1 光星
なんか書きたくなった新しい作品、です。
どうぞごゆるりと。
8月13日――。
神多羅木 光星。十六歳。
滋賀県大津市在住の公立大都高校の一生徒。
八月十三日生まれの蟹座。血液型はA型。
幼少期の頃から人一倍正義感が強く、曲がったことが嫌いな性格だった。
夢は父のような警察官になることだった。
強きをくじき弱気を助ける。悪人をぶったおし、善人を助ける。
強い力は弱い者のために、強い奴をより強い力で打ち倒すために。
それが光星という人間の、在り方だった。
身近に助けを必要とする人たちを手伝って手助けしてきたのは、そうした信条からだ。
老若男女問わず、誰にも彼にも等しくそうである。
困っている人がいれば、苦しんでいる人がいれば、話を聞いて手を差し伸べる。
正直すぎるくらい、恐いくらい――何でもしたのが光星だった。
特に幼少期に起こった、いや起こした小さな事件。
幼稚園の帰り道。
通りがかった公園の奥で、男の子たちが嗤って女の子を叩いていたのだ。
小学生低学年だが、それでも光星より頭一つ以上の身長差がある。
そんな彼らが同年代の女の子に暴力をふるっている。
女の子は蹲って、涙をボロボロ流して泣いていた。
――普通なら、大人を呼びに行ったり、見て見ぬふりでその場から立ち去るのだろうが。
光星は違った。
一目散に走り出し、その中で一番身体が大きい子に飛び蹴りを食らわせたのだ。
倒れて状況確認する相手に、だが躊躇なく馬乗りになって、何度も拳を叩きつけたのだ。手心を加えることなく、激情のままに拳を握って。
鼻血を吹き出し、前歯も砕け、青あざができても攻撃の手を緩めず。
その子の意識を狩り取るまで続けた。
次の獲物をギョロリと捕らえる目は、まるで怪物のよう。
困惑と恐怖で一歩も動けない残りの男子に近づいて。
――腹を殴り、脚を蹴飛ばし、頭を踏みつけて容赦なくぶち嚙ましていったのだ。
一人の男児が、自分よりも身体の大きい男子たちを数分でのばしていく異常さ。
――ある種ここから、光星の『日常』はより決定的に崩れていったのかもしれない。
結局女の子はお礼も感謝もせず、上も下も濡らして逃げて行った。
女の子と仲良く帰路につく情景を思い描いていた光星にとって――荷物も放り出して公園の出口へ走り去っていくその姿を、だが漠然と受け入れていた。
それ以降、光星は空手や柔道と色々と打ち込んだ。
一番目の男の子を蹴り飛ばしたときに、自分の身体も後ろへ飛ばされたから。
加えて知識も蓄えた。
相手が混乱してくれたおかげで、運よく勝てたことだが。
どのように早く倒せばよかったのか、弱点は、攻め方は――そんな考えもなく奇襲したと気づいた時、言い様のない恐怖が頭によぎったのだ。
相手が喧嘩慣れしており、かつ武術を長けていた場合――負けていたのは光星の方。
そして暴力だけではダメだと、逃げ去った女の子を見て思った。
――もはや目に付いた不祥事にはなりふり構わずに。
脅しやカツアゲから盗みや殺しまで、年齢も上下関係も一切関係なく、一心不乱に飛び込んでいった。
中学に上がると、光星の行動はより際立っていった。
困っている人が、助けを求める人が居れば無関係であろうと助けた。
悪事を働く人間にはやり過ぎるくらいに鉄槌を下した。
――そうやり過ぎるくらいにやり過ぎて。
もはや光星を知らない住人や警察官がいないくらいに、普通に生活していても光星の話を耳にする日がないくらいに、府内中にその名を轟かせていた。
そして数ある伝説の中の一つ。
中学卒業の一ヶ月前。
借金を擦り付けられた見知らぬ男性の、その母と娘が肩代りに連れていかれそうになったのを乱入してぶん殴ったのだ。
全身骨折のオンパレード。生きているのが不思議なくらい。
で、翌日には街外れの古びた倉庫に呼び出されて、大人数から刀や拳銃に向けられて。
だが、臆することなく突っ込んでは、金的や目潰しを躊躇なく、奪った刀や拳銃でも応戦し、戦闘後には微笑みながらその全員に死なない程度に鉛玉をぶち込むという――悪魔のようなその所業を聞き及んで。
その界隈の人間たちを震撼させたという。
ついでに爪剥ぎや抜歯すらも行って。
――ついには『裏』の人間から、あいつはやべー、という最悪のレッテルを獲得したのである。
――そして十六歳の夏。
誕生日を迎えた八月十三日の朝。
夏休み終了まで残り十三日の晴れ晴れしい朝のこと。
晴天だった。
昨日の大雨とは打って変わった、雲一つない快晴である。
紫外線を多量に含んだ日光が、日の下を歩く全員を照り付けた。
コンクリートにすら反射するそれが、日傘の下から熱烈にも視界を焼きにさえ来るのは最悪である。
歩道や道路の脇に溜まった雨水にも反射して、青々とした空がその向こう側に映りこんでいるのは綺麗だった。
