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無銘退魔剣風帖  作者: 曼陀羅悪鬼
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第七話 初任務① 両儀

 5月となり、新生活を始めた人も一か月となりました。

 そんなわけで、刀堂無銘の新生活開始編です。


 刀堂無銘。神祇省構成員兼退魔士。

 刀堂家の封印から逃亡した妖魔の捜索と討伐のために活動。同時に神祇省の任務にも就くこととなった。

 そしてその責務から逃げ出さないように、神祇省から監視も付けられることとなっている。

 無銘の現状はそのようなものであった。

 今は神祇省から課せられた初任務の道中。鉄道に乗り、窓から流れていく景色を見ながら、目的地への道のり。

 席に座る無銘に向かい合うように座る者が一人―――首元で切りそろえた黒髪で前髪は左目を隠すように伸びている。黒い単衣着物に、灰の袴。腰にはバックルベルトを巻き、編み上げブーツを履いている。

 右目は二重で丸く、鼻は小さくすっきりとしており、どこか幼さや小動物のような印象を受ける。

 そんな人物の横には弁当の空き箱が四つ。さらには今も一つ、弁当を食している。見た目に似合わず大食いであるこの人物が無銘の監視を行う神祇省構成員、両儀(りょうぎ)と名乗っていた。


「……なぁ」

「んぐ。ふぁんふぇふ?」

「あ、いや、悪い。食い終わってからでいい」


 声をかけたが、米をかきこんでいるところであった。

 無銘は両儀が最後の弁当を食べ終えるまでに、初めて顔合わせした時のことを思い出していた。




―――――




 神祇伯と御三家当主に囲まれたあの重苦しい会合から解放され、無銘は刀堂の本拠地跡へと戻された。村雨の遺体を弔うために木々も人も燃えた灰の中を歩いていった。

 しかしすでに神祇省と火御門家の構成員により、残っていた遺体はすべて雑に火葬されていた。焼け落ちた屋敷に残っていた遺品も神祇省により分配のために回収されていた。

 やるせなさにその場を去ろうとしたところ、神祇省構成員の一人に止められた。

 無銘に対し任務を課すため、和泉に向かうよう指示を受けた。

 指示通り向かい、指定された食事処へと向かった。馬車を手配されたりはしなかったため、大和から歩きで河内を横切り、和泉へとたどり着いた。一日は時間が経ち、到着した時も夜であった。


「遅ぇ」


 第一声がそれであった。

 指定された食事処にいた神祇省構成員は一人の男。シャツの上に紺の着物を羽織り、袴を履いた書生のような恰好をしている。黒髪も自然に流し、長さも普通であり一般人のようにしか見えない。

 しかし、鼻を横切る一文字の傷痕が男が一般人でないことを示していた。

 無銘は男に睨まれながら、男の座る席に向かい合うように座る。


「遅くなり申し訳ありません」

「……ちっ。まぁ、いい。刀堂無銘だったな。俺は夏花(なつばな)だ」


 夏花は注文していた酒をあおり、話を始めた。


「てめぇの仕事は調査だ。東北の陸中の一部地域で住人が多数行方不明になっている。一度神祇省の構成員を送ったが、そいつからの報告も途絶えた。

 てめぇはその構成員の捜索及び行方不明者の捜索の引継ぎだ。どうせ構成員は死んでると思うがな」

「調査任務ですか」

「刀堂の無銘衆ならお手の物だろうが。てめぇの家は神祇省の管轄抜けて勝手に調査してたらしいからなぁ」

「……。ところで、この調査というのはそこの地域からの依頼があったのですか?」

「いいや。神祇省は日ノ本の妖魔すべての撲滅が目的だ。些細な可能性は自主的に潰す。民衆の意思は二の次だ」


 神祇省の行動方針を初めて聞いた。


「で、何か訊きてぇことはあるか?」

「一つあるのですが。自分は監視を付けられると言われたのですが、あなたがですか?」

「違ぇよ。俺は忙しいから帝都から離れられねぇんだよ」


 では誰が、と無銘が口を開く前に食事処の入口が勢いよく開いた。


「夏花様! お待たせいたしましたぁ!」

「うるせぇ!」


 入店した人物――両儀が店内に響くほどの声を上げる。対して夏花はイラついたように返す。

 店内には夏花たち以外にも数名客はいるため、何事かと夏花と無銘の座る席に視線が集まるが、すぐ反らされる。顔下半分を隠す覆面の青年と、鼻に一文字の傷痕がある男に危険なものを感じたのかもしれない。

