我が半生について
6/12 23:51 加筆。
一人の女性がこちらと向き合っている。ところどころ傷みがあり汚れてはいるが仕立ての良いドレスを身にまとった高名な彫刻家が作りあげたかのような体、窓から覗く月光を受け銀色に優しく光る髪。その髪を際立たせるためだけにあつらえたかのような簪に釣り目がちではあるが強い意志を感じさせる青いひとみ、しかし違和感を感じさせるのは泣き腫らしたのか目元が赤い部分であろうか。されどその姿はあたかも月の女神をそっくりそのまま切り抜いたかのように美しかった。彼女が座るは華美な装飾はないが、しかしながら滑らかな断面から腕の良い職人の確かな仕事を感じさせる木の椅子。周りには同じく質素な寝台と、一つのエンドテーブル。そして数冊の聖典が入った本棚のみである。これらは質素ではあるが彼女の高貴さを損なうものではなく、むしろ彼女の美しさを際立たせている。だがやはり、この部屋と彼女という構図に違和感を感じさせるのは今現在も彼女をたたえている月の光の出どころである窓。そこに鉄格子がついている点であろう。彼女の名前は「アリア」。私の同じ年、同じ日、ちょっと早い時間に生まれた私の、姉である。
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「…アリア。久しぶり、元気だったかい?私の方は大変だったんだ。」
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「…カイン。私は疲れてしまったわ…。殿下はわたしのことなんて一度足りとも見てくれない。学園に入ったところで、それは変わらなかった…。これでも今まで頑張ってきたのよ?王妃教育のために学園が終わればすぐ王妃様のところに行って…。普通の女の子のような学園生活なんて送れなかった。それでも愛している殿下のためだと思えば苦ではなかったわ…。でもね、私が頑張っている間殿下はあの男爵令嬢普通に恋愛を送っていたの。私が送れなかった普通を、よ?極めつけはあの男爵令嬢を王妃にするですって…。…もう私疲れちゃった、あはは…」
私はそこで生まれて初めてひどい顔をしたアリアを見た。しかし、その顔はどこか既視感があった。いったいどこで見たのであろうか?
「アリア、すまなかった。私がもっと早く王都に来られていれば、君を幽閉させるなんてことはさせなかった。いや、もっと王都に意識を割いていれば・・・」
「いいの、カイン。あなたは悪くないわ…。あなたは学園に通う年とはいえ公爵なのよ?しかも、今は先代の後始末のせいで領地が大変だったでしょ?仕方ないわよ…。それにしても、まさか罪を擦り付けられるなんて…。殿下は私のこと、こんなに嫌いだったのね…」
「すまない、アリア・・・。本当にすまなかった。真犯人は調べがついているし、明日にはここから出してあげられる、それにあの男爵令嬢だって・・・」
「いいの!!!・・・・カイン、もう…。いいの…。」
そういいながら聞き分けの悪い子供に困ったかのように笑った彼女の顔は、やはり既視感があった。
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翌日、アリアが自刎したという知らせが入った。凶器に使用されたのは私がまだ公爵になったばかりのころに渡した、遠い東方の簪という髪飾りだった。そして思い出した、あの日彼女が見せたあの顔は死刑台に立った時の罪人たちによく似ていることを。
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アリアがこの世を立った翌月、王太子の新たな婚約者のお披露目会があった。私はこの国に4つしかない公爵家の当主であるため当然参加した。
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私はパーティーが嫌いだ。理由は様々あるが、一番の理由はうわさ好きの暇人どもが多く生息しているという点だ。私は来歴やそのあだ名から遠巻きに噂されることが多い、それに煩わしいという感情以外を持ったためしがない。
しかし、いつもはこの程度雑音と断じるが今日はやけに耳につく。
「・・・おい、見ろよ。東方の鮮血公爵だ…。この前も東方の馬乗りの野蛮人どもの侵攻を押しとどめたらしぜ、その戦いでも鬼気迫るように殺しつくしたとか」
「それだけじゃねぇよ、気に食わない副官を天幕で殺したそうだぜ、恐ろしい…。さすが、死んだあの女の弟なだけあるな」
「よく顔を出せたわね、身内が聖女様に手を出そうとしたなんて…。」
「私ならいくら四方公爵といえど出席できないわ。」
ああ、そうか。この場には私やアリアに対する悪感情しかないのか・・・。
耳に入る言葉全てがアリアや私に対しての悪意しかなく、ひどく疲れてしまう。
(・・・アリアもこんな気持ちだったのだろうか)
私はアリアが最後に疲れたと言っていたことを思い出した。
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パーティーが終わった後、私はアリアの墓を訪れた。私が冤罪を証明する前にアリアが死んでしまったため、彼女のことは罪人として処理されてしまった。そのため、遺体を領地に持って帰ることもかなわず、墓とは名ばかりの墓石一つを目印にその下に彼女の簪を埋めたのだ。場所は王都近郊の森の奥の湖のほとりだ。ここは公爵家の避暑地であり、夏に彼女がいつも遊びに来ていた場所だったから。私は花をそっと添え、祈りをささげた。彼女が死んでからなぜか一度も涙は出なかった。私はそれほど薄情な男だったのだろうか?
