12 猶予
十二話目です。
そろそろ折り返し地点ですかね。
頑張りまする٩( 'ω' )و
目が覚めたのは、翌日の昼。
目覚まし時計は正午の時刻を差していた。
「、、、、、、」
昨夜の戦闘が嘘のような平和な寝起き。
だがボーっとしながら秒針を眺めて。
一秒一秒過ぎ去るのを、秒針を眺めるだけという無駄な使い方で昼を迎えた。
「、、、、、、」
夏休みでも早寝早起きは当たり前だった。
六時過ぎに起床して、それよりも早い羽月と一緒にトレーニングをする。
そして風呂に入って朝食を済まし、ゆったりと散歩する。
部活の日は昼までの二時間程度で終わるため、光星は早朝から昼まで動きっぱなしであるが、疲れが溜まることはほとんどない。
――息を吸い、吐く。
だが身体がダルい。
ダルくてダルくて仕方なく、力を入れても脱力する感じだった。
パンクした自転車のタイヤに空気を入れても、一向に膨らまないのと同じ感じ。
手ごたえを全く感じない、吹き抜けるようなダルさだった。
昨日の夜と同じ寝巻を着させられてベッドに横たわって。
ボーっとすること以外に、何もやる気が起こらないというのは珍しいことだった。
「、、、、、、」
一分経過。
たかが一分、されど一分――。
光星には一時間もの長い時間を過ごした感覚だ。
どれだけ暇で退屈で――どれだけ贅沢で裕福なことをしているのか。
ついつい考えさせられてしまう哲学的思考。
秒針の動きを覚え、時間を数えるだけの作業に切り替え。
光星は枕に顔をうずめた。
「、、、、、、」
二分が経過。
一分が経過してからさらに一分が経った。
が、一分を数え終えても新たな一分を数え始めるだけで、一分は一分であるという。
実質一分しか経っていない不可思議。
考えようによっては、二分の時間を無駄にしたと考えるより。
むしろポジティブで幸せになれる幸福論だと考えればよいだろう。
「、、、、、、」
五分が経過した。
さきほどよりもさらに三分の時間が過ぎた。
だが、覚えたはずの秒針の動きと数える思考にはズレが生じる。
五分と三十秒が経過している事実に光星は気づいていない。
自分はそれが正しいと思って数えていても、物理的で客観的な部分は何一つ見れないという主観的思考。
いや、むしろ、そのズレすら間違っているかもしれないと言う逆説的思考。
チラリと机上の時計に目をやった。
経過した時間は――ぴったし五分。
「、、、、、、」
下らない、と。
時計に背を向けて。
重たくなる瞼を静かに閉じようとした。
身体は依然、ダルいまま。
ずっとこうして寝続けられたらいいのに、と。
「――何をまた寝ようとしているさね」
「おふっ!」
唐突に光星の上に現れて、肋骨辺りにお尻で着地するアストレア。
重力に従って落ちてきた絶世の美女というご褒美。
男子なら一度は想像するロマンと妄想であるが。
実際はそれどころではない。
天井付近から的確に狙われた悪意。
ミシッという音と共に。
光星はベッドから転げ落ちて、胸の痛みに押さえた。
「お、お前、、、ッ」
ふふんと愉悦に笑う彼女を睨んだ。
鼻の奥に鉄のにおいが香る。
臓器のどこかに、折れた肋骨が突き刺さったのだろう。
とはいえ治るのは一瞬だ。気にすることは無い。
「せっかく『命令』して起こしてやったのに、また寝ようとする御前が悪い。罰を与えてやっただけさね」
鼻で笑うのが様になっている。
ベッドから見下してくる視線が妙に色っぽく見えてしまうのは、美人は何をしても様になるという真理故か、もしくは羽月の寝巻がピチピチであることが原因か。
「起こし方が雑なんだよお前は」
胸をさすり、痛みとにおいが消えたのを確認してから。
胡坐をかいて昨夜の最後を思い出す。
「確か俺、【死】んだんじゃなかったか?」
面で捉えてきたあの絶望的な攻撃。
突き出した拳の先が【無】になっていく感覚は最悪だった。
いや――最悪、と評価することさえ憚られるほどに何も感じなかった。
拳を突き出していた事実。腕を伸ばしていた事実。困惑しながら自身の身体が消えていくのを目の当たりにしていた事実。
「あたいが割り込んだだけさね」
遠慮なくつけつけと言い放つ。
「小僧にも言ったが、死合いではなくあくまで試合さね」
「、、、助けはよんでねえぞ?」
