5 ひとでなし
五話目です。
とうそこゆるりと(__)
――で、それはもう楽しい楽しい誕生日会となった。
主に光星が女子二人におもちゃにされる誕生日会。
帽子に引き続き、シールで『誕生日おめでとう』と背中にでかでかと貼られた法被を着せられ、鼻付きの眼鏡、右手に風車等を持たせられてキャッキャ笑われた。
写真も大量にパシャリパシャリと撮られたのは勿論。
身に付けたそれらをゴミ箱へ速攻放り込んだのは言うまでもない。
だが、用意された料理は最高で、光星と華弓姫は舌鼓を打った。
それはもう天にも昇るような美味。
羽月は満足そうに、二人の満足する表情を見ていた。
――そして、夜のとばりが下りてお開きになった後。
マンションのエントランスを抜けて。
歩き。
正武百貨店大津店前の信号に二人はいた。
「悪いわね、別に一人で帰るつもりだったんだけど」
「構わねえよ。なんかあったらお前の親父さんに顔向け出来ねえしな」
華弓姫の父親から連絡が来たのだ。
単純に「早く帰ってきてくれええええッ」と。
心配ではなく、どっちかというと寂しいという印象が強い方――、、、、、、
だが羽月は前者の意味で受け取って、気迫のある顔つきで華弓姫をぐいぐいと玄関に押しやり、光星にも送るように言いつけたのだ。
「暗くなる前がベストだったんだろうが、随分と話し込んじまったからなあ、、、まあでも悪くなかった」
「そこは素直に、『ありがとう』って言えばいいんじゃない?」
「いや、言い方とかどうだっていいだろ?」
「たった一言、そう言うだけよ? 簡単じゃない」
「柄じゃねえよ、そんなの」
信号が変わり、歩き出す。
「簡単なことだからこそ言うべきよ。羽月ちゃんにちゃんと言ってるのかしら?」
そう言われて、光星は一瞬口を閉じる。
「いや、あんま言わねえな」
「だったら毎日言うべきよ。私はあなたに救われたけど、日常なんて簡単に壊れてしまうことを知ったわ。だからこそ、毎日『ごめんなさい』はお互いに嫌でしょう?」
と、華弓姫は目を伏せた。
――ときめき坂を南下。
浮かれてバカ騒ぎする若者や学生たち。
酔って別の居酒屋へ足を運んでいる、仕事終わりの中年と若手の男性。
建物に隣接する小さな広場では、ダンサーたちが無断で音楽を鳴らして華麗にトリックを決めて宙を舞っていた。
――夏休みの雰囲気に呑まれてか夏の空気に当てられてか。
だがそうして深くなりつつある夜の街。
盆休みが重なっているのもあって、駅から出てくる人も多い。
お祭り騒ぎはまだ続く。
タクシー乗り場の長い列――客もタクシーも。
「お前は何かと悲観的だなあ」
「現実的、と言って欲しいわね。言ったでしょう――誰も彼も、あなたのように強くは無いし、自由ではないの」
エスカレーターに乗って、武将の看板を背にしながら降りた。
パン屋とコンビニを通り過ぎて、改札を通る。
「自由、、、か。俺はただやりたいことをやってるだけだぞ」
ホームの椅子に並んで座った。
「それを自由だって言うのよ――好き勝手に何でもできるなんて、チートよチート」
「好き勝手は言いすぎだろ。俺だってできないことはある」
考えて。
「例えば交友関係――」
「そうだったわね。あなたっていつもぼっちで可哀そうだったものね」
と、即座に反応する。
それはもう偉そうに堂々と楽しそうに。
「自分の気持ちに素直で、『助けて』って言ってないのに勝手に私たちを助けちゃって」
「、、、俺がやりたくてやっただけだ」
「それを自由って呼ぶのよ」
「そう言い切れるのがすげえな。感心しちまう」
「あら、馬鹿にしているの?」
「いいや、お前はつくづく恐ろしい女だなって思っただけだ」
と。
そしてやってきた電車に乗り込む。
「そういやさ、お前の親父さん元気か? お前の創った石鹸で毎日風呂に入ってんだし」
席に座って、羽月に渡した石鹸を思い出しながら言う。
使ってみるのが楽しみだ。
「ええ、すこぶる元気よ。痛めた腰も、今では完治しているわ」
