殺し屋はハロウィンも忙しい
『正しい殺し屋の育て方』のハロウィンスピンオフです。
「トリック・オア・トリート!」
「トリック・オア・トリート!!」
カボチャ。吸血鬼。魔女。
さまざまな格好をした子供たちが楽しそうに街を闊歩していく。
「今日はハロウィンか」
陽気な街の様子に今日がそうであったと気がつく。
「……ん?」
しばらく街を歩いていると、小さな女の子が俺の目の前で立ち止まる。
「トリック・オア・トリート!」
「……」
女の子が元気に笑顔を向けながらそんなことを言ってきた。
「……イタズラは勘弁だな。ほら。飴玉をあげよう」
「わーい! ありがとー!」
ふっと笑ってポケットから取り出した飴玉を渡すと、少女は嬉しそうに飛び跳ねながら去っていった。
刑事であるところの俺はサービス精神も持ち合わせていないといけない。
「……」
だが、今日は刑事としての仕事ではない。
今日は最強の殺し屋『銀狼』としての仕事だ。
「……はぁはぁはぁ」
「……」
ターゲットが必死の形相で逃げる。
今回の依頼は森のなかを追いかけ回して恐怖を与えてから殺してほしいとのことだ。
本来はあまり細かい注文は受けないのだが、依頼人がどうしてもと破格の報酬を提示しながら頼んできたので引き受けることにした。
「……さて、そろそろいいか」
「ひ、ひいぃぃぃっ!!」
追いつめられた男が大木を背に青い顔をひきつらせる。
「わ、悪かった! ほんの出来心だったんだ! それに、あれは事故だった! この森で散々追いかけ回したが、あいつは勝手に足を滑らせて死んだんだ! 警察からも父親にそう説明があったはずだろ!」
男が何やら必死に言い訳をしている。
「……悪いが、そんな話に興味はない。俺はおまえを殺せと依頼された。だからそれを遂行する。それだけだ」
「ひ、ひいぃぃぃっ!!」
……ふむ。ハロウィンか。
「……デッド・オア・アライブ?」
「……ア、アライブ……」
「却下だ」
「ひぃっ!」
「トリック・オア・トリート!」
「トリック・オア・トリート!!」
帰り道。
相変わらず子供たちは楽しそうに街を練り歩く。
「……」
『銀狼』か。
「……俺も、あの子達とたいして変わらんな」
俺は一人でそう自嘲して家路についた。
「……で? これは何がどうした?」
家に着くと、そこには惨状が広がっていた。
真っ黒なコンロ。
散乱した生ゴミ。
壁には卵のようなものが投げつけられている。
そして、部屋中に恐ろしいほどに甘ったるい匂いが充満している。
「……ト、トリック・アンド・スイート」
部屋の真ん中ではイブが途方に暮れた顔をしてそう呟いていた。
「……おまえは毎日がトリックだな」
一仕事終えた俺は家に帰ってもまた一仕事しなければならないようだ。
「片付け終わるまでおやつなしだからな」
「そ、そんなご無体なー」
まったく。どこでそんな言葉を覚えてくるのやら。
そして、結局片付けが終わったあとにパンケーキを焼かされる羽目になるのだった。