光星が座る、駅のタクシー乗り場の待合休憩所――。
少しでも暑さを誤魔化そうと明るい青色のネクタイを緩めているクールビズの営業社員。
母親に買ってもらった塗り絵に落書きをしてケラケラ笑う小学生くらいの兄弟が二人。
と、その絵を見て面白そうに微笑む母親。
中学生くらいの男子、高校生っぽい女子、赤ちゃん連れの婦人と。
――設置されたエアコンがいい仕事をしている。
駅前ロータリーのタクシー停留場と、その中央の小さな広場。
武将の銅像と、南国風の木が何とも馴染んでいる。
そこに駐車されていた一台の軽自動車が、最寄りの交番から出動してきた警官に違反切符を切られていた。
一般車駐停車禁止の標識が立っているのが見えなかったのか、だが滋賀県ナンバーで無かろうと違反は違反。法はすべてに平等である。
作業を進める警察官を、眺めるように眺める光星。
その視線に気づいた警官が、光星を見ると警戒を色濃く見せた。
光星は気にすることなくニコリと手を振って、手もとのスマホに視線を落とす。
警察官は一息ついて、何事もなく終わった作業を片して戻って行ったが、光星に向ける視線は警戒したままだ。
交番に戻ってもそれは続き、チラリとその様子を確認した光星。
「新人か」
スマホに戻す。
カメラ目線でアップに撮られた、威嚇するペットの白猫――を写すロック画面を開き、これまた毛を逆立てて怒りを露にする白猫の、そのホーム画面に触れてネットに繋ぐ。
5Gによって回線速度が上昇したとか、解像度が良くなったとか、世間ではあまり違いが分からないと言われるそれだが、スマホやPCを頻繁に活用する光星にとっては多大な恩恵を受けていた。
一瞬で開いた京都のニュース欄を見て、さして大きなニュースは載っていないことに息を吐く。
コンビニ強盗が入りました、程度の微々たる内容で、犯人は既に捕まっている。負傷者はいない。
だが大津市のニュース記事を見ると。
――善くない内容がチラホラと見受けられた。
「、、、、、、へー」
いくつかの記事に目を通し終えると画面を消した。
ポケットにスマホを突っ込んで、ガラスの向こうの四方に目を向けた。
この休憩所の外に、小さいミスト装置が設置されているため、少しばかり涼しいのは救いである。
タクシーがやってきた。
メタリックな黒色がかなりの高級感を醸し出しており、続々とやってくるそのタクシーに、みんな休憩所から足を出していった。
「そろそろだな」
腕時計を確認して。
扉をうまく開けられない、荷物を持ったおばあちゃんを手助けして、タクシーまで付き添いに行く。
「お」
階段を下りて駅から多くの人が顔を出した。
そのまま駅を離れていく人や、別の路線に乗り換えていく人。
送迎の車もロータリー内に流れ込んできた。
我先と空いている場所へと停車していく反面、出遅れた車も多い。
「来たな」
人だかりでも一際目に付く女子。もとい同級生。
葛葉 華弓姫。
人目を惹くというか、雰囲気というかオーラというか。
端正整った顔立ちでキリっとした目つきがまた綺麗だからだろう、周囲にいる人は勿論、エスカレーターで上がっていく人ですら視線を向けるほど、尾を引く感じで彼女を気にしている。
華弓姫を迎えに手を上げて、自身の居所を教えるが。
彼女はそのまま大都高校への道のりへ行ってしまった。
「は?」
追いかけて、肩を掴み。
「おい、どこ行くんだよ――」
と言ったところで口を閉ざした。
振り返った彼女が、何とも言えないジト目で殺気立っていたからである。
「私が連絡したら来て欲しい、って言ったはずよね?」
華々しく落ち着いた声。
だが、乗せられる声色は怒っていた。
「ああ、合流した方が早いと思ってな」
「そういうことではないわ。段取りというかペースというか、そういうことよ」
と、光星の手を振り払って向き直る。
水色とピンクのグラデーション掛かったミディ丈のスカート。
肘まで伸びた白のシアーブラウスが良く似合う。
肩にかけたレディースのウエストバッグがエメラルド色に輝いていた。
「やり直し」
「は?」
「二十分後に教室に来て」
――でないと。
と、自身の太もも辺りに手を伸ばそうとして。
「わかったわかった。二十分後だな」
光星は両手を上げた。
「分かればいいのよ」
踵を返して、踏切を越えていく。
その威圧的な背中を、光星は黙って見送った。
「ったく」
スマホの時間は八時過ぎ。
光星は反転し、面倒だな、と呟きながら休憩所へと足を運ぶ。
椅子に座って、適当にニュースや関連動画を見て過ごした。
ご愛読ありがとうございました。
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誤字脱字があれば仰ってくださいね。
今後とも、よろしくお願いいたしますm(__)m
次回は、1月16日0時0分に上げます。