「それは朗報だな。あ、京都駅に着いたらなんか買っていくか。会ったのも事後処理の後の一回きりだし、、、親父さん、何が好きだ? 和菓子か?」
と、何の考えもなく。
昭和生まれの親父さんは和菓子が好きだろうと。
偏見にもそう簡潔に言ってのけた。
「和菓子なんて食べないわよ。お父さんもお母さんも」
「そうか? じゃあ無難にポテチで」
「それは無礼よ、バカなの?」
「――ならあれだ、高級なコーヒー豆でも持っていくか、好みの三人分」
財布の中身を見る。
まだ五枚ほど残っている。
「いいわよ、そこまでしなくても」
「でも好きだろ? 家族そろってコーヒー愛好家――そこは素直に『ありがとう』でいいじゃん?」
「あら、それなら先にあなたが羽月ちゃんに『ありがとう』を言うべきよ。そしたら私もありがとうって言ってあげるわ」
「ははっ、素直じゃねえなあ」
「お互い様ね」
――京都駅に着いた。
電車を降り、ホームを歩いて階段を進み。
改札を通り、塩小路通り方面のロータリーに向かう。
「、、、私はマンデリンのイタリアンロースト、お父さんはキリマンジャロのシナモンロースト、お母さんは、その、、、ブラジルでシティローストとハイローストをブレンドしたものよ」
「計四つね、了解」
塩小路通りに面した葛葉家具店。
そして隣のコーヒー専門店『芦谷珈琲』。
すでに閉店時間ではあったが。
両家の夫が旧知の仲ということもあり、時間外でも対応してくれる。
裏手のインターホンを鳴らして、光星は初めて顔を合わした。
ふわっとした旦那と、豪胆な嫁。
会計してもらいながら、笑って光星と華弓姫の関係をいじる彼女と。
それを穏やかに眺める彼。
凸凹夫婦。されどおしどり夫婦。
「えらく元気な夫婦だったなあ。つかなんで腹を殴った?」
恋人関係かと訊かれて、ただの知り合いと言い切ったことで横腹をド突かれたのだ。
だが飄々とする華弓姫、無視して家に向かった。
不機嫌にそっぽを向いて。
――到着した横長の家。二階建ての木造建築だ。
一階が店と工房で、二階が住まいとなっている。
今風のオシャレな暖簾が掛けられた表口ではなく、工房へ続く裏口へ。
華弓姫が鍵を開けて中に入り、工房に置かれた資材や新品の商品を避けながら階段へ進む。
奥へと続く店からチラリと見えた、オリジナル作品だけでなく家具店から卸した商品。
小物の品ぞろえもあり、壁には『オーダーメイド受付中』と張り紙もされていた。
だが活気がないというか、人気がないというか、どこか寂し気な印象――。
致し方なしと言わざるを得ない。事が起これば、当然客は離れるのだ。
しかしそれでもリピートしてくれている顧客に感謝である。
軌道に再び乗るまでの辛抱――店が潰れていないだけまだマシだろう。
二階へ上がって、華弓姫は戸を開いた。
「ただいま――」
「華弓姫ああああ、待ってたぞおおおおッ!」
野太い声を撒き散らして、戸を開けた華弓姫に思い切り抱き着く父親。
が、その膨れた腹へ一発拳をお見舞いしている。
「せっかくだし神多羅木、、、こ、光星を招待するわ。コーヒーでもてなしたいけど、好きな味とかあったかしら?」
うずくまる父親を無視して光星を招こうとして。
言い慣れていない下の名前を呼ぶ。
無理しなくてもいいぞ、とも思いながら。
光星は少し考えて答える。
「いや、今回は遠慮しとく。遅くなって羽月に心配かけんのもな」
きっぱりとそう言って。
少し項垂れる華弓姫。
「、、、そう、残念ね」
「今度来たときは必ず。まあ、旨いコーヒーを作ってくれよ」
と。
華弓姫の肩越しに、ソファにそっと座ってにこりと笑う母親と目が合い、丁寧なお辞儀をしてくれた。
光星も小さく会釈。
「あら、私よりもお母さんに気があるようね」
目を細める華弓姫に、光星はため息。
「いや、ただの常識だろ?」
「――もういいわ」
そう言って、踵を返す。
うずくまる父親に向かって、足を出した。
「何時まで寝てるの、さっさと起きなさい」
げしげしと父親を蹴り付ける様が何とも恐ろしい。
そうして頬を上げる父親もまたオソロシイ。
光星は理解することを拒否した。
