15 治療
十五話目に突入ですね、折り返しが来ましたよ!
頑張りまする(__)
敵を目の前にして背を向けるという行為。
動物であれば全力で逃げるというのが自明である。
だが一方で、相手を舐め腐っている意思表示にも成り得る。
今回の場合は後者、そのあまりの愚行。
もはや弁明してやる価値がない。
「阿保が」
光の如く、いや光そのものとして。
秒速三十万キロで移動して刹那で彼らの間に割り込み。
――武史の睾丸を蹴り潰した。
股間を押さえて地面をのたうち回っている姿は滑稽。
生物的にはあまりに無防備な内臓だ。
筆舌しがたい痛みなのは言うまでもない。
「そうなるのを望んだのはお前だ」
光星はつまらなそうに武史を見下ろして、振り向いた。
びくっと震える二人の少女。
正直なところ、光星はこの二人に呆れていた。
「お前ら、何したか解ってんの?」
勇気ある行動――。
自分たちに危害が及ばない距離を取り、注意を向けさせようと敢えて草を握った。
光星を手助けするために起こした行動と決意。
――だが蛮勇だ。
真っ先に死んでいたのは間違いなくこの二人である。
褒められたのものではない。
だがよほどの信頼関係が無ければ実行に移すのも不可能なのは確か。
やり過ぎもいいとこだ。
さっきまでガタガタ震えていた二人とは大違いである。
「まあ、意味ねえけどな」
別に援護なんて無くても武史を同じく地面に沈めていた。
見ても見なくても、構えても構えていなくても。
変わらず油断していたのだから御するのは容易い。
触れたわけでもないのに二人の口を塞ぐガムテープが剥がれた。
乱暴に後ろ手に縛られていたロープと足首のそれらには裂け目が入り、バラバラになる。
先に言葉にしたのは千代だった。
「べ、別にいいじゃない、そうすべきと思ったのは私たちなんだから」
勝気な顔つきをしており、やはり度胸があった。
「少しでも勝機を作った方が、私たちが生き残る可能性は高くなりますから」
凛とした顔つきなのに、佳代も随分と肝が据わっていた。
――戦うために行動したと。
「ふーん」
そう言いつつも、心の中では感心していた。
生きるためなら何でもする、それくらいの度量が無ければどの『世界』でも無理だと。
「にしても随分とヤられたな」
二人とも片脚を折られて足先はあらぬ方向を向いている。
佳代は服を裂かれ、顔に傷まで負っているのだ。
精神的苦痛も想像を絶したはずである。主に恥辱と屈辱を。
「あ、、、」
ようやく気づいたのか、顔を少し赤くして胸元とスカートを隠す千代。
急いで動いたせいか、折れた脚にビシリと痛みが奔る。
呻く佳代。
心配して少し動いた千代も脚を押さえていた。
二人とも脳内麻薬が切れた証拠だ。
「そうだなあ」
と、解決策を思い付いていた矢先――。
「クソがあああああッッ!!」
復活した武史が、しゃがむ光星に差し迫ったのだ。
わざわざ大声を上げて、だ。
わざわざ知らせる必要もないのに。
二人の悲鳴が飛ぶが、光星に焦りはない。
「なあ、アストレア」
背後も見ずに半身を後ろにズラして肘を打ち込み、『氣』を打ち込み、腹にめり込ませた。
後方へ盛大に吹き飛んでいき、木々をなぎ倒しながら地面に接触することなく。
公園内のグラウンド方面へと姿を消す。
当然だが重傷だ。
とはいえ吸血鬼――死んではいないだろう。
「こういうのどうなるんだ?」
という、識った上での単純な質問。
「ああ、ちょっと代謝が良くなる程度さね」
という、気軽な返答に。
光星は、だろうな、と頷いた。
「、、、なあ、お前らどっちがいい?」
小首をかしげる二人。
「唾か血か――それでお前らの怪我はすぐ治る」
そう言われて。
顔を見合わせる。
少し顔が引きつった。
「「、、、、、、」」
自分の鍔や血でさえ汚い、もしくは気持ち悪いと感じることがあるのに、まして他人のそれなんて生理的にも耐えられないだろう。
――数秒見つめ合って、佳代が代表して言った。
「ち、血で、、、お願いします」
苦渋の決断であった。
「はいよ」
と、光星は自身の指先を爪でひっかく。
流れ出たそれを、先に佳代の足に当てた。
彼女の体質は、千代のそれに比べて強くない。
ゴリゴリと音が鳴って、みるみる脚が元に戻っていく。
自然治癒ならぬ強制治癒による痛みに、佳代は力強く歯を食いしばっていた。
だがそれは、十秒ほどかけて完治した。
「、、、、、、あれ、痛くない、、、?」
立ち上がって触ってみたが。
全く痛みを感じないし、むしろ快調だ。
そして傷だらけの顔も何事もなく綺麗さっぱり。
