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カタラギ《ヴァンパイア》  作者: 天壌カケル
13/29

13 識る者

さて十三話目ですね。

宜しくお願い致します。

――夜八時以降。

太陽がすっかり沈み、窓からの日差しが完全に消えたのを見計らって。

アストレアはトレ兼客間から出てきた。

昼に比べるとすこぶる元気な様相。

無気味なほどにニコニコ顔で扉を開けた彼女に、光星は露骨に嫌悪を浮かべた。

逆に羽月は、まるで尻尾を振る犬のようにキラキラした瞳だ。

――対照的な反応。

頭を撫でてデレデレに蕩ける羽月を見せつけ、凶悪に口角を上げるアストレアに、光星がカチンときたのは言うまでもない。


晩御飯――アストレアにとっては朝食――を済ませて。


「――で、何を教えてくれるんだ?」


屋上にいた。


「焦るな焦るな、まだ夜は始まったばかりさね」


羽月に、夜の散歩、と言って無理やり家を出てきた。

アストレアのフィルターで別の理由にすり替えられるなら、簡潔にそう言った方がマシだと。

居酒屋やキャバクラなんて単語に変更されては堪ったものではない。


「まどろっこしいな、早くしろ」


イライラして催促。


「口の利き方がなっていないが、躾のなっていない犬を屈服させるのは楽しいからねえ。洗脳されたことにも気づかず残りの人生を生きる御前を見るのも悪くない」


「くたばれ変態」


そうニヤニヤと笑うアストレアに、光星は頬を引きつらせた。


地上百メートルを超える高層タワー。光星が住むマンションのその屋上。

当然、関係者以外は立ち入り禁止で、風速十メートル近い風が押し寄せ、時には足を掬われるほどの強風が吹きつけるその場所、だが平然と柵を乗り越えて外壁の端に降り立っている。

ちょっとでもバランスを崩せば地面へ真っ逆さまにもかかわらず、その強風を受けて尚、何の弊害もなく直立していた。

すぐそこの航空障害灯の淡い明かりが、二人の横顔を赤く染めている。


「気分が悪いんだ、さっさとしろ」


「そんなに妹を取られたことが悔しいか?」


満月を過ぎた月から差し掛かる、綺麗な月明かり。

街灯が無くても周囲の風景が良く見えるほど街全体を照らしていた。

人の行き交いがまだ多い。

まるでお祭り騒ぎ。


「ぜってえぼこす」


「ははっ、やれるものならね」


舌打ちを盛大にかまし、光星は視線を逸らした。

息を吸って、吐く。


「さて、何から始めようかねえ」


顎に手を当てて考えるアストレア。

数分と長考する彼女に。

光星は仕方なく待った。


「まずは五感から、、、そうさねえ、聴覚からいくかね」


と、一分以上の時間をかけてようやく口にする。


「――――目を閉じ、音を聞くことだけに専念しろ」


始まった。

アストレアによる直々の指導。

――光星は、目を閉じる。

息を吸って、吐いてを繰り返す。


「このマンションの人、風、電気、機械、、、すべてに耳を傾け、あらゆる音を磁石で手繰り寄せるように、複数の耳をイメージして聞くさね。身体すべての器官、はては細胞までも利用して音を拾い上げ、脳へと送る。そして細胞一つ一つに脳があり、そのすべてを並列させて思考を巡らせ、物事を瞬時に知り得て判断できるよう感覚を掴むさね。まるでその場にいるかのように聞き入る」


――きく、、、


「そして視覚。これも同様に、眼球は二つしかないという見識を捨て、身体すべてに目があるとイメージしあらゆる視覚情報を処理する。壁の向こう側、建物の向こう側、地平線の向こう側を、千里眼を彷彿とさせるほどに、見下ろして見上げて、真横で観察して、すべてを見透かして見通す感覚で見入るさね」


――みる、、、


「――嗅覚はすべてのにおいを全身で、触覚は他人が他人を触っているのを自分事で感じとるように、あらゆる質感と重量感を直に感じとるように、味覚は舌を使わなくても触るだけで十分味わえる。今ある思い込みや考えを捨て、すべてを把握するだけでよい。周囲への感覚を拡げ、その範囲に集中し、そしてまた広げては集中する――」


――かぐ、、、さわる、、、あじわう、、、。


「――――第六感。これは少し特殊だ。まず霊、魂、龍、悪魔、神――こう云った類は確実に現世に存在している。それを知覚するさね。難しいなら、生きた人間を感じとればいい。相手の中に潜り込むイメージ。相手は自分、自分は相手、個は他を、他は個、一は全、全は一、故に存在しない、故に存在する。感情も、考えも、心も、知識も、記憶も、真理さえも――識れる。他人の記憶を操作することも、身体を変化させることも、吸収することも識れる。その存在力――神にすら届く」


