11 思い通り
11話目ですねえ。
よいよいよきよきm(__)m
「よくこっちを見れましたね~ってか?」
罵倒の含んだ明らかな嫌味。
ジョーカーの首が百八十度、捻り回っていた。
その眼に映るのは、頭部に短剣を突き刺したままの光星。
「仕方ねえから元に戻してやるよ」
さらに百八十度回転。
計三百六十度。
一回転。
「俺、アサシンとか目指せるんじゃね?」
そしてそのまま蹴り飛ばす。
背骨が折れて、くの字に吹き飛んでいくジョーカー。
結界に加減なく叩きつけられた。
「で? 誰が弱いって?」
「、、、ふん」
ゴキンと首が戻り。
コキコキッと背骨の治る音を聞きながら振り返る。
光星が蹴りの姿勢を保ったままジョーカーを見据えていた。
「、、、私目が油断した」
「言い訳すんなよ、反応できてなかっただろ?」
と、光星は小さく笑った。
「ふふっ――普通ならもう少し掛かるはずなのに、、、やはり始祖様は素晴らしい」
と、光星の言葉には全く耳を貸さずにアストレアを見つめた。
「、、、まあいいか」
頭部から抜いた短剣を、捨てる。
佇まいを直し、ジョーカーを睨みつける。
「死ぬのってやっぱ変な感じだが、もう首飛ばされてもいけそうだ」
「――余裕ぶるな半端者」
短剣が地面を打つ前に。
回復したジョーカーが目の前にいた。
「そりゃあ余裕だからな」
落ちる短刀を手に取って下から切り上げてくるのを。
光星はパシッとその右手首を掴んで受け止める。
「ふッ」
そして掬いあげるように下から豪脚を繰り出し。
ジョーカーの腹部を蹴り上げ、掴んだ腕を引き千切りながら数メートルも宙に飛ばす。
腕から大量の出血を迸らせながら。
「ああ、痛いなあ」
感慨深く呟いて。
ピタッと。
ジョーカーは宙で止まった。
「確かにさらに速くなったな」
空から糸で引っ張られるように、空気の壁に立つように、光星を見下ろしていた。
「だがまだだ」
引き千切れた腕はボロボロと消失し、その腕が彼の身体から再生され。
そして無造作に振るった。
「ッ!!」
唐突な横からの衝撃に面食らいながら。
湖岸に沿った長い公園の端にまで。
寝巻が地面に引きずられてボロボロになっていく。
「死ぬのが変な感じ、か」
ふわりと地面に降り立って、光星にゆったりと近づいていく。
「それは人間の価値観だな」
腰の短剣を手に取る。
「私目は一度でも、『死』んだかね?」
起き上がって睨みつけてくる光星に、ジョーカーは笑う。
新たな短刀を抜き、シャリンともう一方と擦り合わせて火花を散らした。
「化物の【死】は消滅を意味する。魂の欠片も残さずに、この世からただ消えるだけ」
と、ジョーカーの話を聞きながら。
光星は理解していた。
「――念動力も厄介だが。その剣」
「――そう、聖女の加護だ」
「はっ、そんな武器を使わなきゃ勝てません、ってか?」
「安い挑発だな」
――姿が消えた。
背後から気配。
迫る刃に、光星はバック宙返り。
「――不意打ちにしては気配が消えてねえな」
アクロバティックにまた首を折る。
着地。
「俺とよく目が合う」
「はは、アイコンタクトは世界では常識だぞ?」
ジョーカーは首をその位置のまま身体を反転。
「殴る蹴る、折る――それくらいしか能がないのか貴様は」
と、煽るジョーカーに、光星はわらった。
「ちょっとばかし時間がかかったが、少し解ってきたところだ」
愉しそうに。
「解ってきた? 何を解った気でいるんだガキが」
「んー、まあ、あんたの技を真似してみるかって」
「私目の真似をする――それは随分と大層な嘘を」
ゾルゾルと、光星の身体が不自然に動く。
「、、、ほう」
沈んだ。
街灯の明かりの影に。
潜り込んだ。
――へえ、なるほど。
真っ暗な中を進み。
視えるもう一つの出口に向かって。
アストレアのすぐ横へ。
「これは驚いたさね」
忖度のない純粋な驚きを露に。
光星も自身の変化に小さく頷く。
「俺もそうだ――」
そして掌を前にして、握り潰すようなイメージで。
「俺もお前らと同じ吸血鬼だぞ?」
「ッ」
ぐしゃり。
と。
ジョーカーは自身の右腕を見る。
肩先から腕が潰れていた。
血が噴き出る。
「、、、、、、ああ、素晴らしい」
一秒もかからずに元に戻るが、その光星の驚異的な成長に目を張る。
「何ぼけっとしてんだ」
スパッ。
修復した腕が飛ぶ。
スパッ。
もう片方の腕。
スパッ。
スパッ。
スパパパッと。
「ほら、、、お前がやったことだ。俺の脚をさ」
握りしめる『影』。
鞭のように操り、縄跳びを振り回すようにして。
胴を、脚を、首を。
乱切りに。
バラバラと落ちた。
「仕切り直しだ、さっさと立てよ」
挑発。
聞いて、ジョーカーはおもむろに笑った。
「ふはは、そうでなくて」
クツクツと笑う。
「まさかここまでとは、、、確かに面白い」
血肉が引っ張られるようにくっついていき。
手も使わずに直伸のまま立ち上がって。
「半端者にしては良い出来だ。私目も流石に驚いたぞ」
歩く。
光星もそれに合わせて。
円状に。
光星とジョーカーの立ち位置が変わった。