「羽月が奴に殺されてもいいと思っていたのなら、止めるべきでなかったか」
「、、、、、、」
口を噤む光星。
アストレアはニヤニヤ笑ってその様子を愉しんでいた。
「ま、そんなことはどうだっていいさね」
そう簡単に言ってのけて、光星の身体に指差す。
視線を向けると、今着ているのはまるで新品の寝巻だった。
色褪せやしわがほとんどない、真新しい雰囲気がありありと伝わってくるそれだった。
「ズタボロだったよな、、、?」
「あたいが復元したさね」
「、、、?」
「ま、百聞は一見に如かず」
と言うと、その足先から漆黒のヒールが現われた。
くるぶしを隠すように闇色の生地が浮かび上がり、膝へ、腿へとせり上がっていく。
「こんな風にね」
がらの無い無地のドレスだった。
身体のラインをはっきりさせるピッタリなサイズで、ベッドで波打つスカートもスマートですっきりしている。
ハリウッドの女優がレッドカーペットを歩く服装さながらのエレガントな印象をうかがえた。ダイヤのイヤリングとネックレスまで。
「服を買い替えたり着替えたりする必要が無いから非常に楽さね」
と、髪を耳に掛ける。
「その割には気合の入った衣装じゃねえか」
「これが? ふん、こんなのただのお遊びさね。本物の場所と物と者は、こんなもんじゃないよ」
と、あたかも体験したことがあるような口調で語るアストレア。
だがそれもそうだろう。
「そういやお前って、正確にはイタリアのどこ生まれだよ?」
「おや、あたいは言った覚えはないが」
「いや、わかるだろ? 印象や話の内容とか色々――あのエセ神父もそうだろ? がっつりキリストじゃん」
「別にどこでもいいさね――デリカシーに欠ける質問をするでない」
と、蔑む視線に。
「他の奴に言われたなあそれ。まあいいけどさ」
と、時計を見て、アストレアに視線を戻すと。
服装が元に戻っていた。
やはり羽月の身体付きと合わないため、寝巻が悲鳴を上げていた。
「ランチがお待ちかねさね。さっさと来い」
軽やかな足取りで部屋を出て行くアストレアを、光星はゆったりとした動作で立ち上がって出口へ向かった。
出ると、羽月がテーブルについている。
「あ、にぃにやっと起きてきた。ありがとうアストレアさん」
とても良い笑顔で、二人を待っていた。
自分の分には一切手を付けずに――。
「礼には及ばんさね。この寝坊助を起こすことくらいどうもない」
トレーニングルーム兼客間に赴き、服を着替えたフリをして出てくる。
――椅子に付いた。
光星は寝巻のまま、羽月の隣に座ってアストレアと対照的な位置で。
破壊された窓やテーブルが跡形もなく元通り。
引っ越しの際に傷ついた脚の擦り傷さえ再現されている。
「アストレアさんも、一時間前くらいに起きてきたばかりじゃない」
――そして目が覚めた時にうっすらと耳に残っていた言葉を思い出した。
『さっさと起きろ』。
親から言われる定型文的な言い方ではなく、もっと重みのある言葉を。
――主従関係というべきか。
――君主と奴隷というべきか。
「朝は苦手でね。でも、羽月の作るご飯は何度でも食べたい――せめてお昼ご飯だけでも、と少し早起きしてみたさね」
からかうように始まった二人の会話。
「ええー、早起きって言ってももう昼だよ?」
「あたいは夜行性でね。明るい時間は頭がボーっとするから嫌いさね」
「夜行性って、動物じゃあるまいしー」
と、くすくす笑っている。
「にぃにもおはよう。随分遅い起床だね?」
「ああ、ちょっとな」
と、ヘラヘラ笑って。
「いつも美味い飯、助かるよ」
と、口にした。
部屋全体を照らす照明。
カーテンは閉め切られており、壁一面の窓から太陽光は差し込んでこない。
夜の時間を過ごすのかと言わんばかりに遮光カーテンが引かれている。
その方向に視線を向けて、羽月は一言。
「んー、今日は雪が降りそうだねえ。アストレアさん、外出するときは傘持って行ってね?」
と。
「、、、やっぱ言うもんじゃねえな」
慣れないことはするもんじゃないと。
頂きます、と乱暴に手を合わせてバクバク食べ始める。
羽月はそれを見て可笑しそうに笑っていた。
「それじゃあ、あたいも」
昨日の夜と同じ服装で、姿勢を伸ばしながら。
髪を後ろに束ねて「いただきます」と、手を合わせた。