「、、、、、、」


正直なところ、言われていることは普通だ。

セミナーとかでよく聞く――考えるな、感じろ、とほぼ同じ。

インチキだ、と言えばそれまでだが、必然そうした言葉でしか表現できないと。

『感じる』――『勘じる』。

だからインチキとして売り出されるのもまた事実で、世で言うスピリチュアル、占い、風水――。

だが――。

そうした世界に身を置き、真に感じることができたなら。

それはインチキではなく――真理になる。


「、、、案外多いもんだな、、、、、、識らなかった」


耳を澄ます。悲鳴と心の叫び声    ――と、楽しく笑い、喜びを分かち合う会話。

目を見開く。暴力が振るわれる光景  ――と、手を取りあい助けあう光景。

鼻を利かす。血と涙の絶望の匂い   ――と、明日と未来への希望の匂い。

肌を滑らす。痛みや血の流れによる死 ――と、努力と悩みによる生の実感。

舌を転がす。苦渋と屈辱の苦い味がする――と、折れない熱量と闘志の辛さ。

世界を視る。後悔と破壊と【死】   ――と、安寧と秩序と【生】。


「、、、、、、」


感じる。解る。識れる。

言葉で、文章で、絵で表現できる領域じゃあない。

こんな〈世界〉。

伝えることなんて不可能だ。


「そうか、、、」


空を見上げて、月を凝視した。

太陽の光で輝く綺麗な月。

拡大、拡大、拡大。


「月の表面って、なんかゴルフボールみたいだな」


隕石によって抉られた無数のクレーター。

何十億年という年月をかけて形成された現在の月。

みんな綺麗だなんだと言う割に、あまりドラマチックな歴史じゃないな、と――。


「ああ、よく分かった、、、よく理解できた」


どこか虚ろな、移ろうような瞳で。


「こういうことだよな」


みるみる拡張されていく光星の力に。

さすがのアストレアも目を見張った。


――早すぎる。


元より光星の内に宿る才量には、驚きを超えて恐怖さえ覚えていた。

物分かりが良すぎるなんて表現だけでは言い表せない力。


「他はどうだ?」


地面の下を流れる下水や川、地下水の汚れや冷たさと静けさ、その中の微生物の動きや働きを感じ。

鳥や虫が羽を広げて空を舞う感覚や地上をどう見下ろし観察しているのかを体感し。

街を離れた山や琵琶湖の生態系がどう縄張りをもち、何を食べ何を考えているのか識る。

そしてアストレアを見て。


「―――お前ってすっげえ強いんだな」


と。

赤く染まった瞳を。

拡大し続けるあらゆる刺激に浸りながら。

吸血鬼がなぜ化物のトップになり得たのか。

吸血鬼は生きる命そのものだと。

摂理であり、理法であり、因果であると。


――光星は顔を下に向けた。

マンションの百メートル下に転がる一ミリにも満たない塵が、もはや目の前にまで見える。

歩く人の気持ちや考えが、手に取るように、いやまるで自分のように感じる。


「こんなもんか」


識って。

光星は息を吐いた。


「御前は本当に、物分かりが良すぎて困るさね」


アストレアはケラケラと笑っていた。


「成績表で言うと、いつも平均【三】を獲得している生徒だぞ?」


だが光星はまだアストレアのすべてを識れない。

真意を読み取れず、解らない。


「たかが勉強の話をしているわけじゃないさね」


「そうか、なら俺の中を勝手に覗くんじゃねえよ、殺すぞ」


「はは、それは恐ろしいねえ――日常生活で平気でよく使われるその単語、発言するには覚悟が足りないと、理解しているかね?」


「俺の言葉は重い。お前が一番よく解っているはずだ」


「そうさねえ。本当にあたいを殺しそうな勢いだ」


強い風が吹き、二人の髪をなびかせる。


「まあいい」


光星は数百か所以上の地点に目を向けて、ニヤリと笑う。


「せっかくの機会だ。全部解決しちまおう」


パンと手を叩いた。


――行き先は単純。

とある一軒家。

一人の子供と、共働きの両親がいた。

二人そろって子を虐げる家庭内暴力。始まったのはつい一か月前。

だがある朝子供は目を覚ますと。

両親が爽やかな笑顔で「おはよう」と出迎えてくれた。

その間の記憶はない。まるで夢を見ていたかのような感覚。

両親もどこか夢を見ていたという。だが忘れたと。

夢の最後に現れた全く知らないお兄ちゃん。

知らないうちに「ありがとう」と呟いていた。


「――端から端まで探せば案外いるもんだな」


起こっていない事件は事件ではない。ニュースにすらならない。

――だが眼下で行われているストーキング行為。

女性が小走りで逃げていた。


「弱肉強食の縮図さね」


「ああ」


そう。

人が言う弱肉強食は、まさしく。

技術、知恵、知識を総動員しようが、結局はそこに帰結する。

実はわかっていながら、わかっていない部分。


「こんなことしても、根本的な解決にはならんが?」


