10 半端者
十話目ですね。
まだまだ続きますm(__)m
――バリイインッ、と。
飛び出る窓からの影。
寝間着姿のまま。
光星は湖岸沿いの公園へと落ちていく。
「、、、、、、ちっ」
くるっと空中で軽々と回転して体制を整え。
着地と同時に土埃を舞わせるも。
すぐに風に運ばれて空に消えていった。
公園で散歩する人、運動する人、休憩する人――。
皆一堂に驚いて見向きして。
だが数秒後には、何事もなかったかのようにその場を後にしていった。
「威張るな、生り立てのルーキー。まともな吸血鬼に成れていない半端者の分際で、私目に勝てると思っているのか? 不愉快だ」
もはや誰もいなくなった公園で。
瞬きをした時にはもういた。
テレポートの如く、すでに居た。
「やってみねえと解んねえだろ?」
驚きはしなかった。
それくらい吸血鬼なら当然だろ、と。
何の疑いもなく受け入れていた。
――だが何より、戦力や経験値は素人同然。
ジョーカーの言う通り光星が劣っているのは事実で。
あるのは、眷属としての強力な腕力と、光星が持つ元々の地頭だ。
「嗚呼、、、この屈辱的で不愉快極まる胸中。貴様を八つ裂きにし、杭で心臓を串刺し、十字架に縛り上げ、明日の朝日にて燃やし尽くしてやる。始祖様の隣にいる貴様を、何も想っていない貴様を、早く、早く早く――」
ジョーカーが語るアストレアはまさしく崇拝だ。
これこそが宗教と言わんばかりの敬愛に満ちた――模範的な姿。
「、、、あっそ」
けれどずっと、何を言っているのかさっぱりだった。
宗教が如何に人を惑わせ、かつ救いを齎すのか解っている。
だがジョーカーが告げた言葉には何も響かなかった。
薄っぺらい、あまりにも薄っぺらい。
まるで愛を感じない、自己愛に塗れたただの自己中心的な考えだ。
光星はただただ――。
ため息をついた。
「――始祖、とはよく言ったものさね。今のあたいより強い者はそこら中にいるだろうに」
と、電灯に寄りかかっていたアストレア。
煙草を手に取り、火を点けている。
「何を仰られますか。この二十一世紀に入った今でも、貴女様を超える者は存在しておりません。始祖様は今なおもこの世界における王なのです」
と。
だがアストレアはつまらなそうに。
煙草を吹かす。
「――慰安旅行の最中、下等で愚かな人間どもと対話した。はじめは忌避感しかなかったが、やはり話し出すと案外面白くてね。地球の隅々まで散歩して、色々と興味深く奥深く物事を確認して、直に体験してきた。お前も出張先で散歩してみるといい。いつまでもあたいに固執するな、他に関心を向けるべきものはいくらでもある」
「では、共に世界を回って頂きたいものですね」
「、、、ああ、それならゲームや映画鑑賞してる方がよっぽどマシさね。いや――」
光星を見向いて、ふっと笑った。
「それ以上に、厄介なものを背負わされてしまってね――だが、これが案外面白い。他にかまけている暇なんてないんだよ」
と。
「、、、、、、そうですか」
ジョーカーは空を見上げ。
再度光星を見た――。
大切な人を犯罪者に奪われたかの如く。
深い深い憎しみの込められた、殺意に満ち溢れた目をしていた。
「――日本支部から派遣されたのは、私目一人。それだけで十分という上の判断と、私目もすぐ片をつけて帰還する気持ちでこの地へやってきた」
「あ?」
そして膨れ上がる緊張感。
戦争のはじまりが近い。
「やめだ。貴様の関わる全てを破壊し尽くしてやろう。備考欄に『特筆すべき報告なし』と提出するためにも、友も家族も記録も記憶も、何もかもすべて――始祖様の眷属とはいえまだ成って間もない素人。力のコントロールができていない今、早急に終わらせてやる」
「ほざけッッ!」
先に動いたのは光星だ。
「だったらお前のを全部奪ってやるよッ!」
地面を蹴り、土を爆発させ、数メートル先のジョーカーへ一秒と掛からず肉薄した。
