17 処す
17話目です。
宜しくお願い致しま~す(__)!
――明け方に近づいた頃。
光星はマンションへ戻ってきた。
結界内の問題点はすべて解決したとそう思って良い。
だが結局はその場しのぎ。
どれだけの人間の悩みや苦痛、苦労を取り除いたとしても。
最高にして最悪の原動力――欲望には無意味なのだ。
それを識ってなお誰かを助けようと、罰しようとする光星もまた。
――まだ『人間』であるという証明。
自宅前に到着し、ポケットから鍵を取り出して開錠する。
悪びれる様子も無く堂々と中へ入っていった。
玄関先に仁王立ちしている羽月。
とってもいい笑顔で、目の下に隈を創りながらお出迎えしてくれていた。
んふ~、とそれはもう満面の笑みで。
――まあそうだろうなあ。
と。
「ただいま」
「お・か・え・り♡ 遅かったね?」
「連絡はしたぞ」
ラインで一言――。
【遅くなる】という端的な連絡だ。
「うん、そうだね。でも――どこでなにをして、いつ帰ってくるのかとか何も書いてないし、その後のラインに返信してないよね? それにアストレアさんはどこ?」
と、ドスの利いた低い声。
気の弱い人なら一発でアウトだ。
「先に帰ったはずだが?」
茶臼山公園全域を修復したのち。
千代と佳代を家に帰して。
散歩がてらに大津市を廻って。
マンションに戻った。
――今は屋上でのんびりしているはずだ。
せめて羽月に顔を出していて欲しかったところだが。
何かと気まぐれである。
仕方あるまい。
「、、、、、、女性を一人で帰らせたの?」
と、光星とアストレアの事情なんて知る由もなく、怒気を殊更膨らませて。
「、、、、、、」
「、、、、、、」
無言の圧力。
もう、言わなくてもわかるよね? と言わんばかりの冷たいまなざしに、光星はぶるっと震えあがった。
「悪い」
「ん、いいよ~。でも、アストレアさんを先に探してきてね。見つけるまで帰ってこなくていいから。因みに二回目だからね?」
右手を差し出す羽月に、光星はそっと家の鍵を渡した。
そして素直に回れ右をして玄関を出ると。
バタンッ!! とドアを盛大に閉められた。
当然施錠もバッチリである。
「はあーあ」
光星は無言で、マンションの階段を上り始める。
一段一段踏みしめるように上って行った。
最上階まで少しばかりの時間を要したが、すぐにアストレアに会うよりはマシである。
二十四階を上りきり。
屋上へと繋がる階段を上り切り。
頑丈な鎖まで巻き付けられた鉄のドアを幽霊のようにすり抜けて。
「御前の妹君は恐ろしいねえ」
と。
扉のすぐ横で片膝を立てながら座っていたアストレアが。
青白くなりだした空を見上げながらそう言った。
「まあ、羽月を心配させた俺の責任でもあるからな」
光星はそちらに見向きもせずに。
扉に背を預けて座り込んでいく。
太陽が完全に顔を出すまで数分。
地平線の山の向こうから徐々に明るくなっていく光景はまさに爽快だ。
光の筋が天へ伸び、キラキラと虹色に輝く様。
初めて焼かれた時にも見た景色だ――心なしか、手足が震えている。
「最初だけさね。すぐ慣れる」
と、ニヤニヤ笑って光星を見ていた。
ふるふる震える姿は彼には珍しい。
「五月蝿い、、、」
この恐怖――。
存在そのものにかかわる本能的な恐怖――。
言葉に覇気がない。
「太陽は、生きる物には恵みと温かみを与え、命無き者には苦痛と虚無を与える」
語る口調は清々しいほどに爽やかだった。
恋焦がれて夢見る少女のような顔をして。
羨むようにその地平線を見つめていた。
懐かしむように、その向こう側に広がる光を想像していた。
「なんつう顔してんだよ」
「叶えられない夢に想いを馳せる――誰もがすることだろう?」
「嘘つけ」
「本当さね。もう一度陽の光を存分に味わいたい、本心さね」
そう言われて、少し黙る。
「それよりどうだい、あたいの芸術作品は」
と、指をさす。
屋上の中心地。
そこに巨大な十字架があった。
肉塊の十字架になった――武史。
パッと見ただけでは、どこにどのパーツが使われているのか分からない。
縦二メートル横一メートルの大きな十字架で。
真っ赤に染まった血肉をそのままに、無理やりくっつけて完成させた代物であった。
十字架の天辺には武史の心臓が無造作に突き刺し込まれており、今も鼓動を響かせている。
そしてその表面の縦横に並ぶは――光星がその場で殺さなかった様々な化物たち。
動物型から人間型、魚型や虫型。
この結界内に潜んで害悪を振りまく存在たちだ。
それらをアストレアが、躊躇いもなく骨で打ち付けたり、腸で吊り下げて太陽に向けて拘束している。
さながらトーテムポールのような装いに。
色々な意味でセンスを感じる。
「ああ――文部科学大臣賞は確実だな」
胡坐をかいて、それを見つめる光星。
その胸中は、満足感で満ち溢れていた。
「見せしめにもちょうどいい」
この土地で悪さをする奴はこうなる、という警告。
余程のバカでない限りしでかすことは無いだろう、と。
“たすけてくれええええ、、、殺されるうううう~ww”
“ママ~ママ~?”
“殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すッ”
“クスクスクスクス、アたしは、オかしく、ナい、よ?”
“子供は何処? 何処? 何処なのおおッ”
“人間、、、ニクイ、死ね死ね死ね死ね”
“モット食べたいモット食べたいッお腹スイタあああアアア!”
化物たちの声。
まだまだ明瞭に聞こえる。
命乞いでもなく、助けを求めるものでもなく。
ただ欲のままに、本能のままに、語っているに過ぎない声。
「いやあホント、何もかもクソで愉快だなあ」
と、光星は彼らをじっと見つめていた。
「そういう『世界』さね。理解したか?」
「はっ、元よりこっちの世界も散々だ。どっちもどっちだよ」
「、、、」
「、、、」
空がどんどん白くなっており、太陽の筋が空を本格的に駆け巡っているのを。
二人はしばらく無言でじっと眺めていた。
――そして。
「そろそろ戻るさね」
立ち上がるアストレアに。
光星も立ち上がる。
「ああ」
と、先を譲る。
アストレアが入り、後を追うようにドアをすり抜けた。
階段をゆっくり下りていると、鉄のドアに付いた小さな鉄格子から光が勢いよく差し込んで。
寸でのところで、光星の頭上を通り過ぎる。
――ドアの向こう側では。
この世のものとは思えない断末魔が聞こえていた。
次回は5月の8日です。
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