「俺がしたいからやっている」


「物好きな奴さね」


タンッと家の屋根から飛び降りて。

二人の間に割って入った。


「お前、不憫な奴だよなあ」


と、変態男に声をかけた。

殺気立って明らかに不機嫌そうな彼に、だが近づいてその額をチョンとつついてやった。

それで終了である。


「あ」


蚊の鳴くような声を出して、後ろ向きに倒れた。

コミカルな漫画のワンシーンようにバタンッと。

受け身も取らずに気絶した。


「一分後に目を覚まして警察署へ出頭し自白。後悔しながら罪を償う、、、ほんと簡単だな」


こうやって洗脳及び記憶操作してしまえば、凶悪な事件も、迷宮入りした事件も一発で解決できるという無常。

悪用し放題やり放題。はた迷惑を超えて害悪もいいとこだ。


驚いて振り返る女性に、光星はひらひらと手を振ったが、女性は小さく悲鳴を上げて逃げていく。


「恐ろしいことを平然とやってのけるさね」


「平気で人間を食い殺す奴が何言ってんだ」


アストレアが言いたいのは、躊躇が無さすぎることだ。

他人に対する、そういった扱いが。


「ま、御前は元からそういう奴だからね。今さら口にすることでもないか」


この時点で既に百人以上、ここ三十分にも満たない時間で、だ。

やることは単純――ねじ伏せて洗脳するか、記憶を改竄もしくは消去するだけで、戦闘になることの方が珍しいくらい平和である。

だがやりようによっては簡単に戦争を引き起こすこともできるため、搾取することも殺させることも、案外難しくもなんともない。

――簡単すぎて眠気を催すレベルだ。


「俺より弱い奴であればあるほど強く作用し、力量差のない奴には大きく通用しない、、、お前に対してまだ不可能なのが残念だ、アストレア」


その眼が語る。

報いを受けて死ね、と。


「ふふっ」


その視線を正面から受け止めて、アストレアは上機嫌に笑う。


変態男が目を覚ました。

と、同時に二人はスッと姿を消して傍の一軒家の屋根から様子を見る。

変態男は起き上がり、辺りをキョロキョロと見渡して。

額を押さえながらフラフラと近くの交番を目指して歩いて行った。


「それじゃあ次は――」


「成ってみろ」


「あ?」


いきなりの奇怪な発言。

咄嗟に反応できず、声を荒げた。


「気づいているだろう?」


アストレアは明後日の方向を見て言った。

気づいているか? ではなく、気づいているはずだ、というただの確認。

勿論気づいている。

化物が一人、獲物を運んでいることくらい。


「ああ、すぐ動く必要はなかったからな」


「はっ、それでトラウマにでもなったらどう責任を取るつもりさね?」


「責任? 記憶を作り替えりゃあそれで済むじゃねえか」


黙って――。


「、、、くはははッ」


高らかに笑った。


「頭のねじがぶっ飛んでいるさね」


「、、、? それで解決できるんだし、直せるんだから気にする必要ねえじゃん」


識ったのだから。理解できたのだから――できるのだから。

その程度の遅延どうってことないと。

何の引け目もなく堂々と言い放った。


「ああ、笑った笑った」


目元の涙を拭って。


「光だ、一瞬で近づいて追い詰めろ――できるな?」


と、挑発してくる態度。

華弓姫もそうだが、光星のペースを平気で乱しに来る。

平然として息をするように。


「ちなみに、あたいは既に御前のすべてを理解しているさね」


「言い方が病気だぞお前」


「戦闘狂で露出狂のくせして何を言う。あたいらの初夜を思い出して見ろ。あの腹の奥から熱く滾る激しい夜のことを。御前の裸は何ともいさまし――」


と言いかけて、アストレアは首を傾けた。

光星の拳が――あった。

空気が震えていない。

衝撃がない。

けれど。

当たっていれば、人間なら容易く絶命している威力。


「ちゃんと光に成っているじゃないか」


ニヤニヤとアストレアが笑う。

光星は小さく舌打ちした。


「気配や力も抑えておけ、良い練習になる。まるで幽霊でもなるかのようにね」


「ほんと何でもありだなあ」


と、光星とアストレアの姿が消えた――。

世界が刹那で線になり、横方向へ飛ぶ認識を辛うじて。

ビルや家といった建造物をすり抜け、衝撃波を出さずに、自動ドアや人感センサーライトに反応することなく。

ある場所に止まった。

一瞬だった。

光とはまさに。

そして――。


「ほれ、標的は目の前さね」

次回は3月10日です。


ご愛読ありがとうございました。


よければ、いいね、ブクマ、星評価、感想等いただければより励みになります。


誤字脱字があれば仰ってくださいね。


今後とも、よろしくお願いいたしますm(__)m

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