別に各部へ付ける必要はないらしい。
「んじゃあお前も」
同じように千代にも塗る。こちらは五秒ほどの時間で治ってしまった。
彼女は立ち上がると、その場で脚上げを数回繰り返して体調を確かめている。
「、、、あれ? ねえ佳代、少し肌ツヤ良くなってない?」
そう言われて、ペタペタと顔に触れる佳代。
「え、あ、ほんとだ、、、なんか潤ってる? 千代もなんか、、、肌がきれい、、、?」
そう言われて、千代も自分の顔に触れた。
二日前から気になっていたニキビも綺麗さっぱり消えていたのである。
「脚も綺麗になってる、ほら、つるっつるッ」と興奮状態で声を上げた。
服の裾や袖をめくって触り合いっこして。
そうして、わいわい騒ぎだす女子二人。
血を付ける付けないで大層抵抗を感じていたのに、今は瞳を光らせて光星に詰め寄ろうとしているのが何とも逞しい。
ぶるっと逆に悪寒を感じて、光星はさっと彼女たちに背を向けた。
と、背後でブーブー文句を言う二人。
今では光星の身体に興味津々である(他意はない)。
アストレアに視線を向けるが、彼女は知らんふりして月を眺めていた。
――薄情だった。
タンッと一歩飛んで、逃げるように宙を駆ける。
おおっ、と二人が声を上げていたがすぐに聞こえなくなった。
木々を文字通りすり抜け、グラウンドへ降り立つと。
その足元には武史が倒れ伏していた。
「、、、あ、、、、、、」
腹が今も凹み、治癒が間に合っておらず、内臓は破壊されている状態だ。
全身の骨も粉々に砕け、神経もズタズタで伝達もままならず、脳も瀕死している。
まるで芋虫――それよりも酷い動きでピクピク震えていた。
「拍子抜けだ」
放ったのはただの肘撃ちではない。
内部からの崩壊をも目論む、『氣』だ。
あらゆるすべてに通ずる『氣』。
その流れを一つでも乱せば人間なんてすぐに体調を崩し、石は脆くなり、花に至ってはすぐ枯れる。
では、その流れを満遍なく破壊してやればどうなるか。
それがこの有様だ。
この程度の吸血鬼はもはや回復すら見込めないという。
女子二人を相手して時間稼ぎさせてやっても、その百分の一も修復されていない。
――たすけ、、、
聞こえた声。
命乞い――。
「これではただの弱い者いじめさね」
いつの間にか横に立ったアストレアが、腕を組んで武史を見ていた。
「吸血鬼としては下の下よりも下らんが、こうして一向に治癒しない状態は久しぶりに視るさね」
「、、、、、、『久しぶり』か」
「ああ、御前が今使った氣功術の達人がね、似たようなことをやっておったよ」
光星が人間の時は不完全な技だった。
出来てマッサージに活用できる程度で、羽月の入浴後にはよくしてやっていたが、吸血鬼に成ってよりはっきりと理解して――理に至った。
今なら巨岩を一突きすれば簡単に真っ二つにできる自信だってある。
だから試しに、今回は手加減して使った。
結果はこの様である。
「仙人もまた、化物と相違ないからねえ」
「仙人、、、いつか闘りてえな」
と、期待に満ちた気持ちで。
冷ややかな視線を武史に戻した。
「さて」
いつどこでどんな人をどれだけ殺してきたか。
老若男女、合わせて百一人。この二年間でよくもそれほどの人間を食い殺せたなと。
はじめは食うために、それが弄びながら食い殺すようになった腐った性分。
つい最近じゃあ、純潔ばかり狙っていたようで。
「ただ殺すだけじゃあ、報われねえよな、、、?」
武史の周辺を漂う負のエネルギー。
言わずとも、それらが誰の気持ちでどんな感情を持っているかなんて。
正直感じない方がいいし、識らない方がいいのかもしれない。
だが光星は敢えて受け止めた。
「俺はこいつにも成れるんだよな」
ぎろりと武史を睨んで。
「あまり気持ちの良いものではないぞ?」
「だろうな」
光星が何を考えているのかを汲んで、アストレアが助言する。
光に成れる――なら他者にも成れる。
人に成り代われる。
だが、人で無しを極めた人格性と人間性を持つ者に成る必要はないと。
無駄だと言い張る彼女に、光星は首を振った。
切るという動作もなく手首を自傷した光星。
虚ろな目の武史に頭から血液をぶっかけた。
髪も顔も真っ赤に染めて、壊れかけのマネキンがまるで逆行するように再生していく様。
数秒。
武史の再生能力を大幅に上回る速度にてその重傷は一気に快復し。
むしろ武史本来の能力を上回った完全な状態で再生された。
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今後とも、よろしくお願いいたしますm(__)m