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無銘退魔剣風帖  作者: 曼陀羅悪鬼
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第五話 はじまり

 久々の投稿となりました。待っていてくださった方々、お待たせしてしまい本当に申し訳ありませんでした。前話は終盤の加筆をしていますので、そちらもぜひお読みに頂けたら幸いです。


 河内、刀堂街における退魔士認定試験についての報告


 討伐対象・空亡

 被害・男数人


 河内にある刀堂家の管轄地にて、同家の退魔士を騙る無法者数名により河内では華族・良家の子女の誘拐が多発。

 刀堂家の無銘衆の一人により、無法者は捕縛。

 その後、妖魔空亡が発生。

 発生は今回の子女の被害および十四年前の河内百鬼夜行による妖気、怨念、呪詛の残滓が要因と思われる。

 その発生源故、他記録に残る空亡よりも弱い個体であった、というのが無銘衆の見解である。

 空亡により無法者は死亡。その後、無銘衆により空亡は討伐。

 無銘衆は数人の男を単独で撃破し、対人戦闘は問題なし。対妖魔は対象が通常よりも弱い空亡であったが、被害を最小限に抑えたため、十分な実力を示した。



――――故に、刀堂家の無銘衆の一人を退魔士として認定して問題ないであろう、とこんな感じですかね」


 空亡討伐から二日。

 青年と秋水は河内で合流した茶屋へと、また席を共にしていた。


 討伐直後、刀堂街を後にし、被害者の女と秋水は病院へ。青年は軽く治療を受け、秋水の手配した宿で一夜を明かした。

 その後青年と秋水は警察から聴取を受け、また一日河内で過ごすこととなった。

 そして今茶屋に合流し、秋水は神祇省への報告をまとめている。


「こういう文書ってのは、こういう公衆の場では書かない方がいいのでは?」

「あぁ、これはすぐ処分します。私、一度書き起こして覚えておく質なので」


 青年の言葉にそう答え、秋水はマッチを取り出し文書を燃やした。


「あの~、お客さん? ちょっと店で紙燃やしたりは……」

「あ、すいません」


 給仕の娘に注意を受ける。

 娘も一昨日やってきた二人組に少し遠慮がち、というより訝しげであった。ただでさえ、覆面をして口元の傷を隠した青年と、痩せぎすの洋装の男。そんな二人が傷を負ってまた来店している。

 青年は軽傷のようだが、傍から見れば秋水の方は骨折して腕を吊り、吊っている腕の手は包帯が巻かれ指が欠けている。おまけに何か書いて、その紙をすぐさま燃やしていた。

 怪しすぎるので娘の中ではこの二人は何か悪い仕事をしている人間なのかもしれない、いやそういう世界の人間なのだろう、と決定づけていた。

 面倒ごとはイヤなのでさっさと帰ってほしい、と思いながら注文された茶菓子を並べていく。


「ご、ごゆっくり~」


 秋水は前回来店時と同じく団子。

 青年は団子に加え、柏餅に羊羹、大福を注文していた。

 娘はそそくさと店の奥へと消えていく。


「しかし、食べますね」

「異能使うと腹減るんですよ。昨日はあまり食べていないので」


 秋水の言葉に青年が答える。

 異能は生命や大気に宿る<真気>を用いる。

 故に、使用者は自身の生命力を削る。それにより起こる使用者の症状は様々であり、代表的なものは空腹という生理現象。


「あぁ、では牛鍋の方がよろしかったでしょうか?」

「いえ、肉は変えれば食えますので。逆に甘味はあまり食えないので」


 煎餅ならあるんですが、と青年は大福を一つ丸ごと口に放り込む。秋水も団子を手に取り食事を始める。


「しかし、空亡が弱い、というのは書いてよろしかったのですか?」

「それは事実ですので。もし弱ければ認定されないというのであれば、少しは脚色してもらいたいですが」

「ああ、それはお気になさらずに。討伐ができたか、周囲への被害、生き残ったかというのが重要ですので」

「あのならず者たちは?」

「まぁ、被害といえば被害ですが、退魔士からすれば不利益な輩ですし。加点はなくとも減点はしませんでしょう」


 点数方式ではありませんが、と秋水は茶を飲む。ならいいか、と青年は羊羹を二切頬張る。


「ところで空亡が弱い、というのは?」

「師匠から妖魔の話はよく聞かされるので」


 師である村雨からの教育で、妖魔の話を聞かされていた。座学で話したりもしてくれたが、青年は実戦稽古中のことを思い出す。

 前に話されたりしたことや打ちこみ中に話をされた。それを間違えたりすると、そのまま頭をかち割られたりしていた。

 そんな中で空亡に関する話もあった。

 空亡が今まで発生したという記録はいくつかある。

 その中で特に大きな被害を及ぼしたとされているのが、かつての日ノ本の中心地であった江戸で起きた百鬼夜行にて――空亡は日を隠すように顕現し、空を闇に染め、城一つを覆い喰らうほどの大きさであったと記されている。