アストレアはそこから少し退いている。
「これに耐えられたら褒めてやろう」
ジョーカーは首から十字架のペンダントを取り外し、ポケットの中へとしまった。
優雅にゆったりと、余裕のある動きで。
光星には十二分すぎる時間だ。
だがすぐには動けなかった。
――ぞわりと、身体に奔る嫌な予感に。
恐ろしさに。
この恐怖心は、太陽に焼かれるのと負けず劣らない。
危険だ、危険すぎるッ。
「これだから雑魚は困る」
震える身体に力を入れて、歯を食い縛り、無理やりに大地を蹴る。
「そうだ、その意気だ――」
空気が一変した。
――死の香りがした。
声を張り上げ、拳を握るも。
「解放」
「てめえッ――」
ゾンッッッッッッ。
光星が駆けてくる前面。
結界の内の端に至るまでのすべてを呑み込んで。
――消し飛ぶ。
「」
言葉も悲鳴もなく――。
血と内臓が飛び散り木っ端みじんになるわけでもなく――。
唐突に跡形もなく。
消えていた。
ごっそりと、パソコン操作で切り取られたように。
遊具も植物も土地も湖岸も全部まるごと。
「ふふっ」
【闇】が、蠢いていた。
抽象的で概念的な闇ではなく、何かこう煙のような霧のような空気のような。
はっきりと目で捉えられない、あまりに曖昧で説明のしようがない何か。
そこに在ると認識させるだけの、凄まじい気配は存在する。
無――まさしく無。
無闇。
パッと、【闇】が取り払われた。
真っ黒な気配。
するするとジョーカーの身体へ消えていく。
「大人げがないねー小僧」
振り返る。
ぷッと吐き捨てた煙草を。
ジョーカーの影が獰猛にも口を開けてすりつぶした。
「何故ですか? 何故、私目の邪魔をするので?」
アストレアの手に浮かぶそれを見た。
意識の存在しない――光星の血。
隣り合った時に密かに回収していただろう代物。
「――死合ではなくあくまで試合さね。やり過ぎは良くない」
「私目ははじめからそのガキを【殺】す気でいました。それを容認していたからこそ、こうして闘わせていただいたと考えていたのですが」
「ああ、、、それは悪いことをしたね。ただの正義感の押し付け合いだと思っていたから、まさかそこまでこいつを憎んでいたとは考えが至らなかった――」
――と。
アストレアは自身の腕を引き千切り。
それをジョーカーの足元へ放った。
「詫びと取引さね。一日欲しい。どうせなら――完全体になったこいつと闘い、完全勝利をもぎ取ってこそだと思わないか?」
というその態度。
交渉にしてはやけに上から目線だ。
――今回は身を引いて後日に改めろ、と。
ジョーカーにとって今光星を仕留めることは絶好の機会だ。
完全な戦闘不能となり。
後はその血と魂を蒸発させるのみ。
簡単な作業である。
普通なら突っぱねるだろうこの取引。
だがその価値を知る者には。
――そう。
ジョーカーは隠す気もなく歓喜した。
まさか神にも等しい存在自らが。
格下相手に謝罪と譲歩を行っているという、虚数にさえ匹敵する究極の機会。
それも完全勝利という美酒まで提供するという、血肉を分け与えて力の底上げまでサポートしてくれる破格を越えた度外な超好条件。
これを至福の極みと言わずして何と言おう。
「、、、ふふ、ここで突っぱねてしまうのはあまりに勿体ない。しかし恐れ多くも不肖の身である私目から一つ――」
「ああ、その時はあたいの眷属として迎え入れよう――約束は違えないさね。低級の吸血鬼の眷属、しかしその身に宿した才を発揮させ、されど溺れず、弛まぬ努力を重ねて辿り着いたその境地――惚れ惚れするさね」
「そう言って頂けただけでも十分報われております――こちらからも後日贈り物を差し上げましょう」
丁寧に美しい礼をして。
影にアストレアの腕を沈めた。
後ほどゆっくりと、密かに堪能するために。
「ああ、楽しみにしているさね――」
――と、身を引いた。
敵意はあれど、殺意や戦意は綺麗さっぱり消えていた。
それはもう清々しいくらいに失せていた。
懐から手帳を取り出して、ペラペラとページをめくっているほどに。
「その間、雑用をこなしに行きましょうか」
雑用。
吸血鬼狩りをその一言で済ますのがまた恐ろしい。
「明後日にはまた来ます、では――」
そう言い残して。
スウッとジョーカーの姿が薄れていき、完全に消えた。
闇夜に紛れるかのように、溶け込むように。
「期待を裏切らない小僧だ」
と、光星の血を見た。
魂のほとんどを削り取られた、未熟すぎて甚だしいそれ。
だが普通なら、こうして【血】として維持することなく消滅している。
魂の原型を保てなく、魂の根源を繋ぎ留められなく――。
ああ、その魂。その在り方。
――格が違う。
「さて」
ポケットから二本目の煙草を、その再生した腕で取り出し。
火をつけて、吹く。
「――始めるかね」
ボロボロの公園と光星の家に視線を移し――。
少しだけ力を開放した。
次回は3月27日です。
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今後とも、よろしくお願いいたしますm(__)m