私は間に合わなかった。彼女と会った時にはもう全て終わってしまっていた。私ができることは悲しがることだけ。泣くことすらできない。
「・・・ここがアリア様が眠られている場所なのですね。」
どれほど時間がたったか、突然声を掛けられた。振り返るとそこにいたのは、聖女と呼ばれているあの男爵令嬢だった。
「これは…。本日の主役がこのような場所になぜお越しに?」
「私、あなたがアリア様の弟様だと聞いて、追いかけてきたのです。謝りたいことがあって、私はアリア様が無罪であることを知っています!!アリア様は突然聖女になった私に良くしてくれました!それに、一緒に殿下を支えていこうっておっしゃってくれました!!…彼女を救えなかった、私なんかよりもずっと聖女らしくて・・」
彼女の話は聞くに堪えなかった。彼女は別に何もおかしい話を言っていない。アリアの性格ならきっとそうするであろう。しかしながら、アリアが死んだ一因である彼女の口からアリアをほめたたえる言葉を聞いてもただいら立つだけだった。必死にアリアへの償いの言葉を言うこの女が妙に聖女らしく、鼻についた。
「・・・それに、公爵様だってもう泣いてもいいのですよ?先ほどからとても苦しそうです。気づかれていないのでしょう?あなた様はとても悲しがっておられます。惜別の涙は死者のためにあるのですから。」
(なんとも聖職者らしい言葉だ・・・。しかし、しかし・・・)
その言葉を聞いたとき、私の中で何か歯車のようなものが動く音が聞こえた。彼女に罪はない。真犯人の調べもついている。その点に疑いはない。しかし、彼女が聖女然として語ること、その全てがアリアのこれまでを否定しているかのようで、、、。
生きるものが死んだものに対してできることは泣くことだけだ。しかし、泣くことすらできない私はアリアにいったい何をしてやれるというのだろうか?
私はこの目の前の女に、そして王宮の王太子に復讐を誓った。
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戦火が色濃く残った森の中、泉のほとりにある大岩の前で男が一人祈っていた。
「アリア。もう終わったよ。憎い王家も、自分の罪を分かっていない聖女だってもういないんだ。見てよ、もはや君が知っている王国の土地全てが公爵領なんだよ、アリア。ねえ?すごいでしょ?アリア。なんで、自ら命を絶ってしまったんだい?私たちは同じ年の同じ日に生まれて同じ時間を共に生きてきたんだ。アリア、君は僕の半生だったんだよ?」
彼の魂からの慟哭は、さながら産声のようであった。彼は泣いていた。彼女が死んで、10年たってやっと涙が流れた。10年せき止められてきた悲しみの涙は夕立のように降り続けていた。雨は戦火に飲まれた大地を癒すだろう。確かに惜別の涙は死者のためのものであるだろう。だがそれ以上に生きるもののためにあるのだ。
読んでいただきありがとうございます。今回は短編ゆえに開示していない設定がいっぱいあります。ですので、もし気になった方は長編で書いてほしいとコメントしていただけたら幸いです。