打拳。
その凄まじいスピードに乗せた身体全体を、さらに地面へと踏み込んで加速加重――あらゆる関節を稼働させてさらなるスピードへと至らせて拳を打ち放つ。
爆音。
爆撃。
正確無比の正拳突きが、ジョーカーの胸元へと吸い込まれた。
めり込む拳。
バキミシと骨と肉を断つ音。
そして爆散する血肉。
芝生の上へ、宙へ、遊具へ。
勢いよくぶちまけられる。
ザザアアアと。
べちゃぐちゃっと。
余波で、光星が住むマンションが下から崩れた。
――ということはなく。
空気砲から放たれた空気が最後には消えていくように。
アストレアが事前に展開した、公園をぐるりと囲い込む結界。
――人が消えていったのもそれだ。
結界に触れた直後にその衝撃が霧散したのである。
「、、、、、、」
光星は見下ろし、告げる。
「死んだふりはどうでもいい。さっさと起きろ」
ぐにゅぐにゅと蠢く肉片。
その飛び散った血肉が空気に溶け消え。
――芝生から頭が生えてくる。
「ええ、勿論」
ズルリと。
何事もなかったかのように。
立っていた。
「もう少し芸のある技を見せて欲しいですね」
だがズブリと、剣先がいつの間にか腹に差し込まれていた。
「、、、ッ!」
全く見えなかった――。
吐き出す血液。
「見抜けないのか? 間抜けめ」
獲物が月光で赤色に煌めく。
「この程度か?」
新たな短刀が首筋を狙う。
その気配を感じ、後ろへ飛ぶ。
喉元は切り裂かれたが、首が別れるはなかった。
動脈から迸る大量の血液。
「うるせえッ」
反撃にと、後ろ回し蹴りをかます。
鳩尾を狙った一撃。
だがジョーカーは一歩下がっただけ。
「ふっ」
と、クスクスと笑っていた。
光星はすぐに態勢を整え、正面に対峙する。
「やはり人間の常識的範囲内だな」
「あ?」
だが、ガクッと。
崩れ落ちた。
重力に従って――横へと地面に倒れたのだ。
困惑の中に訪れる痛み。
――片膝がない。
ジョーカーの足元に、その脚先が転がっている。
「さて、私目はいつ貴様の膝を斬り捨てたでしょう」
「、、、、、、」
と、わざとらしい質問にイラっとしながらも、後ろ回し蹴り時だとすぐに思い至って。
だがジョーカーが短剣を振り斬る素振りは無かったし。
一歩退いただけで、それ以外は何もしていないはずだ。
「お前は弱いな」
と、ジョーカーの影が蠢いているのを。
暗闇に紛れる何か。
黒い影そのものを見て。
理解する。
「私目はね――闇が好きなのだよ」
踏みつぶされるのを光星は地面を転がって避けた。
ドンッと地面が踏まれると、陥没して蜘蛛の巣状にヒビが入った。
「すべてを平等に包む闇、そして影は『無』そのものなのだ」
立ち上がった。
立ち上がれた。
足が生えていた。
膝から下の寝巻は元には戻っていなかったが。
足はしっかりと元のまま。
だが、治りがほんの少し遅い。
斬られた時点ですぐ再生するはずのそれがコンマで遅れていた。
それを疑問に思っている最中。
「何も理解していないな」
「、、、ッ!?」
解消させる暇もなく、短刀が飛んでくる。
身体を後ろへ反らして避けるも、その短刀は急に進路を変え、光星の眉間へと飛んだ。
「が、、、ッ」
短刀の根元まで突き刺さる。
即死だった。
「やれやれ」
そう言って背中から倒れて虚ろに目をむいた光星に近づき、その死体を見下ろす。
復活しない、治癒もしない。
「始祖様、これが貴女の眷属なのですか?」
頭を抱えるジョーカーに対し。
アストレアに慌てた様子はない。
「そう、あたいの眷属さね」
指をちょいちょいと差して。
――よく見ろと。
「――――――?」
と、足元へ視線を戻す前に。
視界がぐるりと回った。
次は3月20日ですm(__)m
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