丁寧に箸を操って豆の煮ものを掴んで食す。
一粒ずつひょいひょいと摘まんでは口に運んで。
一つも落とさずに次々と――。
そして羽月お手製の味噌汁を飲む。
大豆を発酵させて一から味噌を作った特別性の味噌汁だ。
「あたいも随分と日本の味には慣れているのだが、、、ここまで美味しいのは初めてさね」
啜る音も出さずに器に口をつけてまた飲む。
光星も気をつけてはいるのがたまに音を立てて飲むところを、アストレアにはそれがない。
箸の持ち方もお手本のように綺麗で――むしろ日本人よりも日本人らしい。
「料理って、家庭的で友好的で愛好的だよねえ。食べるだけに留まらない不思議な力があるっていうか――それに、美味しいって言ってくれると嬉しくなっちゃって、また美味しい物を作りたくなっちゃう」
ニへッと笑って――。
「アストレアさんがねぇねになってくれたらもっと作ってあげられるよ♪」
という唐突な発言に。
聞いた光星は味噌汁を吹いた。
茶碗を置き、テーブルを拭いている。
愉快に笑うアストレアの声が響いた。
「何しているのにぃに」
「いや、お前こそいきなり何言って――」
「にゃおん」
「あ、シロウの分も持ってくるね」
膝に飛び乗って催促するシロウに、冷蔵庫へ向かう羽月。
開けて取り出したシロウ用のご飯――。
野菜や肉を適度に混ぜ合わせた自作のペットフードである。
細切り野菜、柔らかいブロック状の肉、ほんの少しの塩と牛乳程度の味付け。
肉の代わりに魚を混ぜる日もあるが、青魚や甲殻類等は一切含ませない。
「はい、どうぞ」
真っ白い全身の毛と、チョンチョンと眉の上にある二つの黒い斑点。
見たままのオス猫ということで羽月が名付けた。
名前を呼べば、気前よく「にゃ~」と返事をしてくれるあたり、自分の名前は素直に認識して受け入れている様子。
「にゃ」
フローリングに座り込んでパクパクと食べ始めるシロウ。
立ったままではなくわざわざ座って。
ガツガツと食べずに一口ずつ食べるところが羽月に似ている。
羽月はそんなシロウをニコニコして見守っているのが微笑ましい。
「お前、、、羽月になんかしただろ?」
「何か、とは?」
問う光星に、アストレアはニヤニヤ笑っていた。
「とぼけんな、いつもの羽月ならあんなことは絶対言わねえ」
「ああそれか。御前をここへ運んできた時に、『友達』としての認識を植え付けただけさね――御前と同じく意思の強い娘だからね。そう考えてもおかしくないのでは?」
「お前、、、」
と、険悪な空気が淀む。
「そう言うなら、自分で妹君の記憶を操作してやればいい」
言う通り――。
身体や服装の変化、超自然的な能力を使用することができるのなら、記憶操作や洗脳なんてものは朝飯前だろうが、光星にはまだできない。
「ま、どうせ今夜には御前に色々と教えてやるつもりだからね。あたいにも奴にも、勝ちたいのだろう?」
「、、、、、、」
「出血大サービスなあたいの指導を受けられることは、この上なく光栄なことだ。そんなしょうもないプライドはさっさと捨てることをお勧めする」
と、勝ち誇った笑みで。
「上等じゃねえか」
と。
睨みつけた。
「あ、また喧嘩してるのー?」
――曲解させた嘘の内容を聞いて。
だが間に入る羽月。
「なんで二人は仲良くできないの?」
純粋な疑問。
――わたしとアストレアさんはとても仲良しなのに。
そんな目をする羽月だが、それすらも嘘だというのに。
「、、、、、、まあ、こいつには借りがあるからな」
「アストレアさんに手助けしてもらったこと? そんなの持ちつ持たれつだよ。そうだ、代わりにわたしがアストレアさんに返しておくね♪ 料理とか、料理とか、料理とかあ~♪」
楽しそうに考え込む。
おそらくは晩御飯の献立、さらには明日の朝昼晩の分――等々。
頭の中は料理のことで一杯なのだろう。
――自分が一体何と対峙して、何と話しているのかも知らずに。
「ああ、期待しているさね」
そんな曖昧な返事。
光星は、彼女の奥底にある真意を測りかねていた。
次回は4月3日です。
ご愛読ありがとうございました。
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今後とも、よろしくお願いいたしますm(__)m