別に知らなくていいことは知らなくていい。
そういうこともある。
鼻を鳴らして家に上がる華弓姫。
そして腹の痛みから回復していく父親。
目を開いてガバッと起き上がって光星の肩を掴んだ。
「命の恩人とはいえ、そういう関係はまだ早いッ」
またもケツを蹴り上げられる父親の図。
やはり理解したくないと、脳が叫んでいた。
色々な意味で。
「そんなことしてないで、彼を外に送り届けてあげなさい。私は豆を挽いておくから」
と、紙袋を片手にリビングへと入っていく。
姿を消して二三秒。
ひょこっと顔を出して一言。
「楽しかったわ、、、その、また」
そう言って、そのまま姿をくらましてしまった。
「おう、またな」
にまにまする母親。
黙る父親――。
そして一言。
「まだ早い」
そう言って、強引に光星の腕を引っ張り、階段を下りて外へ連れ出していく。
裏口に仁王立ちする父親と、向きあう光星。
これから喧嘩でもするのか、と言われても遜色ない緊張感が流れている。
「親父さん、あんたってほんとよくわかんねえなあ」
拗ねるような怒っているような嬉しがっているような。
言いようのない複雑な感情を宿した表情で、光星を睨んでいた。
「、、、、、、色々と感謝している」
そう告げた。
「?」
「君のおかげで、店は潰れずに済んだ。二人も無事で、特に華弓姫は君と出会ってからよく笑うようになった。本当に感謝している」
と、深々と頭を下げる父親。
だが光星は、特に気にした様子はない。
「ラインで何度も聞いたよ」
「それでもだ。何度でも言わせてほしい」
頭を上げない父親に、光星は膝を折る。
覗き込むと、真摯な顔つきで目をつむっていた。
「じゃあ、一つ頼まれてくれよ」
「ああ、君の頼みなら何でもいくつでも――だが娘はやらんからなッ」
クワッと目を開いてにらみを利かしていた。
本当にコロコロと表情が変わるせわしない人だった。
「もう騙されんなよ」
「、、、、、、それだけかい?」
「ああ」
そう嘘偽りのないような瞳を見て父親は困惑する。
だがそして、思い出したように急に憤怒して。
「夜道には気を付けて帰るんだぞッ!」
バタアンッ!
と、周囲に響かせるほどの勢い余った勢いで扉を閉めた父親。
あまりの突拍子な気迫に、光星も苦笑いである。
「ほんと、よくわかんねえなあ、、、」
と、光星は帰路に就こうとして。
もう一度振り返り。
扉に手を伸ばそうとして。
不自然に流れた涎に気づいて。
「、、、早く帰るか」
さっと拭って京都駅に向かった。
まだ二一時過ぎ。
眠気が来るのはおおよそ二十三時過ぎくらいだ。
歯を磨いて、ゆっくり数分深呼吸したのちに就寝する。
なのに、妙に頭が痛い。
痺れるような痛みだ。
満ち足りないような、脳全体を痺れさせられるようなイタミだった。
そして空腹感。
昼過ぎに感じていた空腹感と同じもの。
別段大きく気にはなっていなかったのに。
さっきたらふく羽月のご馳走を平らげたばかりだというのに。
もう腹が減った。
「、、、おかしい」
家に着いてからも、あの三人はずっと。
美味しそうだった。
何でもないふりをして押さえつけ、無視してきたが――。
ピロンッとスマホが鳴って確認すると、羽月からお遣いの催促だった。
ライオンの着ぐるみを着たかわいらしい白猫が、ガオ~と吠えたスタンプででかでかと貼られている。
「はいはい」
返信。
そして店に立ち寄る。
「、、、、、、」
だがずっと。
ずっっっと――。
人とすれ違うたびに振り返っていた。
とても素敵なにおいを嗅いで。
腹がなって仕方がないのだ。
「んだよ、、、くそ」
さっさと品を買い、運よく電車に乗って滋賀県へ。
――帰宅する人でごった返しだ。
通路を歩くとき乗客と触れるくらいの込み具合である。
むさ苦しいほどの匂いが充満していた。
――こ、ころしたい、、、
「、、、、、、」
唐突に。
身体の奥底から吹き出る衝動。
腹を、喉を、胸を押さえて。
一番後ろの車両へと移った。
壁に手を突いて、大きく息を吐きながら。
振り返り――元に戻す。
――おかしい、、、おかしい、、、ッ。
