところありませんが、主張はしておきます。私は罪を重ねてはいませんよ?」


 話し終わった後に竹之内と見つめ合う。しばらくの沈黙が訪れた。状況を見ると南のみが罪を犯していない、というのはやはり考えにくいようで他の5人は南の主張を信じなかった。


「今はこの場から脱出する事が最優先では? ひとまずあのライターを取って、部屋から出ましょう」


 南が立ち上がり歩き出した。ペアを組まされていた竹之内が引っ張られ柱に身体を押し付けられる。抵抗はしない。南が部屋の中央にあるライターを取り、ひとりひとり縄を焼き切っていけば全員が自由の身になるからだ。

 しかし赤沼も立ち上がる。更に唐突に走り出した事で高浪はバランスを崩し柱に頭をぶつけた。


「いったっ…………え、急に何?」


 ライターは1つだけ。常識を持ち合わせている者が最初にライターを手にすれば、火を分け与えて全員を助ける行動に出る。だがここに集められたのは常人ではなく異常者の集まりだった。赤沼は真顔のまま南よりも早く動き、高浪の頭を痛めつけながら真っ先にライターのあるテーブルへと辿り着いた。


「あなた、どういうつもり?」


 驚いた南は頭を傾げる。全員の注目の的となった赤沼は満足そうに笑みを浮かべると、ライターを握り着火させた。


「僕の願いは……ここで果たされるべきなんだ。ここで焼け死ぬっていう選択をとれば、僕は」

「……は?」


 思わず南は呆然としてしまった。自殺願望を表した赤沼。即座に止めるべきだと判断し行動したのは八木だった。ペアを組まされていた女が引っ張られ声にならない喘ぎを発する。更に高浪も赤沼と繋がっている縄を引っ張る事で妨害を計った。赤沼は転び、八木がライターを奪い取ろうとする。


「馬鹿な真似はやめろ赤沼!」


 取っ組み合いになったものの力の差は明らかだった。ライターを握る赤沼の指は無理やりに引き剥がされる。だが赤沼の蹴りが八木の腹に命中しお互いの体勢が崩れ、ライターは宙に浮くと軽い音を鳴らして転がった。八木は死にものぐるいで拾おうとしたが行動制限が発生する。


「こ、これ以上は無理ですって!」


 八木とペアの女は柱に押し付けられており、縄の長さが限界に達していた。一同は壁に並ぶようにして一列に並んでいる。縄の長さは絶妙に調整されており、真っ直ぐ進んでちょうど奥の壁に手が届く程度。よって6人それぞれに、他の人物は干渉できないその人物だけが手が届きうる場所がある。

 ライターが転がったのは赤沼の縄が伸びきってようやく届く場所だった。彼以外では手が届かない場所。八木は「クソっ」と一言だけ悪態をつき、立ち続けていた南も顔をしかめた。


「このままでは赤沼が火を使い切り自死、そして俺達は全員が餓死か。どうする高浪、お前に任せることになるが」


 竹之内は余裕の声色で言った。部屋の左端から右端へと投げられた問いに高浪はしばらく黙ったままだった。高浪が縄を掴めば赤沼の動きも止められる。ひとまずの延命措置を行った。動揺を見せていないのは竹之内、高浪、そして赤沼だ。


「僕の趣味はあなた達のような低俗な人間には理解できない。僕の願いをその目で見れるだけ、ありがたいと思ってくださいよ」

「私は君のことを知ってるよ、悟くん」

「え?」


 竹之内が高浪にこの状況の解決を任せた理由。

高浪は紙ストローを嫌悪しています。考案した人に殺意を抱くほどに。

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