 それに比べると、今回の空亡は蟻のように小さい。


「被害も江戸にいた民間人がほぼ全滅したと聞いていますし、今回の弱いでしょう。当時は退魔士総出で退治したらしいですし」

「そうですね。記録もありますし神祇省の上層部もわかっているでしょうが、そう報告しておきますか」


 その後、警察での事情聴取のことや保護した被害者の処遇を話し、茶菓子と茶をたいらげていく。


「では私は事後処理がありますので、ここで失礼します。馬車を手配していますので、帰りはそちらを使ってください」

「何から何までありがとうございます、秋水さん」

「いえ、こちらも命を助けてもらいましたので。では、いつかまたお会いしましょう」


 秋水は代金を置いて店を出ようとする。


「秋水さん」


 青年が呼び止める。


「できればぜんざいも頼みたいから、奢ってくれませんか?」

「それは自分で払ってください」




~~~




 用意された馬車は屋根付きの駅馬車。御者一人に馬一頭の小さめのものであり、中は人二人が向かい合うように座る形になっている。窓にはカーテンがついており、椅子も座り心地のよい豪華なものであった。

 青年は馬車の中で揺られながら、今後のことを考える。

 一応退魔士の認定は討伐したので間違いない。銘在りとしての地位ももらえるだろう。無銘衆の頭や他の無銘衆は祝ってくれるだろう。

 師である村雨も喜んでくれる、だろうと青年は願っておく。師事しているが未だに何を考えているか分からない人であるのが、青年の師匠であった。

 とりあえず小太刀と脇差は折れて使えなくなった。武器は新調しなくてはいけない。作刀技術も教え込まれているが、本拠地の麓にいる鍛冶師にも手伝ってもらう必要もある。それと師匠の生活補助。腕を折ってしまったので、出発前夜にも言われていた。

 生活補助は問題ないが、その間の稽古はどうするか―――。

 青年がそう考えた瞬間、


 がたん


 と、馬車が大きく揺れた。


 突然、馬の嘶きと共に馬車が揺れ出す。馬が突然暴れ出したらしい。

 御者がどうどう、と宥めているらしいが落ち着かない。

 がたがた、と馬車の揺れが収まらず、青年は様子を見ようと――


――どん、と地面が揺れる。


 馬車ではなく、地面が大きく揺れた。

 馬の嘶きがさらに大きく、そして御者の悲鳴が聞こえてきた。悲鳴と共に走り出す御者の姿が窓から見えた。

 

 唐突に浮遊感に襲われる。

 馬車が浮いた。いや、持ち上げられた。

 馬車の車体を巨大な手が掴みあげられた。指に窓が覆われ、光が遮られる。

 そして車体が垂直に傾き、青年は正面の席に倒れる。


「ぐっ!?」


 馬の鳴き声は一層強く、そして消えた。

 聞こえるのは弱まっていく。次いで聞こえる咀嚼音。骨が砕け、肉が潰れるかのような音が聞こえてくる。


『うわぁあっ! は、離せ、離せ!』


 御者の声が聞こえる。この馬車を掴みあげている存在に捕まったらしく、覆われた窓のわずかな隙間からもう一方の巨大な手に摘ままれていた。


『いやだいやだいやだ助けて助けてたすけ――ぎゃああああああああっ!』


 咀嚼音、悲鳴。ぼりぼり、と馬と同じように御者が喰われた。

 馬車が揺れる。さらに高く持ち上げられ、覆われた指が離れ光が差し込む。


「まずい……っ」


 青年は窓の下へと身を屈め、張り付くように隠れる。

 馬車が揺らされる。巨大な何かが持ち上げ、中身を確認するように揺らしている。

 今度は下がる。何かが、目玉が近づく。至近距離で窓を覗き、中身を確認しようとする。

 それと、荒い息遣いが聞こえる。獣のような、唸り声のような吐息が車体越しにも空気を揺らしてくる。


「…………っ」


 青年は息を潜める。今の自分には武器がなく、対抗できる手段はない。

 見つかれば、馬と御者のように喰われる。


 また馬車が浮く。目が離れる。そして、投げ捨てられた。


「……っ!?」


 瞬間的な浮遊感、無重力。