血の気が引く思い。
血の気が多くなる。
殺したい、あの柔らかい肉塊どもをぐちゃぐちゃに――。
食い殺したいッ。
周囲から怪訝な目を向けられながら。
落ち着かせるように深呼吸した。
――抑えつける。
滋賀県の県境を電車で越えた途端。
言いようのない不可思議な感覚が身体をすり抜けた。
風が吹き抜けるというか、幽霊がすき抜けるというか。
「、、、、、、な、なんだ」
チラリと周囲を見ると、皆、どこかボーっとした顔をしていた。
さっきまでとは全く違う――というか空気そのものような。
そして大津駅で次々と下りていく。
一人残らず瞬く間に――。
まるで終点に到着したのかと錯覚するほどに迅速な動きだった。
「あ??」
扉が閉まり出発して、一分もかからず膳所駅に到着した。
降りて。
駅を出る。
「なんだ?」
ガラリとしていた。
さっきまで人で賑わっていたはずの駅が。
いや町が。
静かすぎるほどに静かだった。
人も、タクシーも。
電車さえ車庫に戻ろうとしている。
コンビニにすら明かりも、無い。
誰もいない。
誰も見当たらない。
「、、、うっ、、、、、、」
喉の渇き、胃の痛み――。
空腹でもう我慢できないと。
けれど、見渡して安堵した。
「どうなって」
ピクッと気づく。
湿った冷たい風。麓にでも来たかのような肌寒い風。
夜空に雲はなく、ピンクっぽい少し欠けた満月からの、赤みを帯びた綺麗な月明かりが照らしていた。
不気味なくらいに鮮やかに、艶やかに。
コツンと。
足音が響く。
――ああ。
聞こえた方に顔を向けた。
――お前か。
鋭く研ぎ澄まされた感覚が言った。
珍しく緊張していた。
嫌な感じもした。
味わったことのない感覚。
初めて銃やナイフと対峙した時と似て非なるもの。
――解る。
コツンッ。
また足音して。
無意識に駆け出していた。
考える前に、自然とスタートダッシュを決め込んだ。
「、、、」
後ろから気配がする。
追いかけてくる。
――殺意。
――食欲。
「、、、」
歩道橋を渡り、小道に入って、建物の隙間を縫うようにして。
走る、奔る。
空き缶を蹴飛ばして。
砂利を踏み鳴らして。
――だが距離があけられない。
逃げられない。
「くそ、、、」
一般人なら、呼吸さえまともにできなかっただろう。
指先一つ、動かすことさえままならなかっただろう。
圧倒的で、おどろおどろしく、禍々しい――。
得体のしれない、何か。
――化け物。
知らぬ間に、高速道路へ入る麓を進み、その道なりを。
そして、大津IC手前の道を曲がって坂を登った。
梅林文化公園。
上って登って。
駐車場を越え、道を走り――。
気づけば、ポツンと。
目にした四階建ての建物に逃げ込んでいた。
「はッ、はッ、はッ」
階段を上って、上って、最上階。
その奥のオフィスらしき部屋に隠れ潜んだ。
機材や備品は一切無い。小ぢんまりとした、殺風景な部屋だ。
ガラスのない小さな窓から差し込む光が、まるで救いの光のよう。
ただの月光。
縋る気持ちだった。
壁にもたれて、息を噛み殺し、口を固く閉ざす。
早鐘のように脈打つ心臓がめちゃくちゃ五月蝿い。
その脈音、息遣い、汗のにおい、体温――。
この埃くさい廃墟にいくつも残した靴跡もまた――。
位置を探られてしまう。
早く、早く落ちつけッ。
と、言いきかせる。
けれど解っていた。
こうして隠れる意味がないことくらい――。
「あはっ――」
「ッ!?」
振り、返る。
窓の外。
浮いて、いたッ。
「ああ、やっぱり」
少しだけ期待していた。
《それ》が、人間でないことを。
祈るように、願っていた。
当てが外れなかった。
「見~つけた♡」
人で無し。
月影の影響で、《それ》がかろうじて[人]のシルエットをしていたということだけは。
――理解できた。
次回は2月13日です。
ご愛読ありがとうございました。
よければ、いいね、ブクマ、星評価、感想等いただければより励みになります。
誤字脱字があれば仰ってくださいね。
今後とも、よろしくお願いいたしますm(__)m