 次いで両儀へと目が向くが、その手に持つものからまた目が反らされた。


「急に怒鳴らないでくださいよ、夏花様。これでも急いできたのですよ」

「そっちじゃねぇよ。てか、てめぇも遅ぇよ。何してやがった」

「いえ、こちらの回収の際に冬土(とうど)様が他にも色々と話をされていまして。それに付き添っていましたら、こんな時間に」

「あの黒目蝦蟇(がま)野郎……」


 夏花と両儀はなにやら冬土という人物について話しているが、無銘は知らぬ人物なので蚊帳の外である。

 その存ぜぬ人物よりも無銘は両儀の抱えるもの――一振りの日本刀に関心を向けていた。


「あの、それ――」

「あ、あなたが刀堂無銘様ですね。初めまして、わたしは両儀と言います。刀堂無銘様の監視役となりました」


 堂々と両儀は言った。

 まさか面と向かって朗らかに言われるとは無銘は驚いた。夏花は呆れたようにため息を吐いた。


「……今、この阿保が言った通りだ。こいつがてめぇの監視役だ。こいつと陸中に向かって調査をしろ。いいな」

「了解しました」


 無銘の返答に夏花はよし、と両儀へと目を向ける。


「では刀堂無銘様、こちらを」


 手に持つ刀を無銘へと渡してきた。

 無銘はそれを受け取り、鞘からわずかに抜き、刃を確認する。

 見覚えのある一振りであったが、これは無銘衆の頭が持っていた刀であった。

 無銘衆の頭が特別に帯刀を許されていた二尺ほどの一振り。銘在りの持っていた妖刀や業物と違い、何の変哲もないただの刀。しかし刀堂家の手により作られた一品であるため、良い刀である。


 しかし、刀堂家の武具はすべて水波羅家に回収される手筈であった。

 無銘の疑問には両儀が答えた。


「実は水波羅家よりお伝えすることがありまして……。

 刀堂家から回収された武具ですが、紛失していた物が三つありました」

「紛失?」

「はい。紛失していたのは刀堂竜雲様、虎徹様、村雨様三名の刀、そして刀堂家の宝刀ヒヒイロガネの剣。この四つが紛失していました。

 当主の水波羅桃源(とうげん)様より、この四つの武具の回収の任務を刀堂無銘様へと課すよう神祇省に要請がありました」

「自分の仕事がまた一つ増えるわけですか」

「はい。こちらの刀は桃源様より、譲渡するとの旨を承りました」

「……了解しました」


 刀を受け取り、席から立ち上がる無銘。

 では、と両儀が手を叩く。


「これからよろしくお願いします、刀堂無銘様」

「無銘でいいですよ、両儀さん」

「では無銘様。わたしのことは呼び捨てで」

「わかりまし「あ、敬語もいいです」わかった、両儀」


 それでは、と食事処から出ていこうとするが、夏花に呼び止められる。


「てめぇら、どうやって陸中まで行く気だ?」

「徒歩で」「え?」

「……鉄道使え。途中までは行けるだろ」

「いえ、手持ちが無いので」「わたしも無いです」

「……わかった。金は出してやるから」






―――――






 ということで、夏花より資金をもらい受けることとなり、現状に至る。

 