 そして襲い掛かる重力に青年は、馬車の中で叩きつけらるように跳ねる。

 大地に馬車ごと叩きつけられ、そこで青年の意識は途絶えた。




―――



 目覚める。

 叩きつけられた青年は崩壊した馬車の中で、奇跡的に大きな怪我はなかった。

 打ち付けられた身体に激痛は走るが、動けないほどではない。青年は崩れた馬車から這い出る。


 臭いが鼻についた。焼ける臭い。木が、土が、人が燃える臭い。

 この臭いは知っている。覚えている。十四年前の自分がいた、百鬼夜行。


 痛む身体を引きずるように立ち上がらせ、駆ける。今いるのは周りに木々がある、山の中。

 臭いと熱を感じる方へと下っていく。


 下り、麓へ向かうと、そこは壊滅していた。

 麓の活気ある村は家が燃え、人が死んでいた。家と共に燃えているか、手足や頭のない状態で大人や子供、赤子が散らばっていた。

 土地は荒れていた。広がる日に包まれたそこは、巨大な人のような手足の跡、人を踏みつぶすほどの獣の足跡、血に濡れた蜘蛛の糸、飛び散ったような涎に糞尿。

 穢れていた。穢れが村を、家を、人を蝕み潰して、広がっていって、姿形を消していた。


 青年の目の前では全て終わった跡が広がっている。

 過ぎ去った穢れとまだ燃える炎は山から来ていた。刀堂家の本拠地である山から。


 青年は村を駆け抜け、火の中を走り抜けていく。木々が倒れ、土砂が崩れ、燃え続ける山道を駆け上がっていく。

 無銘衆の長屋へとまず着いた。

 死んでいた。頭も、他の無銘衆も、皆死んでいた。


「――――」


 長屋を後に、さらに駆け上がる。

 山道から石の敷かれた道となる。その道も砕け、崩れ、無銘衆や銘在りの死体が転がっていた。

 崩れた石階段を駆け上がる。

 目を向ける前方には屋敷が見えぬとも、燃えていることがわかる。空は赤くなっていた。

 熱風と死臭の中、たどり着けば、また死体が転がっていた。今度は数名の銘在りと本屋敷の召使いたち。

 銘在りの中には刀堂虎徹がいた。右腕がなく、喉から顎へと裂かれ、両目も一線に斬られていた。


 燃えている屋敷の中へと入る。土間から奥座敷を目指す。

 奥座敷では二人死んでいた。当主・刀堂十束と重鎮の刀堂竜雲。

 十束は四肢を斬り落とされた芋虫のような状態で。竜雲は左肩から右脇腹へと両断され。


 死体だらけの中、青年は探している人物が見つからない。いや、見つからないであってほしいと願っていた。

 青年は中庭へと向かった。

 そこにいた。師匠が。刀堂村雨が。首のない状態で。


「あ」


 中庭の死体は首を捥がれていた。

 折れていた右腕は骨が突き出て肉を破り、赤く染まっている。

 足は右膝が逆方向に曲がるように折れ、腹が裂かれて内臓が零れていた。


「師匠」


 顔が無いからわからない。

 しかし青年はわかってしまう。

 自分が折ってしまった右腕が、より歪になってしまっている。

 それでもこれは師匠の死体だと。

 数日前には自分の成長を喜び、酒を酌んだ。

 どんな死に顔かもわからない。


「あ、ぁあ、あぁあああ――――ッ」


 青年の慟哭が、火と煙に混じり、山を覆った。

 この日、刀堂家は壊滅した。






―――――





「ん?」


 じゅるり、と足で押さえた頭の目玉を吸い取ったところでそれは気付いた。

 先ほど後にした場から、何か聞こえたような気がして振り返る。

 何里も離れたここへと届かない叫びが聞こえたような気がした。


「んン、んふふふふふ」


 何だかわからないが楽しくなった。

 楽しいことがこれからあるような予感がする。

 まずは意外と美味い、この忌々しい女の顔を味わってからこれからどうするか考えよう。


「でもあの童より美味くないのー」





  





 


 これにて序章はおわりです。新生活に合わせて次回も早く投稿できるようにいたします。

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