「よく食べるな」

「あと三つはいけますよ」

「資金が尽きるわ」


 弁当を五つ平らげながらもまだ入るという両儀。身長も無銘の肩ぐらいまでしかない小柄で細身な割によく入るものだと感心していた。ちなみに無銘の身長は六尺(約180㎝)である。


「で、陸中についてなんだが、神祇省構成員が行方不明になるまでの報告とかはあるのか?」

「えぇ、その行方不明者続出の地域なんですが――」


 場所は郊外にある山と森に囲まれた小規模の人里。

 山から流れる大きい川があり、文化的な生活、都市から離れているが比較的に豊かな場所であるということ。

 数年前まで水神を崇める信仰を行っていたということ。


「川に、水神ねぇ……」

「何か思い当たりますか?」

「いや、僕も妖魔退治を経験は一度だけだから、あまり下手なことは確定できない」


 川、水辺ということで思い浮かべる妖魔はいくらかいる。

 水神信仰というのも引っかかるが、今はたいした情報もなく現地に着かなければ始まらない。


 そう考えていると、鉄道が止まる。


「おや、陸中に着きましたか?」

「いや、ここは陸前だな。終点だ」

「へ?」

「ここからは陸中まで歩きだ」


 無銘は席から立ち、鉄道を降りる。両儀も急いでそれに続いた。

 そして、それを確認して降りる者が一人。

 二人が鉄道に乗り込んでから、それを見張るように次いで乗り込んだ者がいた。

 その者は二人に気付かれることなく、後を追っていった。




―――――




 結局、陸中へは着いたが目的地には到着しなかった。

 終点に着いたのは昼頃。無銘一人であれば自分のペースで歩みを進めて到着していたであろう。

 しかし、今の無銘は監視対象。監視者である両儀に合わせて行動しなければいけない。

 無銘は山育ちであり、刀堂家の修行を十五年余り続けてきた。それゆえ、戦乱時の当世具足を身に着け山を五座駆け抜けるほどの身体能力を鍛え上げていた。

 対して両儀はどうであるかと言えば、無銘にとって会ったばかりの人間であるためはっきりとはわからない。

 見たところから推測すると、服の上から見える体格は小柄で細身。歩き方からも何か鍛えている人間とは見えなかった。


 そんな両儀であるが――。


「う、うぇぷ……」


 横になって苦しんでいた。弁当を五つも平らげたので当然ではある。

 今いる場所は陸中の古宿。着いたのは日が沈んだ宵のうち。四畳の一室に布団も敷かず身体を横にして、口元を押さえている両儀。

 無銘は窓辺で茶を飲みながら夜空を眺める。両儀の呻き声に室内に視線を戻す。


(こいつ大丈夫か……)


 夏花が阿呆と言っていたのは、割と事実なのかもしれない。一応心配はしているが裂けた口が嗤っているようにしか見えない図である。

 心配とは別に無銘は少しばかり驚いていることがあった。

 現在両儀は横になっているが、細かく言えば腰のベルトを外し、上半身の着物は」乱雑にはだけている。というよりも、上半身はあらわとなっている。

 小柄な体格に見合った細い腕に薄い胸板。腹部も大した筋肉もついていない。無銘の鍛えている人間ではないだろうという推測は合っていたようだ。


「お前、男だったんだな」


 茶を飲みながら無銘が両儀へと話しかける。


「あ、女だと思っていました?」

「顔と服装からてっきりな。服は趣味か?」

「いや、まぁ、諸事情というか一身上の都合というか……」


 歯切れが悪い両儀に無銘は無理に話さなくていいと、夜空に視線を戻す。


「あの、無銘様。食事摂らなくてよいのですか?」

「お前の弁当代で消えた」

「え」

「嘘だ。今は飯食う気分じゃない」


 無銘の言葉に、一瞬固まった両儀が脱力するように笑う。

 とりあえず、今日はもう休み、明日からの調査へと力を蓄えることにした。

 目的地は陸中の水神信仰地、水子慈(すいこじ)村。


 

 


 


 

 両儀には色々性癖をつぎ込んでいこうと思います。

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